第七話
1月25日、彼等は遂に来た。来たのは雪ではなくロシヤ軍であった。
『ypaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!』
「こりゃ豪勢じゃのぅ……」
「そう言っている場合ではありませんよ旅団長」
攻めてくるロシヤ軍に秋山は李大人屯の土塀からそう呟き副官はそう諌めた。この時、ロシヤ軍は第二軍司令官グリッペンベルグ大将を司令官にしたシベリア第一軍団、第八軍団、第十軍団、更にはパーヴェル・ミシチェンコ中将の大機動軍が参加していた。秋山の支隊は苦戦すると思われた。何せロシヤ軍は約十万の軍勢である。既に総司令部には伝令を走らせていた。
「此処が踏ん張りどころじゃな」
秋山は李大人屯の司令部で日本酒を飲みながらそう呟いたのであった。
『ypaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!』
「撃ェ!!」
雄叫びをあげて突撃してくるロシヤ軍に秋山支隊は機関銃で答えた。保式機関砲は三十発の保弾板を絶えず撃ちまくっている。旧式のガトリング砲もクランクを回して射撃している。そして対照的なのはマキシム機関銃でありマキシム機関銃はベルト給弾方式なので何回も装填しなくて良い。
「こいつは良い機関銃だ」
「ですね。保式みたいに何回も装填しなくていいですから楽ですね」
射撃をしている歩兵はそう呟いたのであった。それは兎も角、史実よりも機関銃が多く存在していたためロシヤ軍の迎撃はやりやすかった。それに児玉の手回しで秋山支隊に追加の二個連隊と一個砲兵中隊が存在していた。
しかもこの砲兵中隊は二九年式速射野砲ではなく三六式野砲を装備していた。そのため駐退複座機を装備する三六式野砲は的確にロシヤ軍に砲弾を叩き込むのである。
「撃ェ!!」
砲兵中隊は榴弾を発射しつつ機関銃隊や歩兵隊の援護をしていた。
「やはりこの新型野砲はやりやすいなぁ」
「うむ。駐退複座機というやつだな」
「二九年式みたいにわざわざ再照準しなくて良いしな」
「おい!! 喋ってないで装填するぞ!! 露助は待ってはくれんぞ!!」
砲兵中隊は三六式野砲を以てその威力を発揮するのであった。一方、満州軍総司令部では秋山支隊からの報告に騒然としていた。
「敵の総大将はグリッペンベルグだと!?」
「奴なら数個軍団で攻めて来ているはずだ!!」
「誰だ!! 二個師団程度の威力偵察だと言い放った奴は!?」
「このままでは秋山支隊などあっという間に踏み潰されるぞ!!」
「急いで援軍を送れば良い!!」
「予備隊は弘前の第八師団、宇都宮の第十四師団、名古屋の第十五師団、久留米の第十八師団の四個師団だ。それを全て送れば良い」
「馬鹿な!? 全て送って中央や右翼からロシヤ軍が総攻撃を仕掛けてみろ。此方は総崩れになるぞ!!」
参謀達がそう激論する中、児玉は黙っていた。
(これが史実であれば予備隊の第八師団、中央部の第五師団、右翼第一軍の第二師団の一部、第二軍の第三師団か……だが三好君……過去の三好君のおかげで四個師団が予備隊であるか……ククク、三好君に感謝せねばならんな)
「総参謀長?」
一人笑う児玉に参謀の松川は怪しげに問う。
「……落ち着け諸君。取り敢えずは第八師団長の立見中将を臨時派遣軍司令官とし第八、第十四、第十五の三個師団、二個砲兵連隊を送ろう」
児玉の落ち着いた声は参謀達を冷静にさせて作業に取り掛からせた。その時、総司令部の扉が開いて二人の将官が現れた。
「御主らは……」
「第三軍に派遣された第十三師団と第十六師団、野戦砲兵第二旅団であります」
「乃木司令官の命令により第三軍より一足早く到着しました」
第十三師団長原口兼済中将と第十六師団長山中信義中将はそう説明をした。旅順を落とした乃木は増援として第三軍に配属されていた第十三師団と第十六師団、野戦砲兵第二旅団を一足早くに満州軍総司令部に送ったのである。
「『これくらいしか児玉に恩返しが出来ん』と乃木司令官は言っていました」
「……ハッハッハ!! 乃木の奴め、中々の事をしてくれるじゃないか!!」
(ならもっと早くに送れってものだ……)
児玉は乃木の行動に感謝していたが松川は悪態をついていた。松川にしてみればもっと早く送ってくれよであるが第三軍とてわざとではなく旅順の治安維持も含めれば時間が掛かるのはやむを得なかった。
「これで我々の予備隊は三個師団になった。諸君、腰を据えて対局に望もうじゃないか」
児玉はそう言ったのであった。その頃の秋山支隊では激戦が続いていた。
