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刻印のノッカー  作者: アキハル
12/25

11話

 昼過ぎ、日照りの熱を流すような涼しい風が心地よい。

 市街地を歩いているナサニエルの目的は夕食の買い出しだった。

 ナサニエルはどちらかというと肉料理が好きだ。

 それはイグナートが謹製の調味料を最も活かせる料理だと考えているからであり、従って夕食当番の方針は肉料理で固まっていた。

 街路を歩いていても路面店に吊るされている干し肉ばかりを目で追ってしまう。

 いけない。予算も少ないというのに欲望が剥き出しになりつつある。

「貴方も意外と可愛いところがあるのね」

 背後から掛けられた言葉で瞬時に冷静になった。

「ああ……ハクか。あ、ハクさん付け……の方が良い?」

「かたいわね、呼び捨てでいいわよ。ところで何?暇してるの」

「こう見えて買い出しの最中でね。一緒にどう?」

「それは丁度良かったわ。ゲテモノ料理はもう懲り懲り」

「昨日の魚?ただの白身だったと思うけど……」

「気分的に嫌なのよ。今日は私が直々に買い付けるわ」

 ハクは難しい顔で首を横に振った。

 昨日の買った魚がどうもお気に召さなかったらしい。詳しくは知らないし藪蛇そうだから何も聞かなかった。

「どこに行くか決めてあるの?」

「いいや。行きつけの店はないんだ。たまには端から端まで歩いてみようと思って」

「まさかこの私を連れ回す気?庶民の分際で!?」

「人聞きが悪いなぁ!嫌なら帰ってもらって結構だよ」

 普段相手にしないタイプなのでつい声を荒らげてしまう。イグナート相手では到底起こり得ない事態だ。彼は口こそ悪いものの相手に踏み込むような発言は基本的にしないし、今のような予想外の方向から球を投げてくることもない。調子が狂う。

 無礼な物言いで痛いところを突いてくるが学院のエリート達と違って悪意があるわけでもない。

 根本的に未知な人種でなんだか脅威だ、そう思った。

 気持ちの乱れを隠すように、先行して顔を見ないようにナサニエルは歩き出した。

 なるべく食材の見落としがないように見回りたい。

「何を見ているの?」

「人だよ。この辺は入れ替わりが激しいからね」

 市場を見て傾向を観察するのだ。漆喰の箱の中に居を構えられる一流店は限られているが、露店に同じ品揃えがないかというとそうでもない。ま新顔は古参に配慮して道の外れで商売をしなければならないという暗黙の了解がある。道の外れで商いを始めてみたっぽい店が意外と掘り出し物なのだ。

 そして天才の悪癖が始まった。豚肉、牛肉、鹿肉と品揃えの比較、そして値段の比較が始まり脳内に膨大な商品目録が構築されてゆく。没入したナサニエルは留まることを知らない。

「ちょっ……どこ行く気?」

 気付けば婦女子を連れて、路地裏へと足を踏み入れてしまっていた。まだ日が高いが日陰の道には違いなく、本通りに比べて雰囲気は明らかに暗い。皆、服装が薄汚れており、露店の商人も路地を行く町民も心なしか険のある表情をしている。

「ちょっと……引き返しましょうよ」

「え、なんで?」

「いやいや明らかに層が変わってるわよね。この私に路地裏を歩かせる気?」

 あー……とナサニエルは口を開けて思案する仕草を見せた。イグナートも同様だが貧民出の人間であるためこの辺りの機微があまり分からない。無論、警戒していないわけはなく、現にすれ違った少年が物をすり盗ろうとナサニエルの懐に伸ばした手を払い除けている。ハクは気付いていない様子だが。

