第三話
2月10日、日本政府はロシヤ政府に対して宣戦布告を行い、大本営を同日中に設置した。
そして翌11日、津軽海峡付近にウラジオストクから出撃したウラジオストク巡洋艦隊が航行していた。ウラジオストク艦隊は9日には開戦の報が届くと砕氷船の助けを得てウラジオストクから急遽の出撃をしていたのだ。
当初、編成されたウラジオストク巡洋艦隊は日本海で通商破壊作戦を行う予定だったが旅順口攻撃の被害を聞いて閉じ籠ろうとした。ウラジオストクも攻撃される可能性が十分にあったからだ。
だが極東総督のエヴゲーニイ・アレクセーエフ大将は巡洋艦隊に出撃を命じた。
「日本海で暴れる事に重要性があるというものを分からんのか……」
アレクセーエフ大将はそう呟いたと言われる。出撃を命じられたニコライ・レイツェンシュテイン大佐は旗艦を装甲巡洋艦『ロシヤ』にしつつも出撃には不安だった。
(総督は何も分かってない……この出撃が見破られていたら……)
レイツェンシュテイン大佐は疑心の念に刈られていた。そしてそれは直ぐに現実化してしまうのである。
「う、右舷に敵艦隊!?」
「くそヤポンスキーめ!! 我々の出撃を読んでいたか!!」
見張り員の報告にレイツェンシュテイン大佐は顔を歪める。この時、ウラジオストク巡洋艦隊の前に現れたのは第二艦隊の第二戦隊所属の『八雲』『浅間』だった。
2隻は前回の事もあったが将和は前回の海域をうろ覚えだったが東郷もはんばの賭けに出たのだ。
そしてその賭けに東郷は勝ったのである。レイツェンシュテイン大佐は当初退避しようと思ったが二隻の装甲巡洋艦だったので蹴散らす事を決断した。
「全艦砲撃!! ヤポンスキーの艦艇を沈めるのだ!!」
「ブリー!!」
ウラジオストク巡洋艦隊は二隻に砲撃を開始する。だがこれはレイツェンシュテイン大佐の判断ミスだった。
「……長官、奴等は逃げずに立ち向かうようですな」
「……宜しい。ならば此方も砲撃開始せよ」
「撃ちぃ方始めェ!!」
第二艦隊旗艦『八雲』の艦橋で第二艦隊司令長官の上村中将は砲撃を発令。二隻は直ちに射撃を開始する。
「海は時化ている……さぁ殺し間へ往こうか」
海上を双眼鏡で見ていた上村中将はニヤリと笑う。両艦隊は徐々に津軽海峡の白神岬沖まで近づいていた。そして『ロシヤ』の見張り員は函館方面の海域を見て叫んだ。
「あ、新たな敵艦隊!!」
「何!?」
全速力で航行してきたのは装甲巡洋艦『常磐』『吾妻』『出雲』『磐手』だった。四隻はウラジオストク巡洋艦隊に砲撃しつつ右舷戦闘に展開しようとしていた。
「反転だ!! やはり罠だったか!!」
レイツェンシュテイン大佐は撤退しようとしたが津軽海峡に奥深く入り込んだ艦隊に反転は難しかった。そして更に見張り員は叫んだ。
「さ、左舷からも敵艦隊!?」
「な、何ィ!?」
陸奥湾方面から駆けつけたのは就役したばかりの装甲巡洋艦『筑波』『生駒』と水雷艇4艇だった。
「艦長、指示を!?」
部下はレイツェンシュテイン大佐に指示を乞うが大佐自身もどうするべきか分からなかった。
(どうすればいい……誰か教えてくれ!!)
レイツェンシュテイン大佐の願いを遮るかのように砲弾が大量に『ロシヤ』へ降り注ぐのである。
「艦長、最大戦速!! 奴等の頭を抑えるぞ!!」
「最大戦速!!」
『八雲』の上村中将はそう叫び『八雲』は最大速度である23.9ノットまで速度を上げる。それを視認したレイツェンシュテイン大佐は信じられない表情だった。
「な、何だあの速度は!?」
「そんな馬鹿な!? 奴等の巡洋艦の方が速度が速いぞ!!」
『ロシヤ』の艦橋は俄にざわめき出す。奴等は何か魔法を使ったのではないか?
