第二十七話
10月中旬、連合軍はドイツ軍をほぼほぼ追い詰める事に成功していた。ドイツ軍の参謀本部次長のエーリヒ・ルーデンドルフ歩兵大将でさえも全滅か休戦かの二択を迫られる事態となっていたのだ。
ドイツ軍の急速な弱まりに連合軍はチャンスと感じていた。そこでドイツ国民の戦争継続の士気を低下させるために連合軍総司令官のフェルデナン・フォッシュはドイツの首都であるベルリンを空襲しようと企図した。
ドイツの首都であるベルリンを空襲する事でドイツ国民の反戦感情を植え付ける企みでもあったからだ。
イギリス軍元帥のダグラス・ヘイグと秋山はそれだけで反戦感情が出るか疑問だった。むしろ抗戦意思が芽生えるのではないだろうか?
それでもフォッシュは可能と信じ、連合軍の航空隊を纏めた連合航空隊の編成を命じた。この編成に日本軍の第一航空隊も参戦したのである。
「え、俺が戦闘機隊の隊長ですか?」
「あぁ。英仏軍の航空隊がどうしてもとな」
将和の問いに山崎司令はそう答える。
「そもそも撃墜王の指揮のが良いだろう?」
「えぇ……(機上無線機が無いからそこまで指揮出来ないぞ……)」
確かに撃墜王に率いられた戦闘機隊とかは国民受けはあるのだ。そのため英仏もそれを受け入れているのである。
斯くして連合航空隊は編成される。その内訳は戦闘機約360機、爆撃機約250機である。
「集められるだけ集めた……という感じだな……」
滑走路に待機しているスパッドやソッピース等を将和は見つつそう呟く。そして滑走路の脇に置かれたパイロット待機所に行くと他のパイロットと共にシルヴィアとグレイスがいた。
「マサカズじゃないか」
「おぅグレイス」
「はしたないですよグレイス、すみませんマサカズさん」
ムフーと鼻息を荒くするグレイスに注意するシルヴィアである。シルヴィアはグレイスの姉であるがグレイスよりも温厚でありその豊かな胸は血筋だろうと思われていた。
「いやいや、問題無いさ」
「ところでマサカズが戦闘機隊長をやると聞いたが、真か?」
「あぁ。なし崩し的な……」
「ハハハ、そいつは喜ばしい事だな。だがなマサカズ……ベルリンを今更やる意味はあるのか?」
ポソッと最後の言葉だけは小さく言うグレイス。グレイスも前回を経験しているのかそういうのも分かっていた。
「それは分かっている……が、今の俺達は上からの命令に従うしかない。個人の感情を優先すべきではないよ」
「それはなぁ……」
「そうですよグレイス。私達はやれる事をやるだけです」
「ムゥ………」
そうグレイスを嗜めるシルヴィアであった。
「……………」
その様子を一人の女性パイロットが眺めていた。その後、将和は戦闘機パイロットを集めて作戦会議となる。
「この度、連合航空隊戦闘機隊隊長となった三好将和だ。まぁこの戦いでこの戦争を終わらせる覚悟で皆望んでくれ」
将和の言葉にパイロット達は頷く。そして将和は上層部から伝えられた作戦を説明していく。
「以上が本作戦の内容となる。何か質問は?」
『……………』
将和の言葉に何も言わなかったがスッと手を挙げる者がいた。
「えぇっと……」
「レティシア、レティシア・リシャールです。フランス軍、階級は少尉」
「これは失礼したリシャール少尉」
手を挙げたのはフランス軍の女性パイロットだった。
「それで質問は何かなリシャール少尉?」
「ベルリンへの空襲ですが……戦闘機は市民に対して機銃掃射をしても構わないという認識で宜しいですか?」
『……………』
その言葉に他のパイロット達は息を呑んだ。また、他のパイロット達は視線をリシャール少尉に向けていた。
「……無垢の市民を殺すと?」
「そもそも向こうが我等の国を攻めて来たのです。なら攻められる覚悟はお持ちの筈よ?」
リシャール少尉はフンと言いながら目を細める。その視線は将和に向けられていたがその視線の意味は将和も分からない。
「あの野郎ォ……」
「ステイですよグレイス、ステイ」
将和を侮辱したと感じたグレイスが思わず椅子から立ち上がろうとしたが隣にいるシルヴィアに抑えられる。将和はふぅと息を吐きながら口を開く。
「……市民への機銃掃射は禁止とする」
「戦争は非情にならざるを得ない時はありますわよ? それでも宜しいので?」
「愚問だなリシャール少尉。俺も人は殺してきたさ」
「ならば……」
「だが俺は畜生にまで堕ちたつもりはない!!」
「ッ……」
将和はピシャリとリシャール少尉に告げ、即答した言葉にリシャール少尉は詰まる。
「戦争だから人を殺す事はやむを得ないだろう……だが、無闇に無垢の市民を殺すのは人として看過は出来んな」
「………」
将和の言葉にリシャール少尉は何も言わなかったが、解散した時にリシャール少尉がボソッと呟いたのが将和の耳に入った。
「腰抜けの偽善者が……」
