第二十九話
「んで回航の手続きはまた俺かよ……」
将和はドイツ、キール軍港で停泊している民間船を見つつそう呟く。
「まぁ気楽にしようじゃないかマサカズ」
「お前らは気楽にし過ぎだ……」
何故か付いてきたフローレンス、グレイス、シルヴィア、レティシアの四人である。本来なら彼女達は来れない筈であるが……。
「まぁ戦争は終わったんだし良いんじゃないかな」
「アホか。お前が此処にいるのがよっぽどおかしいと思うぞヘルマン……」
そう言うのは何故か将和の隣で珈琲を嗜むゲーリングである。
「いやぁ、ボクの場合は世界の撃墜王であるマサカズを丁重にやってくれと上に頼まれているからね。何せ現在のドイツの撃墜王はボクだから役が合わないんだよ」
「……それ、ウーデット達に言うなよ? 絶対に怒られるぞ。てか殴られるからな。というより何で回航の案内がお前なんだよ……」
「さっきの事をもう一回言わせるつもりかい?」
「……取り敢えず案内頼むぞ……」
流れに身を任せようと思う将和であった。そしてキール軍港の桟橋に繋留される進水した1隻の船体がその身体を休めていた。
「……こいつが『マッケンゼン』級か……」
「あぁ。『マッケンゼン』級の一番艦『マッケンゼン』だ」
「これを日本に回航するのか……」
「………」
グレイスははぇ~と言っているがシルヴィアは無言だった。それに気付いたグレイスはソッとシルヴィアに耳打ちをする。
「何だ姉上? 日本が脅威になると?」
「……ッ。そ、それは……」
「姉上、祖国が炎に包まれる覚悟は決めておくのだな」
「グレイス……」
「まぁそれは日本じゃないと思うぞ」
「……まさかッ」
グレイスの言葉にシルヴィアはハッとして将和に色々と説明をしているゲーリングを見る。それを見てグレイスはニヤリと笑う。
「どうなるかは分からないぞ? でも、ひょっとしたらひょっとするからな?」
「……そう願わない事を祈っておこう……」
「将和の元でか?」
「ば、馬鹿者!?」
ニカッと笑うグレイスにシルヴィアは怒るがその顔は真っ赤であった。それはさておき、将和は近くにあった酒場に入り数日後に現地入りするであろう海軍の関係者に電話ではあるが口頭で『マッケンゼン』の状況を報告する。前回(三週目)の時は『マッケンゼン』級は3隻だったが、フランス等が抵抗したので1隻となっていたのだ。
そして報告を終えると将和は店の主人に礼を言い出ようとしたところ、声をかけられた。
「待て貴様」
「ん? 俺か?」
「そうだ貴様だ」
声を掛けたのは一人の女性だった。灰色に近い髪の色をして短髪と思いきや、その後ろに髪を結んであり腰の辺りまで伸びていた。
「貴様……ミヨシ・マサカズだな?」
「あぁ……まぁそうだが?」
将和は刺客と思い、いつでも右手は腰に据える状態にした。右腰にはゲーリングから貰った拳銃のルガーP08が据えていたのだ。だがそれに反して女性は鼻で笑った。
「ハン、パイロットを地上で殺る等、ドイツ貴族の名折れだ」
「ほぅ……?」
「私はハンナ・フォン・クラウツァル。しがない貧乏貴族の娘だがこれでも大戦中は戦闘機パイロットをしていた」
「これはこれは……それでフロイライン、自分に何用で?」
「フン、四の五は言わん。ミヨシ・マサカズ、私と勝負しろ」
バンと将和に指を指すハンナ、その様子を見に来たゲーリングはあちゃーという表情をしていた。
「また君かクラウツァル伍長……」
「伍長ではない。少尉に昇進している」
「あらま、お知り合い?」
「……停戦間際にボクの部隊に配属されたらしい。まっ、ボクは捕虜でマサカズのところにいたからね」
「そんなのはどうでもいい!!」
「おりょ?」
ズイッとハンナは将和の胸ぐらを掴む。
「私と勝負だミヨシ・マサカズ。我々……いやドイツ空軍はまだ負けていない!!」
「……………」
気付くとハンナの右目から一筋の涙が流れていた。その様子に将和は頷いた。
「Jawohlだフロイライン。なら俺は完膚なきまで叩き落としてやる」
「……Danke schön、ミヨシ」
将和の言葉にハンナは頷き酒場を後にするのであった。その夜、将和は泊まったホテルでゲーリングから詳しい事情を聞く事にする。
「彼女の元いた部隊は第999特別航空隊だよ」
「なんじゃそら?」
「………片道攻撃を主に置いた航空隊の事だ」
「………おい、まさか……」
「大丈夫、実際には出撃していない。ルーデンドルフ参謀長が反対して開隊して三週間で解隊したんだ」
「成る程、その後にヘルマンの部隊に……か」
「彼女、何機か落としているみたいだけど……それでも君には及ばないさ。それでもやるのかい?」