「げ、現時点では約23ノット近く出ています!!」
「機関室!! 缶が爆発するまで石炭をくべろ!! 奴等に追い付かれるぞ!!」
ウラジオストク巡洋艦隊は乱射に近い状態で砲撃しつつ反転した。この展開中に『浅間』『常磐』に被弾が集中し大破炎上した。しかし二隻とも沈没する気配は無くそのまま函館港に退避して事なきを得る。
だが残った艦艇らはウラジオストク巡洋艦隊の頭とその左右の距離を被弾覚悟で徐々に縮めていた。
「距離二ゴマル!!(距離2500の意味)」
「撃ちまくれェ!!」
『筑波』艦長の竹内平太郎大佐は艦橋で吠える。パーソンズ式タービンを搭載した『筑波』は出しうる速度である22.4ノットの速度で巡洋艦隊に詰めていた。後続の『生駒』も同様である。
「最後尾艦炎上!!」
最後尾を航行する防護巡洋艦『ボガトィーリ』が『出雲』が放った20.3サンチ砲弾が『ボガトィーリ』艦橋を貫き爆発、艦橋にいた艦長以下全員が戦死した。『ボガトィーリ』は指揮権移譲が間に合わずそのまま炎上し迫ってきた水雷艇が放った二本の魚雷が右舷に命中、これが致命傷となったのである。
「砲撃を敵先頭艦に集中!! 奴等を叩き潰せ!!」
上村の『八雲』は右舷から巡洋艦隊の前面に躍り出る事に成功、一隻のみだが丁字戦法が完成した。
「全力を出し切れ!!」
「はいッ!!」
『八雲』の左舷に集まった砲員達は15.2サンチ単装砲、8サンチ単装速射砲、47ミリ単装砲に群がり砲弾を『ロシヤ』に叩きつけ、叩きつけられた『ロシヤ』は炎上した。
「撃って撃って撃って撃ちまくれェ!! 奴等の墓場を津軽海峡とするんだ!!」
上村は旗艦『八雲』の艦橋で吼える。三方から包囲されたウラジオストク巡洋艦隊はどうする事も出来なかった。
『ロシヤ』の炎上を見た上村は『出雲』『磐手』に『ロシヤ』の処理を任せ、『八雲』『吾妻』は『グロモボーイ』に照準を合わせて砲撃を開始する。
更に大島の沖合いで待機していた装甲巡洋艦『春日』『日進』と水雷艇6艇が最大速度で駆けつけ後方から砲撃を開始した。これによりウラジオストク巡洋艦隊は完全に包囲されたのである。
「敵最後尾艦沈みます!!」
最初に波間に没したのは『ボガトィーリ』だった。炎上していた『ボガトィーリ』は更に喫水線下に多数の命中弾により出来た破口から海水が浸水した事で大傾斜した。結果として海戦から63分後に撃沈したのである。
第二艦隊の包囲網は徐々に縮められていく。此処に至り重傷を負っていたレイツェンシュテイン大佐はウラジオストクへの撤退を諦めた。
「……全艦砲撃停止せよ。速度も停止し白旗と日章旗を掲げよ」
戦闘開始から97分後、ウラジオストク巡洋艦隊は降伏をするのであった。四隻とも被弾炎上していた。
「勝ったか……」
上村中将はホッとしたような表情を見せるのである。後にこの海戦は津軽海峡海戦と呼ばれるのであった。
「クハハハ、今回もウラジオストク艦隊には勝ったか」
報告を聞いた山本大臣は微笑んだ。なお、第二艦隊の被害は軽微だったので直ぐに旅順方面に向かうのである。
「……良すぎる」
「やはり良すぎますか……」
2月23日、大韓帝国との間で軍の補給線の確保を目的とした日韓議定書が締結された2日後の25日、将和は特務参謀として戦艦『三笠』に乗艦し久しぶりに東郷と面会をした。
従兵を下がらせた後、二人で久しぶりに話をするが話題は開戦初戦の旅順口攻撃になると東郷は表情を変えた。
「戦艦3隻の爆沈と1隻の大破横転……敵が考えてもいない潜水艦からの奇襲だからこそ成功したようなもんでごわす。桶狭間のように、厳島のようにの……」
「となると残存旅順艦隊の撃滅は……」
「前回以上により警戒はあるでごわすな。これを撃滅するのは難しくなるでごわす……」
