第五話
一方、第三軍が旅順攻略作戦に向けての下準備に移行したのは6月からだった。第三軍は乃木の決定で坑道作戦が開始され工兵隊が坑道作戦用の塹壕を掘り始めて前線へと塹壕を延ばし始める。
更には時間短縮のために工兵隊の他にも一般の兵士達に塹壕を掘らせるのである。
塹壕を掘削する第三軍の様子を察知したロシヤ軍ーーコンドラチェンコ少将の東シベリア第七狙撃兵師団は塹壕を破壊するべく7月3日の夜半に突撃に転じた。
『ypaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!』
だが第三軍は突撃を予期しており東シベリア第七狙撃兵師団は塹壕にて待ち構える第三軍の反撃を受けたのである。
「露助が来るぞォ!!」
「機関銃隊は兎に角も撃ちまくれェ!!」
「弾を持ってこい弾ァ!!」
第九師団配下の歩兵第六旅団では旅団長の一戸少将自らが陣頭指揮を取り迫り来るロシヤ軍に対し吼えていた。第三軍も機関銃ーーホッチキス機関銃(保式機関銃)を配備していた事もありロシア軍の撃退は成功、不利を悟ったコンドラチェンコ少将は夜明け前には撤退をし旅順へ帰還するのである。
「昨夜に仕掛けてきたロシヤ軍は撃退しましたでごわす」
「宜しい。引き続き警戒をしつつ塹壕の掘削を続けるように」
伊地知参謀長の報告に乃木はそう頷き指示を出す。なお、旅順からの反撃に対して大本営は予備兵力として二個歩兵旅団と一個野戦重砲大隊、二個独立山砲大隊を第三軍に追加配備する事を決定した。
「司令官閣下、旅順は正面攻撃では落とさないという事ですか?」
「その通り。以前にも説明した通り、坑道作戦で爆破しその隙を突いて一気に突撃する」
第九師団長大島久直中将の質問に乃木はそう答える。師団長クラスでも旅順の要塞を見て突撃だけでは落とせないという認識を抱いておりそれは第三軍司令部内では共通事項だった。
「しかし、大本営は28サンチ榴弾砲まで寄越すとは……力の入れ具合は違いますな」
「それだけ本腰……という事でごわす。そのためにも我々に失敗は許されない」
「如何にも……」
第三軍は歩兵主体の突撃ではなく坑道作戦を第一にしていた。工兵隊は徐々にロシヤ軍守備陣地である二竜山堡塁、松樹山堡塁、東鶏冠山北堡塁にゆっくりと坑道を進めていたがそれを察知したコンドラチェンコ少将は数度の攻撃を第三軍に仕掛けたが、第三軍は保式機関銃を有効に活用しその都度撃退していた。
そしてロシヤ皇帝のニコライ二世は太平洋艦隊が壊滅した事を受けてバルト海艦隊の主力を引き抜いて第二太平洋艦隊を編成、十月十五日にバルチック艦隊がウラジオストクに向かって出航した。なお、司令官は侍従武官であったロジェストヴェンスキー少将が史実通り任命された。
バルチック艦隊出航の報告を受けた海軍上層部は陸軍に旅順早期攻略を催促した。しかし山本大臣は「あまり催促するな。陸軍の将官が倒れたらどうするつもりだ?」と戒めたのである。
また将和は東郷と再度話し合っていた。
「やはりバルチック艦隊が来るのは来年でごわすな?」
「はい。史実通り……前回と同じになれば五月二七日から翌日の二八日に対馬近海で艦隊決戦をする事になります」
「約七ヶ月の航海でごわすか……」
「史実通りにバルチック艦隊がドッガーバンク事件を起こしてくれればイギリスと戦争寸前になりイギリスも数々の妨害をしてくれるでしょう」
「ふむ……。それと艦艇群は順次戻した方が良いかな? 整備等は万全にしておきたいでごわす」
「流石に全艦だと他の参謀達も了承しかねると思いますので前回と同じく複数に分けてやるべきではないでしょうか?」
「……そうする他あるまいでごわすな……」
「それと児玉総参謀長に電報を頼みたいのですが……」
「ん?」