「それが先方が望む形だからな。ちなみに上層部にはドイツ戦闘機を受領しても良いように試験飛行をしたいと問い合わせたら許可が降りた。何なの……?」
「早いね……まぁ世界の撃墜王の事だからかもね」
そして翌日、キール軍港から近い航空基地で行われる事になる。なお、ドイツ側はゲーリングの裏工作でドイツ戦闘機の性能チェックという形で飛行する事になっていた。
「おっフォッカーD.VIIじゃないか」
「まだ連合軍に渡してないのがあったからね」
「それはハンナとやらに使わせろよ」
「お気に召さないかな?」
「俺はあいつでいい」
そう言って将和が指指したのはフォッカーD.Iだった。
「あれは……」
「ドイツならリヒトホーフェンで応えてやるのが俺なりのケジメだ」
「……ダンケ、マサカズ……」
将和の言葉にゲーリングは頭を下げる。が、ハンナは納得していない表情だった。
「ふざけているのか貴様?」
「1ミリ単位もふざけてはいないな。航空機の性能は二の次だ。決まるのは己の腕だ」
「……空戦が終わる頃にはその口がほざけないようにしてやる!!」
そう言ってハンナはD.VIIに乗り込んで離陸するのである。そして将和もD.Iに乗り込んで離陸した。
「さて……どうなるかな……」
「マサカズにソーセージ一本」
「なら私は二本にするわ」
「姉上は?」
「……ビールを三杯」
「「それだ!!」」
「紅茶にしては……?」
ゲーリングを他所に賭けをする四人である。そして以て結果はといえば……。
「何故だ!? 何故負けるんだ!!」
ハンナの三連戦三連敗であった。着陸してからハンナは将和に文句を言う。
「それが現在のお前の腕だ」
「な、何だと!?」
「たかが数機を落としたくらいで意気がるんじゃねぇぞ小娘」
「ウッ……」
ジロリと睨む将和にハンナは後退りをする。
「どうする? まだやるか?」
「……やる。とことんやってやる!!」
「分かった。ならまた乗れ」
斯くして将和とハンナの対決はこの後、三度に渡って行われるが三度ともハンナの敗北に終わったのである。
「…………」
失意の内にハンナは着陸しようとする。だが彼女は操縦桿を深く入れ過ぎた。
「しまッーーー」
彼女が気付いた時、既に機体は地面とバウンドし態勢を崩して前面から更にバウンドして発動機から地面に激突したのである。
「あの馬鹿ッ!?」
並走しながら着陸した将和は機体をハンナ機の近くに向けて止まらせ操縦席から降りる。その間にもヘルマン達が二人に向かって走っているのが見えた。
「おいしっかりしろ!?」
「ッ………」
操縦席で気絶していたハンナを将和が無理矢理引っ張り出してお姫様抱っこをして機体から逃げる。
「ヒュー♪やるねぇ♪」
「言ってる場合か!? 爆発するかもしれんから早く逃げるぞ!!」
幸いにも機体は爆発はしなかった。だがハンナは顔面を負傷していたのである。
「容態は?」
「意識は回復していますし命に関しては別状有りませんが….顔の傷に関しては……」
激突時、機体の一部の破片が彼女の顔を傷つけ、顔の真ん中に走った大きな傷を負わせる事になってしまったのである。
「よぅ、元気か?」
「……………」
将和とヘルマンが病室に入るとベッドに横たわるハンナがいた。顔の真ん中には包帯が巻かれている。
「……私の負け……だな。単に貴様を倒せる腕は無かったというわけだ」
「クラウツァル……」
「だが私は諦めていないからな!! 今度こそ貴様を負かしてやる!!」
「クハハハ、その意気だな」
ギンッと睨むハンナに将和は苦笑し懐からある勲章を出した。
「マサカズ、それは……」
「リヒトホーフェンのじゃない。ドイツから貰ったモノだ」
将和が取り出したのは二級鉄十字章だった。将和はドイツ共和政府からリヒトホーフェンの対決を高く評価し将和に二級鉄十字章を特別に贈っていたのだ。
「コイツをお前に預ける。空戦でも爆撃でも何でもいい。俺を上回る腕前の時は返してくれ」
「…………」
そう言って将和はハンナの右手に鉄十字章を握りしめらせる。
「じゃあな」
将和はハンナに敬礼で返し部屋を退出するのであった。
「キザだなぁ……」
ヘルマンは横目でハンナの表情を見ていた。ハンナは顔を真っ赤にしていながらも将和から渡された二級鉄十字章を見ながらブツブツと呟いていた。
「爆撃でも……爆撃でも……爆撃でも……」
(うーん、波乱しかないや。でも面白そうだなッ)
ハンナを見つつそう思うヘルマンだった。
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