 不満げ、というよりも常識を疑うような眼差しを婦女子から向けられ流石に事態の深刻さを悟った。

「場所を変えようか」

「そうして頂戴。後、気になることがあるわ」

 顔色を変えずにハクが言った。

「私達、つけられてるわよ」



 繁華街を少し離れ、潮の香りがするテラスのある喫茶店に寄った。

 店内は茶葉を収めた容器だらけ。壁の隅々まで設置された棚に古今東西の茶葉が緻密に整列され、まるで薬屋のような様相を呈している。

「さっきは申し訳ない。僕は生まれが貧しくてね……ああいう場所に抵抗がないんだ」

 ハクはティーカップを一口啜ると微笑みながら机に置いた。

「この味に免じて許すわ」

 険のある眼差しを港に向けると花桃のような彼女の顔が綻んだ。

「ここは面白い街ね。国体もないのに栄えていて、市井には雅な喫茶店があって、中央通りは貴族と平民が一緒に歩いている」

「よく見ているね」

 金持ちはなるべく中流以下の市民に擬態して、派手な身なりを控えているはずだ。

「分かりやすいわ。食い詰めて流れてきた人間の眼は似たりよったり」

 なるほどとナサニエルは納得した。共通点は眼か。

 四月半島はニンゲンの坩堝。大陸融解で土地を失った貴族、国を失った平民、そしてどの国にもいる食い詰め者達が流れ着く最後の居場所。

「私も彼らの一人というわけね」

 顔色一つ変えずにティーカップを見つめながら呟くハクには自嘲の色があった。

「尾行は多分撒けてないと思うけど」

「問題ないわ。この街は安全なんでしょ?」

 ナサニエルは首肯する。ハクはサンジェルマンの保護下にある。

 手を出せばどうなるか?相手もそれが分かっているから手を出してこないのだ。

 ハクも道理を理解しているようで安心した顔で茶を啜っている。

「……君の国はとても栄えていたそうだね」

「貴方達に滅ぼされたけどね」

「うん、僕らの一派の仕業だ」

 ハクの返答に怒気はない。

「ノッカーにはいくつか派閥がある。向こう側に常駐し真理を追い求める究明派、向こう側の技術をこちらに普及させる垂教派。そして野心に目覚めて向こう側の力でニンゲン世界の覇権を握りたい征戦派。君たちの国を滅ぼした新興国にはノッカーが背後にいたはずだ」

 本当はもう一つあるのだが言わない。話の筋とは違うし、ハクがどう思うのか分からない。

「今でも思い出す。大陸でも精鋭を誇った兵士達が瞬く間に討ち倒されていった」

「まぁ、人間の武力ではどうにもできないだろうね」

「私は取り戻すの。急に降って湧いた連中なんかに皇女の座を追われたらたまったもんじゃないのよ。必ず思い知らせる」

 ひび割れたグラスのような眼の奥に煮え滾る炎が垣間見えた。その眼がとても眩しくてナサニエルは思わず目をそらした。愛想笑いで誤魔化す事が多い自分にはできない表情だった。

 沈黙して、彼女の次の言葉を待った。

 すると、ハクは視線を港に向けてナサニエルも見るよう促した。

「ああいう輩が入ってくるのをどう思う?」

 港に一際大きな船が到着しているのが見えた。漁船ではない、交易船だった。港に橋をかけられて、船からフードを被った者たちがぞろぞろと港にわたってきた。遠目でよく分からないが、彼らの立ち振舞は商人のそれではない。彼らは巨大な荷物を滑車で船から降ろしていた。

「あんなあからさまな格好だとむしろ目立つよ」

 ナサニエルは鼻を掻きながら思わず苦笑した。

 カップを大きくあおって飲み干すと、空を見た。日が落ち始めているのにまだ何も買っていない。

「そろそろ買い物に戻ろう。港の市場も見たかったけどアレとは関わりたくないんだろう?近くの市場で済ませようと思うけど、いいかな?」

「分かってきたじゃない。そういう配慮を覚えなさいよ」

 店を出たナサニエルとハクは街の中心地にある精肉店で買い物を済ませた。

 買い物が終わる頃には日が水平線に触れそうになっていた。

 もうじき夜になる。

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