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第三十一話






 それから数日間、将和はタチアナ達と共に過ごす事になる。将和は第一次世界大戦の話をニコライ二世の息子で第一王子であるアレクセイ・ニコラエヴィチに話したりした。軍隊生活を好むアレクセイは将和の話を熱心に聞いたり質問したりする。アレクセイは将和に「上等兵で呼んでほしい」と言ったり飛行機に乗らしてほしいと懇願したのである。

 流石にアレクセイが飛行機に乗りたいと言い出した時には将和も慌て、次姉であるタチアナ・ニコラエヴィチに止められている。


「ミヨシ大佐、止める時は止めてください」

「申し訳ありませんタチアナ皇女」


 怒るタチアナ皇女(表向きは敬語で話している)に将和は頭を下げて謝るのであった。そして代わりとして再びアクロバット飛行をする事になる。


「全く……前回と同じく皇帝一家のために飛行するとは思わなんだよ……」


 将和はそう呟きながらアクロバット飛行をする。それを地上で皇帝一家が見ている。


「やはり中々の腕前だな」

「凄い凄い!!」


 明石大将はそう呟き、アレクセイはアクロバット飛行に興奮している。


「凄いですね御姉様……御姉様?」


 第三皇女のマリア・ニコラエヴィチの問いかけにタチアナとアナスタシアは何も答えず、ただじっと将和のスパッドS.13を見ている。そして将和が急降下をして高度五十で引き起こして上昇していくのをハラハラと見ていた。


「……あらあら♪」


 それを見たマリアは嬉しそうにするのであった。なお、夜は夜で将和とタチアナが久しぶりの夜戦をしていたのは言うまでもない。

そして将和が帰る日、タチアナ達は改めて将和に感謝の言葉を述べる。


「わざわざ私達のためにありがとうございました」

「いえ、楽しい数日間でした」

「ミヨシ大佐、また御話を聞かせてください!!」

「分かったよアレクセイ上等兵」

「……気を付けてね(ボソッ」

「あぁ(ボソッ」


 そう言うタチアナ皇女である。そして将和は東京に帰還するのであった。自宅に戻った将和に夕夏は将弘と出迎えて将和に笑顔で告げた。


「三ヶ月よ♪」

「……ヒヤッホォォォウ!!」

「?」


 夕夏の言葉に喜ぶ将和だが将弘は何が起きているのか分からない顔をしていたのであった。一方、東京は東京で伊藤達の密談が行われていた。

 伊藤は現在78歳であるが、国内の評判もまずまずなのでもう少し続投する事にしている。既に密談で次期首相は内務大臣をしている原敬に密かに内定はしている。


「後藤さん、イギリスの了承は取れたかな?」

「えぇ、ウラジオストクを首都にする事でイギリスの了承は取れました」


 伊藤の言葉に外務大臣の後藤新平は頷いた。


「ただ、どうにも煮えきれないのがアメリカです」

「ふむ……アメリカは対岸の火事としか考えていないからな……。だがイギリスの了承を得ているなら何とか大丈夫だろう。それで肝心の一家は?」

「それが……向こうは亡命政府だけで良いと……」


 内閣書記官長の児玉秀雄(児玉源太郎の嫡男)がそう答える。その言葉に伊藤達は目を見開いた。


「何ッ!?」

「アレクセイ殿下は乗り気でいらっしゃいましたがタチアナ皇女とアナスタシア皇女が反対しました」

「………(やはり前回を知っているからこそでか……)」


 児玉の言葉に伊藤は溜め息を吐いた。どう見ても此方に勝ち目は無さそうであった。


「どうされますか?」

「……やむを得ん。計画は甲から丙に変更だ」

「分かりました」


 九月五日、日本は亡命ロシヤ帝国の樹立を宣言した。その初代皇帝にはこれまでソビエトが軟禁していたと思われていたアレクセイ殿下がニコライ三世として即位したのである。この亡命帝国政府樹立にイギリス、フランス等が支持をした。但し、現時点での保有する領土は無かった。


「何!? アレクセイだと!?」

「馬鹿な、日本に助けられていたと言うのか!!」

「くそ、これは盲点だったな……」

「しかし、どうやって救助に向かったのだ……」


 まさかのアレクセイという切り札にレーニンは焦った。


「どうする同志トロツキー?」


 レーニンは赤軍の創始者であるレフ・トロツキーに問う。問われたトロツキーは身を正してから口を開いた。


「兵力は集められる事は集められます。しかし武器弾薬類が不足しているのが難点です。既にウクライナやポーランドと戦争していますので」

「うむ……」

「ですので他所から武器弾薬類を補給してはどうでしょうか?」

「他所からだと?」

「ダー……ドイツから武器弾薬類を格安で購入するのです」

「何? ドイツか?」


 トロツキーの言葉にレーニンは目を見開いた。確かにそれは魅力的な提言だったのだ。


「ふむ……ドイツも賠償金の支払いも出来るというわけか」

「支払いは武器弾薬類が全て届いてからにしては如何です?」

「……そこは判断次第だな。兎も角ドイツに話を通してみよう」


 そしてドイツとソ連はイタリアのラパッロで非公式の会談をする。賠償金の支払いをしたいドイツとしてはソ連の申し出は渡りに船だった。これにより十月一日に第一次ラパッロ条約が成立するのである。