東郷は艦艇整備のため最初に『富士』型の二隻である『富士』と『八島』の戦艦二隻を内地に回航させた。その後もバルチック艦隊が来航するまでに艦艇整備は万全に整えられるのである。
その中で十月二六日、第三軍は第一回203高地総攻撃を開始する。目標は勿論203高地であるが、これは203高地を攻略するがためと旅順のロシヤ軍予備兵力を枯渇させる事を目的としていた。
「しかし閣下、やはり203高地を無理に……」
「坑道作戦は成功すると確信はしている。じゃが伊知地よ……我が軍は旅順で機関銃の威力を経験しておらん。それは日本にとっては非常に悪い事なのじゃよ」
「まさか閣下……そのために兵を……」
「儂とて無駄な戦いで陛下の赤子を戦死させたくはない……じゃが経験も必要じゃ、経験も無ければ第三軍は、日本陸軍はその後の戦争を舐めて掛かってしまう」
「閣下……」
「記憶を持つという事は辛い事じゃな……それをあの者は幾度もあったじゃろう。じゃがその度に克服してきたと見える」
「はい」
「じゃからの伊知地……覚悟を示せ。記憶を持った者の覚悟をな」
「……はいッ!!」
乃木の言葉に伊知地は力強く頷くのである。そして第三軍は工兵隊と重砲隊の支援の元、203高地への攻撃を開始したのである。
「点火!!」
「点火!!」
工兵隊が爆薬の点火スイッチを押して都合、5.5トンのダイナマイトが爆破、203高地の丘にある守備陣地は次々と爆破により吹き飛んでいく。それを確認した重砲隊は砲撃を開始した。
「砲撃開始ィ!!」
「撃ェ!!」
重砲陣地から19門の28サンチ榴弾砲が唸りを上げて砲撃を開始した。耳をつんざくような音はロシヤ側の陣地に着弾をしてその場にいたロシヤ兵士を肉片に変えた。
「何の音だ!?」
「急行列車か!?」
「馬鹿言え!! 急行列車なんぞ通っていない!!」
「また来るぞ!?」
ロシヤ側は28サンチ榴弾砲の威力に驚いていた。その間にも19門の砲撃は四日間に渡って続き、ロシヤ側は大損害を出したのである。
そして10月30日の明朝、第三軍は203高地への突撃を開始したのである。
「第一小隊ごとより小隊ごと躍進!! 進めェ!!」
「目標!! 鉄条網前方爆破口まで躍進距離50!! 突撃ィィィ!! 前ェ!!」
『ウワアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』
最初に突撃を開始したのは第十三師団であった。第十三師団は一斉に突撃を開始したが、それでも生き残っていた残存ロシヤ軍は機関銃等を用いて激しく抵抗をする。
「うわァッ!?」
「団旗をォ!?」
「おかあ……さ…ん……」
マキシム機関銃から放たれる.303ブリティッシュ弾は容赦なく突撃してくる第十三師団の将兵に襲い掛かり、今日まで永らえてきた命を冷酷に永遠に刈り取っていくのである。
「突っ込めェ!!」
だがそれを尻目に生き残った将兵は更に203高地へ突き進んでいく。全ては203高地を占領するという目的のために……。
無論、それを支援するために28サンチ榴弾砲等の重砲隊が支援砲撃をするが味方ごと吹き飛ばそうとする勢いであるため前線の中隊、小隊長らは驚く。
「やめろォ!? 撃つなァ!!」
「味方ごと撃つ気かァ!!」
重砲隊の砲撃に第十三師団長の原口兼済中将も目を見開いて驚愕した。
「今すぐ砲撃中止を願いたい!! このままでは同士討ちになりますぞ!!」
そう原口中将も思わず抗議を出すも乃木は無視処か叱責をした。
「馬鹿者!!」
「なッ!?」
「多少の事は気にする必要無し。損害の事は気にせずとも良い。心を鬼にしてでも203高地を占領するのだ。これ以上文句を言えば第十三師団配置替えをする」
「………………」