「伝令!! 黒溝台がロシヤ軍に占領されました!! 更に種田支隊は後退!!」
「流石はロシヤじゃのぅ」
伝令からの報告に秋山は酒を飲みながら受けていた。
「伝令!! 第八師団が先発して大台に到着!!」
第八師団長の立見中将は岡見旅団、依田旅団を編成して黒溝台方面の対処に当たっていた。
「此処が踏ん張りどころだ。なぁに西南の頃に比べるとまだマシだ」
立見中将は緊張が高鳴る司令部でそう言った。なお立見中将は明治初期に行われた西南戦争を経験値した将官でもあった。そして二個砲兵連隊の援護射撃の元、黒溝台奪還へ向かった。
しかし、黒溝台を占拠したロシヤ軍は態勢を整えると第八師団と激しい白兵戦を展開したのである。
『ウワアアアァァァァァーーーッ!!』
『Ypaaaaaaaーーーッ!!』
日本兵は柔道でロシヤ兵を地面に倒して銃剣をロシヤ兵の胸に一刺しする。対するロシヤ兵もその力の限り日本兵の首を閉めて窒息死させようとしている。そのような光景が何処の陣地でも行われているのだ。
旧式なはずのガトリング砲がその威力を発揮して雪が積もる満州の地に大量の血を染み込ませていく。駐退複座機を備えている三六式野砲が二九年式速射野砲には出来ない連続射撃を行い、ロシヤ兵を吹き飛ばしていく。
そして立見派遣軍は二八日朝から秋山支隊の各拠点に移動して秋山支隊に重圧を与え続けているロシヤ軍を撃退しだした。
「突撃ィィィィィィ!!」
『ウワアアアァァァァァァァァァァァッ!!』
その日の深夜、第八師団は夜襲を敢行して黒溝台の奪還をしようとする。
ロシヤ軍は必死に抵抗していたが、司令部にいたグリッペンベルク大将は奉天のロシヤ軍総司令部からの通信紙を見てニヤリと笑った。
「勝ったぞ!!」
それはクロパトキンが援軍を送るという内容の電文だった。
というのも、総司令部を出る前にグリッペンベルクはモスクワに打電していた。クロパトキンは満州軍総司令官の資格無しと送っており宮廷内にいる反クロパトキン派がニコライ二世に具申したのである。
「クロパトキンを解任してグリッペンベルクを後任にすべき」
ニコライ二世も解任まではしなかったが、代わりに督戦文を送った。
「グリッペンベルクを支援すべし」
ニコライ二世からの督戦文にクロパトキンは直ぐにグリッペンベルクの仕業と気付くが先手を打たれたのでやむを得ずクロパトキンは手持ちのロシヤ第一軍と第三軍、それに予備兵力を動かした。
第一軍と第三軍は満州軍の第一軍、第二軍、第四軍へ攻撃を開始したのである。更に予備兵力はロシヤ第二軍へ送られたのだ。
この予備兵力を加えてグリッペンベルクは再度黒溝台を攻撃、この攻撃で種田隊は壊滅状態になり李大人屯へ敗走、黒溝台はロシヤ軍に占拠されるのである。
「此処で諦めてはならん。もう一度突っ込むぞ!!」
それでも秋山はめげなかったが、ロシヤ軍が放った砲弾の破片が李大人屯の司令部に襲い掛かり秋山は負傷してしまうのである。
「何!? 撤退しろと言うのか!!」
「は、児玉閣下からの指令ではそのようにと……」
部下からの報告に立見中将は地団駄を踏んだ。だが今の戦線は崩壊しつつあったのだ。立見中将はやむを得ず兵力を纏めて後退するのである。
黒溝台周辺を占領した事にグリッペンベルクは気を良くし更に進撃しようとした。しかし、第二軍の側面を突いたのは日本軍第三軍から派遣されていた野戦砲兵第二旅団であった。
「撃ェ!!」
彼等は何とか間に合い、黒溝台に大量の砲弾を叩き込みグリッペンベルクを負傷させる事に成功した。
これによりロシヤ第二軍は退却を開始し、満州軍は首の皮一枚を残す事に成功するが戦術的・戦略的にも敗退していたのだ。死傷者は史実より多い12620名だった。これはガトリング砲や三六式野砲等を予め秋山支隊に配備させた事によりおかげであった。
前回はもっと少なかったが戦線が崩壊した代償であろう。
「……三好君のおかげだな」
報告を全て聞いた大山元帥と児玉総参謀長はそう話していた。
「はい、ですが前回と異なります」
「うむ……用心はしておくべきでごわすな」
そう話す二人だったが2月1日に彼等は舞い込んできた凶報に驚愕するのである。
「大韓帝国皇帝高宗ら親露派がロシヤ軍と内通しているだと!?」
場所は大韓帝国だった。
「好機だ!! ロシヤに味方するぞ!!」
大韓帝国の高宗は日本に対して結んできた条約等を全て破棄を通告しロシヤ製や旧式の小銃等で武装した一個連隊が漢城府にて徹底抗戦の構えを見せたのである。
斯くして日本は窮地に陥ったのである。
御意見や御感想等お待ちしていますm(_ _)m