「ッ……もう我慢ならん……」
「ステイですよグレイス」
椅子を蹴飛ばそうとしたグレイスにシルヴィアはにこやにグレイスの頭を左手で掴んで机に押さえつける。
「あ、姉上……」
「グレイス、私達がカッとなってはなりません。当の本人のマサカズさんを見なさい」
指指すシルヴィアの先にいた将和は全く動じず、他のパイロット達と話している。
「……それもそうだな」
「それに御覧なさい。マサカズさんが話しているのは他のフランスパイロット達です。恐らくは事情を聞いているのじゃないですか?」
シルヴィアの予想は当たっていた。将和は先程のパイロットであるレティシアの事を聞いていたのだ。
「成る程。侵攻してきたドイツ軍に家族を殺されたと……」
「あぁ。俺も話半分でしか聞いてなかったけどそうらしいよ。んで彼女はパリにあるグライダーの飛行クラブに行っていたから難を逃れたらしいな」
「成る程、メルシー。こいつは御礼だ」
「おっ、タバコか。メルシー」
将和はパイロットに御礼としてタバコをあげるのである。
(目的は復讐かな…)
考えられるであろうレティシアの思考に将和はそう思う。そうでなければ先程の会議の時にあの発言はしない筈である。
「マサカズ」
「おぅシルヴィアにグレイス」
「マサカズ、先程のは気にしてはなりません。貴方の思う通りにしたら良いです」
「……ありがとうシルヴィア」
シルヴィアの言葉に将和は苦笑するのである。そして作戦は開始される……筈だった。
「作戦は中止……だろうな」
そもそも最前線はル・シェーヌであり現段階でそこから飛んで帰って来れる機体は無いに等しい。
「上は梅毒にでも掛かっているかと思ったが……冷静な判断を示したか」
そう思っていた将和だが実際は違っていた。というのもアメリカ遠征軍(AEF)は力での突破を試みようとしてアメリカ遠征軍派遣総司令官のジョン・パーシングは航空機の集結させての一点突破を思案したのが事の始まりであったのだ。これに乗ったのがフォッシュである。
だがアメリカ遠征軍は戦闘経験不足と指揮系統の混乱で大損害を生じたのだ。連合軍は勝てる事に勝てたが損害は10万以上にも上ったのである。
そして連合航空隊は撤退を支援するためにドイツ軍航空隊と交戦を行うのである。
「全機突撃!!」
敵機を発見した将和は真っ先にバンクをしてそのまま突撃を開始する。あっという間に突撃した将和を見てレティシアは呆気に取られた。
「は、速い……」
だがレティシアも負けず将和に続く形で突撃を開始する。この時、連合航空隊と交戦をしたのはヘルマン・ゲーリング中尉率いる第一戦闘機大隊だった。
「マサカズマサカズマサカズマサカズマサカズマサカズマサカズマサカズマサカズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
アルバトロスDr.1に乗り込むゲーリング(転生)は急降下して編隊を乱した将和を見て狂喜乱舞した。
「この時を如何にして待ち望んでいた事か!? 今度こそ決着をつけるぞマサカズ!!」
日頃の指揮官ぶりは何処に行ったのか、ゲーリングは次席指揮官をウーデットに任せると自身は将和に向かった。後方から迫るアルバトロスDr.1に視線を向けると、将和も直感で分かったのかニヤリと笑う。
「待ってたぞゲーリング!!」
後方からの機銃掃射にエルロン・ロールで交わしつつ最後の時にスライスバックをして135度へバンクし、そのまま斜めに下方宙返りし高度を速度に変えるのである。
そこへ二人の戦いに割り込んできたのがレティシアだった。レティシアは将和に何とか付いてきたので運良くゲーリングの後方に割り込めたのだ。
「墜ちなさい!!」
「舐めるな!!」
レティシアが機銃弾を叩き込むがゲーリングは咄嗟に左横滑りをして機銃弾を交わす。レティシア機はそのまま出てしまい今度はレティシア自身がその代償を払う羽目になる。
「ヒィッ!?」
浴びせられる機銃弾にレティシアは息を呑む。これまでは自身の腕が勝っていたのでやられる事はなかったがゲーリングのが上であり彼女は本気で死を覚悟した。
(此処で終わるなんて……)
そう思ったレティシアだが不意に銃撃は止む、後ろを見ればゲーリングのアルバトロスDr.1は逃げていた。将和が乗る六式戦闘機からの機銃掃射を食らったのでレティシアを落とす事を諦めたのである。
【早く離脱しろ】
将和の身振り手振りにレティシアはゆっくりと頷き戦線を離脱するのである。レティシア機が離脱するのを見届けた将和は再度ゲーリング機を睨む。
「これで邪魔者はいなくなった……」
「さぁ、やろうか!!」
二人の第二ラウンドが開始されたのであった。
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