 ドイツはヴェルサイユ条約にて記された兵器の盲点をついて余剰兵器を格安でソ連に売却したのであった。フランスやイギリスはこの行動に感づいて非公式でドイツへ抗議したがドイツはドイツで「条約に課せられた賠償金を支払うための一環である」と返答した。

 ヴェルサイユ条約で記された賠償金の支払いのためとなら二国も強く出る事はなかった。この兵器類はシベリアへと渡り日本も砲火を交えるのであった。

 ニコライ三世が亡命ロシヤ帝国政府を樹立して以降、日本に赴き亡命帝国政府へ加入する多くの皇帝派の者が現れていた。その中の一人にかつて日露戦争で日本と戦った事があるアレクセイ・クロパトキンがいた。

 クロパトキンは故郷のプスコフで教師をして余生を過ごしていたが皇帝の子ども達が日本に助けられている事を知るとプスコフから家族と共に西回りの経由で日本入りをしたのである。


「陛下、最後の御奉公に参りました」

「……ありがとうクロパトキン」


 クロパトキンの言葉にニコライ三世は涙を流すのであった。また、ピョートル・ヴラーンゲリやコサック等もイギリスらの手引きにより日本入りを果たすのであった。


「我が国は人もいないし土地も無い。そこで日米英の国に派遣を要請し我が国の領土を奪還してもらいたい」


 ニコライ三世は領土を奪還したとしても自国軍が存在していないのを痛感していたので第三の諸外国軍による国土の奪還を交渉したのである。なお、これらの助言はタチアナだった。

 またニコライ三世は領土奪還まで諸外国軍が占領した地域の鉱物資源等は占領した諸外国軍がシベリアを解放するまで一任すると通達しており事実上売却に等しかった。だがそれで領土が返ってくるのなら問題は無いとニコライ三世は思っていたがクロパトキン等は返って来ないと認識しており事実上亡命帝国政府で終わると認識していた。

 またニコライ三世も最悪はそれで良いと思っていたし例えロシヤに帰ったとしても暗殺される可能性はあったのでそれならばいっそのこと……という事であるが具申したタチアナは違っていた。


(戦後を……1950年代までを見据えたら諸外国軍にシベリア周辺を占領してもらうのが日本海の聖域化はより重要になるし航路もよりやりすくなる……ま、日本のためだけどね)


 将和の嫁を自負する以上、日本の権益を目指す考えに至るタチアナであった。

 そして諸外国はそれに乗った。英軍はシベリアに約一個連隊を、米軍は約一個師団の派遣を決定。日本も義勇軍として二個師団と三個航空隊の義勇軍を編成、派遣を決定するのである。