「ならば閉塞作戦は……」
「有馬がどうしてもやりたいとな……だが今回は一回で終わらすでごわす」
18日に5隻の老朽船と77名の志願兵からなる閉塞船団が組織され将和が着任する前日に作戦が決行された。
だが作戦は史実と同じく失敗する。将和は前回と同じく中止を具申するのである。
「閉塞作戦は中止を具申します。初戦で敵は湾内の奥深くに塞ぎこんでいます。ならば陸軍に協力してもらい、陸からの観測所を設置し重砲隊を組織して旅順港を攻撃、引きこもる旅順艦隊を破壊するか外に出して待機する我が聯合艦隊で撃滅、これが一番の得策です!!」
作戦会議の場にて将和は居並ぶ参謀達を前にそう主張したが参謀達はこれを一笑した。
「一回だけで中止して陸軍の手を借りるのは海軍のプライドが許さんぞ!!」
「着任したばかりの若造が何を言うておるのだ!!」
「次は成功する筈だ!!」
反論する参謀達に将和は溜め息を吐きながらも少しだけ息を吸って怒号で言い返した。
「海軍のプライドで戦争しているんじゃない!! プライドだけなら戦争は当の昔に終わっているぞ!! 参謀という役職を全うするならその頭を使え!!」
「何だと貴様!?」
「特務参謀の分際でェ!!」
「ならば自分の案以上の案をお持ちなんですな? ならばそれを今此処で提示して頂きたい!!」
「き、貴様ァ!?」
作戦会議は紛糾していた。なお、将和の作戦に賛成したのは参謀の一人である秋山真之少佐だけだった。
(ククク……面白い奴じゃな……)
秋山少佐はいきなりの爆弾発言をした将和に苦笑しつつも旅順艦隊早期撃滅に賛成だったので将和の案に賛成したのだ。
なお、この作戦会議後に将和は若手の参謀達から殴られたが正当防衛を理由に殴り返して襲ってきた参謀達を全員病院送りにさせてしまうのである。
「三好……お主、身体が若いと手が出るのは早すぎではないもはんか?」
「いや、先に手を出したのは向こうですし……」
殴られて右頬が膨れた将和を見る東郷は溜め息を吐いた。
「まぁ奴らんは前々から手を焼いておったからの……それにおはん、いきなり参謀達を相手に喧嘩をしたから兵達から人気じゃぞ」
「えぇ……」
まだ活躍も何もしていないのに困惑する将和である。そして東郷は閉塞作戦の中止を決定した。
「閉塞作戦はやりもはん。中止でごわす」
「ですが長官!?」
「おはんらが頭を下げんで良か。おいどん一人が下げればいいでごわす」
「……はっ」
なおも、作戦続行を主張する有馬中佐らに東郷は静かに伝えた。
結果として閉塞作戦はこの一回のみで終了する事になる。
「クハハハ。成る程、おみゃぁんとこの孫がやりおったかい」
「全く……騒ぐのは構わんがやりようはあるからな……」
東京の三好和盛の屋敷にて和盛は盟友である坂本龍馬と飲んでいた。
「しかし龍馬。お前も伊藤の小僧や桂達に何やら色々と吹き込んでいるようじゃないか?」
「ちゃちゃちゃ、別に何もしとらんよ。ワシゃ後押しをしているだけじゃ」
(それを吹き込んでいるというのではないのか……?)
「お茶の御代わりをお持ちしました」
そこへ家政婦として働いている将和の母ともが二人分のお茶を持ってきた。そしてともを見た坂本がおほっと呟く。
「おんし、良か子じゃの。どうじゃ後でメシでも……」
「龍馬、そこの池に放り込むぞ。その人は孫の母親だ」
「なぬッ!?」
「三好将和の母、三好ともです」
驚く坂本を他所にともは坂本に頭を下げ坂本は頭をポリポリとかいた。
「……そりゃアカンの」
「ったく。お主、そんなんだから嫁と愛人にも怒られているんじゃろうが」
「その話は勘弁しちゃり……」
和盛の言葉に頭を抱える坂本であった。
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