第二十三話
明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いいたします
ちなみにだが将和と夕夏の関係が新たな展開に進んだという情報は直ぐに第一航空隊内へ流れた。
「隊長!! おめでとうございます!!」
「隊長、風原さんとはナンバーを利かせました?」
「風原さんのはギヤはどうでした?」
「シックには気を付けてください」
「ヌカツーですか? ヌカロクですか?」
「風原さんのはノーヘヤーでしたか?」
「隊長、これからはヘルブック要りませんね」
「いつマリルするんですか?」
「隊長、風原さんをレッコスルしては駄目ですよ」
「隊長、風原はボディーナイスですか?」
「誰か山崎司令官の部屋から酒をギンバイしてこい!! 今日は御祝いだ!!」
「くそ、俺の三円がぁ〜」
「胴元が大儲けしてるじゃないか!?」
「でも先日、例の看護婦が部屋から出るのを見ましたよ」
「何ィ!? それは本当か吉良!?」
「マジっすマジっす」
病室にそう言って駆け込んでくるパイロット達。将和は苦笑するが夕夏は顔を真っ赤にして薙刀を持つ。
「此処は病室です!! さっさと出ていきなさい!!」
『た、退避ィィィ!?』
薙刀を振り回してパイロット達を追いかける夕夏であった。それは兎も角、イギリスは四月の一ヶ月間で213機の航空機を喪失し多くのパイロットも戦死または行方不明、捕虜という損害を出した。日本の第一航空隊は戦闘機19機を喪失、捕虜二名であり対してドイツは合計83機であった。
RFC(イギリス陸軍航空隊)にとっては最悪の月だった。第一航空隊の応援が無ければ喪失はもう少し増えていたと予測されている。
だがドイツ航空隊は史実通りRFCがその主たる目的を実行するのを阻止できなかったのである。そしてニヴェル攻勢は失敗に終わり、ニヴェルは陸軍総司令官を辞職して北アフリカに左遷され後任にはフィリップ・ペタンが就任したのである。
さて、別な国を見てみよう。1917年で何が起こっていたのか? それはロシアとアメリカである。血の四月が起こる一月前の三月、ロシアでロシア革命が発生して三月十五日には国会臨時委員会が臨時政府を樹立した。これによりニコライ二世が皇帝を退位してロマノフ朝は滅亡したのであった。ニコライ一家は臨時政府によって自由を剥奪されツァールスコエ・セローに監禁されたのである。
「……最後はイパチェフ館か……勝負はやはりイパチェフ館だな」
モスクワのとある裏路地にてとある日本人はそう呟き、裏路地の闇の中へ消えたのであった。
そしてツァールスコエ・セローに監禁されたニコライ一家であるが、第二皇女であるタチアナ・ニコラエヴナ・ロマノヴァとアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァは部屋で紅茶にジャムを付けつつ飲んでいた。
「そっちの方はどうかしらアナスタシア?」
「私の方はそれ程進んでません。精々拳銃とその撃ち方、弾倉の保持くらいです。これ以上やればボリシェヴィキに探られる可能性があります」
「そうなるわね……」
アナスタシアの言葉にタチアナは溜め息を吐く。いくら皇帝一家であろうと隠せる限度はあった。
「日露戦争の結果……ユトランド沖海戦の結果で大分マズイ状態よ。もしかしたら私達も……」
「イパチェフ館に行く前に殺される可能性もある……と?」
「絶対とは言い切れないわ。でもその可能性は0ではない」
紅茶に口を付けていたタチアナはアナスタシアにそう告げる。そう、前回はたまたま助けられたかもしれないが今回はどうだ?
「にしても……貴女まで記憶があったなんてねアナスタシア?」
「まぁ……私にも何かあったのでしょう……」
ニヤリと笑うタチアナにアナスタシアは紅茶に口を付けそう言うのである。アナスタシアにも前回の記憶はあったがアナスタシアは深く語らなかったのでタチアナはそこで話はやめアナスタシアが違う話をしてきた。
「それで脱出計画はどうします?」
「慎重に慎重を重ねるしかないわね。ボリシェヴィキがどう動くか……」
「でしょうね。なら今は自重ですね」
「そういう事ね。タイミングを待ちましょう」
そう言うタチアナだった。四月六日、遂にアメリカがドイツに対して宣戦を布告した。しかし、アメリカの派遣軍が欧州の地へ来るのはまだ先の話である。だがアメリカが重い腰を上げたのは事実だった。
七月末、『パッシェンデールの戦い』こと『第三次イーペル会戦』が発生する。
「このイーペルとやらは元は沼沢地と聞いています。大規模な準備砲撃をすれば脆弱な地表を引き裂いてしまうのではないでしょうか?」
会議で遣欧軍司令官の秋山はそう具申した。しかしダグラス・ヘイグ元帥は問題ないとして却下してしまうのである。
「……我々は所詮傭兵か……」
「閣下……」
会議後、秋山は上原にそうポツリと溢す。遣欧軍は後詰めとして動いていたが秋山とて連合軍には無闇な喪失は避けてほしかった。斯くして『パッシェンデールの戦い』は幕を開ける。
「漸く新型機が来たか……」