 各国軍は十二月二十日までにはハバロフスクを占領したが日本だけはウラジオストクから出ようとはしなかった。むしろ日本軍は寒冷地での戦闘研究を目的としていた。


「寒冷地は特に重要だからなぁ……八甲田山とかの例もあるから余計に神経使うわな」

「もう、動いちゃ駄目よ貴方。今は此方に専念しなさい、ね?」

「ウス」


 将和は自宅で夕夏に膝枕をされつつ耳掻きをしてもらいながらそう呟いた。


「あ、そこ……」

「あら、大きいのがあるわね。まぁそれでこそ遣り甲斐があるわね」


 夕夏はカリカリと耳掻き棒を操作し将和の耳を自在に動き回る。痒みがある部分を棒のヘラで掻いて付着している耳垢を取り除く。


「はい、これで良いわよ。ふぅ」

「おぅ。ありがとう」


 夕夏は最後に息を吹いて将和の耳掻きが終わる。


「それでシベリアに行くの?」

「あぁ……命令で言われたからなぁ。だがとりあえず今月までは内地にいる」

「そう、将弘も少し寂しくなるわね」

「……済まん」

「良いのよ。分かっているから」

「そうか……。行く時に花壇から少し持っていっていいか?」

「良いわよ」


 庭には夕夏が育てている花壇がある。今は水仙等冬の花が咲いていた。


「年越し蕎麦、楽しみにしといてね」

「あぁ」


 そして十二月三十一日、もう後三十分もすれば一月一日だが将和と夕夏は年越し蕎麦を食べていた。


「うん、美味いな」

「ありがとう。頑張って作った甲斐があるわ」


 ズルズルと蕎麦を啜る夕夏。食べ終わる頃には一月一日を迎えようとしていた。そして――。


「「明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します」」


 十二時になると二人は頭を下げるのであり1920年の年は始まったのである。一日の朝、三人はスペイン風邪対策でマスクを付けて新年の挨拶で夕夏の両親を訪ねた。


「そうか、やはりシベリアへ行くのか」

「はい。その間は家を開けますので……」

「分かった。二人の事は任せなさい」

「ありがとうございます」


 権蔵に頭を下げる将和だった。一月五日、将和はシベリアへ向かうのであった。


「行ってくるよ」

「身体は大切にね。それとはい、押し花で作った栞よ」

「あぁ、御守りにするよ。将弘、良い子にしてるんだぞ?」

「あー」


 頭を撫でる将和に将弘は笑う。無論夕夏へのキスも忘れずに将和は家を出た。


「……帰ってきてね貴方」


 夕夏はそう呟いた。一月二十日、将和は再編成された第一航空隊の飛行隊長に着任した。


「隊長、お久しぶりです!!」

「おぅ皆、久しぶりだな」


 再編成された第一航空隊のパイロット達は元第一航空隊のパイロットの半分が在籍していた。残り半分は新しく創設した飛行学校の教官に異動をしている。


「また皆と戦うが宜しく頼むよ」

「はい、皆で隊長の背中を守ります!!」

「期待してるよ」


 再編成された第一航空隊だが、司令官には高橋三吉大佐である。


「君が世界の撃墜王か。噂は聞いているよ」

「はっ」

「私は砲術を専攻していたので航空機に疎いが精一杯頑張るよ」

「はい。自分も司令官を支えます」

「うん、ありがとう」


 最初の接触はまずまずだった。後に高橋は第一航空戦隊司令官になるがこの経験を買われての事だった。航空隊の編成だが第一航空隊は主に欧州で使用していた六式戦闘機とスパッドS.13が主力だった。しかし、第二航空隊はフォール教育団の影響でニューポール24を装備していた。またもう一つの航空隊は日本陸海軍初の爆撃隊であり、イギリス軍が使用していたハンドレページO/400を18機揃えていたがパイロットが不足しており実際には8機が使用可能である。


「さて……向こうはどう出るかな?」


 支給品のウォッカ(日本酒)を一口飲む将和だった。


「うわ、やっぱ度がキツイ」

「フム……やはり此処はラム酒だな」

「それは違いますよグレイス。ブランデー入り紅茶が一番ですよ」

「私はワインのが良いけど?」

「……何でいるんだ?」


 将和は目の前で酒を飲む女性三人ーーグレイス、シルヴィア、レティシアに声を掛ける。


「心外過ぎるぞマサカズ……」

「私達はちゃんと手続きを取りました」

「これがその証拠ね」


 そう言って三人が将和に見せたのは日本人帰化許可証と記された書類である。将和が三人を見るとニヒヒと笑っていた。


「余の特権を使わせてもらった。何せ此方は宮様を知っているからな」

「……おいおい……」


 確かに前回、グレイスは何度か宮様とは会っていたので宮様自身もグレイスーーシェリルを知っていた。そこからのルートだろう。


「グレイスの事はグレイス自身とユーカの手紙で詳細を知りました。かつてとはいえグレイスの事を世話をしてくださりありがとうございます」


 シルヴィアは将和に頭を下げる。


「いやいや、俺は何もしてないさ」

「余の心を盗んでおいて何もしてないとは心外だな」

「お前は黙ってろっての」


 文句を言うグレイスにそう言う将和であった。


「多分、明日にもタカハシ司令から言われるわ」

「……へいへい(まぁ日露で女性も招集されたから障害は無いっちゃあ無いか)」


 レティシアの言葉に将和はそう思うのであった。











 そしてほぼ同日の1月20日の日本の横浜では一隻の客船が到着した。舷梯からは多数の外国人が降りていた。日本への観光しに来た外国人であった。

 しかし、その中の一人の女性はそうではなかった。


「……成る程。これが日本ですか、奥ゆかしい雰囲気ですね」


 薄ピンクの髪色をし、かつてイギリスの戦列歩兵がレッドコートを着たような女性ーーフローレンス・エバンスは舷梯を降りながら景色を見てそう呟く。

 戦場で女を捨て、一旦は自身の全てを後の者に託すために戦争後に消えたと思われた彼女だったが戦友でもある夕夏に誘われた。


『日本で女を見つけてみなさい』


 売却寸前だった自宅に挑発的な文を送り込んだ夕夏にフローレンスは苦笑しつつ身支度を整えてイギリスを出て日本に向かったのである。


「さて……まずはユーカに会いませんとね……」


 そしてフローレンスは示された住所に向かうのである。







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