乃木の気迫に原口中将も圧されてしまい、結局は突撃を優先するのである。そして第十三師団は突撃を継続し遂に203高地山頂に辿り着き、残存ロシヤ兵達との激しい白兵戦を展開する。
「ドォリャァ!!」
「舐めるな!!」
「ヤポンスキー!!」
これまでの突撃で第十三師団は疲労していたものの、原口中将は残していた予備兵力の二個大隊を投入し203高地にトドメを刺したのである。
激闘3時間と34分、203高地山頂に多数の日の丸が掲げられるのである。
『バンザーイ!! バンザーイ!! バンザァァァァァァイ!!』
「山頂と電話連絡が取れました!!」
「代われ」
通信兵の言葉に乃木は受話器を取る。そして旅順攻防戦の中で一番有名な言葉を発した。
「そこから旅順港は見えるかァ!?」
乃木の叫びに観測員の少尉は砲帯鏡を覗き込み、晴れていく煙から『ナニカ』を発見して報告をする。
『……見えます!! 各艦一望の元に収めます!!』
煙が晴れた事で旅順港は203高地からハッキリと見えたのである。その叫びを聞いた203高地の兵士達は傷ついた身体に鞭を入れながらも雄叫びをあげたのである。
『万歳!! 万歳!! バンザァーイ!!』
『バンザァァァァァァイ!!』
『バンザーイ!! バンザーイ!!』 バンザァァァァァァイ!!』
『……………………』
203高地からの報告に万歳三唱をする将兵を見つつ乃木と伊知地、更に海軍重砲隊の視察に来ていた将和は満足に頷くのであった。
「命令!! 28サンチ各砲台は直ちに旅順港内の敵艦隊を砲撃せよォ!!」
そして重砲隊は素早く陣地転換を行い旅順港への砲撃を開始するのである。
203高地の陥落にコンドラチェンコ少将は直ぐに203高地奪還を目指して独立混成一個旅団を編成して夜半に203高地に突撃をした。
だが、乃木は奪還する事を予め予想していたので鹵獲した馬式機関銃や保式機関銃を備えていた。そのため、今まで斜面を這い上がる日本軍将兵を悩ましていた機関銃は今度はロシヤ軍にもの降り注ぐ事になる。
第十三師団と一個独立混成旅団が守備する203高地は陥落する事なく突撃したロシヤ軍の一個旅団は壊滅状態となり敗走するのであった。
「ステッセル司令官もこれ以上の兵力は割けないと言われました。太平洋艦隊司令部も同様の返事です。スミルノフ閣下も203高地は断念せよと……」
「クッ!!」
部下からの報告にコンドラチェンコ少将は帽子を地面に投げた。
「……これで旅順西港と新市街の運命は決まった。我々の運命はこれから坂道を転げ落ちるばかりだろう……」
コンドラチェンコ少将の呟きは一月後に現実となるのであった。
一方の満州では日本軍の勇戦が続いていた。8月24日から9月4日まで行われた遼陽会戦では兵力は異なるものの(日本軍は16万5000の兵力)史実通りに日本軍の勝利に終わっていた。
しかし、沙河会戦からロシヤ軍の反撃が始まり以降は冬季に突入、膠着状態となるのである。
「イカンですなぁ。しかし、雪がロシヤ軍を抑えてくれる」
「フン、第三軍がしっかりやってくれんからだ。奴さんらがあの攻撃で203高地はおろか旅順まで一気に突撃していたら状況は変わっていた筈だ」
弾薬不足等で動けない満州軍司令部では高級参謀の松川大佐らは陰で直ぐに旅順を攻略しなかった第三軍を批判していた。
「……………」
児玉も松川らの陰口を認識していたが、動けないのは事実だったのでとやかく言う必要はしなかった。
だがそれでも第三軍は批判に耐えながらも旅順攻略のための坑道作戦を続けた。
それが実を結ぶ事になる。12月15日、勲章授与のため兵舎を訪れていたコンドラチェンコ少将が28サンチ榴弾砲の直撃を受け戦死したのである。これにより第三軍の作戦計画は大詰めを迎えていたのである。
御意見や御感想等お待ちしていますm(_ _)m