第一航空隊に宛がわれた飛行場で将和は配備されたスパッドS.7を見ていた。スパッドS.7は第一航空隊に十二機が配備され、他にもニューポール17が十八機もあった。ただ、パイロットは先の血の四月で喪失しているので稼動は十二機である。
「全機発進!!」
『オオォォォ!!』
将和の号令の元、パイロット達は愛機となるスパッドS.7に駆け寄り乗り込む。それを夕夏は他の看護師と共に見ていた。
「………」
夕夏に気付いた将和は夕夏に敬礼をする。夕夏は手を振って返礼した。それをパシャリと従軍記者が写真を撮る。
「欧州で咲いた恋人という花か……良いねぇ」
従軍記者はそう呟く。それは兎も角も第一航空隊のスパッドS.7十二機は離脱も無く離陸、パッシェンデールへ向かうのであった。
「敵機発見、行くぞ!!」
第一航空隊とドイツ航空隊はパッシェンデール上空で激しい空戦を展開する。
「流石はスパッドS.7だな。ニューポールとは旋回性能が違う」
将和は逃げるアルバトロスD.3の後方に回り込み、ヴィッカース機銃弾を叩き込む。機銃弾を叩き込まれたアルバトロスD.3は右翼の翼間支柱が吹き飛ばされ右翼の半分が千切れ飛び地上に墜落していく。
「よし、次!!」
将和は新たな獲物を求める。一方で地上では史実通りのパッシェンデールの戦いを繰り広げる。十月、連合軍は消耗が激しいANZAC軍(オーストラリア・ニュージーランド軍団)の代わりにカナダ軍団の二個師団と遣欧軍を戦線に投入した。
「ヘイグ元帥」
「……何かなMr.アキヤマ?」
「戦線へ行くのは了承しました。ですので今一つ願いがあります」
「……聞こう」
「可能な時があれば我々遣欧軍は夜襲を敢行したいと思います」
「……本気か?」
「我々は日露戦争でもロシア軍相手に夜襲をしました。戦況次第で我々は夜襲を敢行したい。是非ともその許可を願います」
「……良かろう。好きにしたまえ」
「感謝致します」
(……本気か日本は?)
隣で聞いていたカナダ軍団の総指揮官サー・アーサー・カリー将軍はそう思った。その思惑は他所に十月二十六日、カナダ軍の第三師団と第四師団の二万名、遣欧軍第八師団と第十二師団の二万、合わせて四万名は突出部の丘陵地帯を前進して『第二次パッシェンデールの戦い』が開始される。
「進めェ!!」
だが連合軍は僅か数百メートルかの前進には成功したが約一万の被害を出してしまう。だが遣欧軍とカナダ軍はイギリス軍二個師団の増援を受けて十月三十日に大雨の中、二回目の攻撃を開始する。
「報告します!! 町を奪取しました!!」
「よし、後はドイツ軍の逆襲に備えろ」
秋山はパッシェンデールを奪取して喜ぶ暇もなくそう告げる。そして秋山の言葉通りにドイツ軍はパッシェンデールを奪い返そうと反撃と砲撃をする。
「ドイツ軍が来るぞ!!」
「十三年式の弾倉をもっと持ってこい!! ドイツ軍にたらふく喰らわせてやる!!」
ドイツ軍はパッシェンデールを奪取しようと五日間に渡り町を攻撃したが遣欧軍とカナダ軍は攻撃に耐えた。
そして十一月五日には交代した遣欧軍の第四師団と第十一師団がドイツ軍の陣地に夜襲を敢行したのである。
「突撃ィィィィィ!!」
『ウワアァァァァァァ!!』
月夜に煌めく三十年式銃剣と三十二年式軍刀等にドイツ軍は怯えた。弾丸に撃たれるならまだしも、刀で斬られるのは嫌だった。
また、カナダ軍第一師団も夜襲に加わり、これにより要地が確保された。
そして十一月六日、パッシェンデールに遣欧軍の日章旗とカナダ軍団旗が掲げられたのであった。
『万歳!! 万歳!! 万ァァァァァァ歳!!』
カナダ軍は約一万四千弱の被害を被り、遣欧軍は約一万二千弱の被害を被ったのである。
「駄目、この人はもう死んでるわ。次ッ」
後方にある日英の野戦病院、そこでは夕夏が簡易的ではあるものの診察をしたり治療をしていた。
手術用の机は大量の血が付着していたが気にする者はいなかった。エバンスがサッと雑巾で拭いて消毒してから衛生兵が担架に載せられた負傷者を机に載せる。
「……左手は駄目ね。切り落とすわ」
左手は砲弾の破片で抉られて指は数本吹き飛び、手首辺りからは肉が削がれて骨も抉られていた。鼻にガーゼで抑えてエーテルを垂らす。
エバンスが負傷者の左腕を抑えて切断のために固定し夕夏は切断用のノコギリでゴリゴリと切りゴトリと左手が切断される。
「それは捨てて切断箇所の手当てね」
「消毒します」
「お願いね」
野戦病院もさながらの戦場であった。それでも夕夏やエバンス達看護婦は何一つ文句を言わずに負傷者の介護を行うのであった。
「躊躇いはありませんねユーカ」
「あら、私だって躊躇う時はあるわよ」
やっとの休憩中、エバンスが不意に夕夏にそう尋ねた。
「それは……やはりキャプテン・ミヨシですか?」
「それはそうね。愛してるからね、あの人が負傷したらどんな事をしてでも生かす事にしている。例え悪魔と契約してもね」
「………………」
「それで……フローレンスはどう思っているのかしら?」
「どう……とは?」
「ミヨシ・マサカズを愛してる……というところかしら?」
「………………よく分かりません」
そう言ってエバンスは紅茶を啜る。
「貴女がキャプテン・ミヨシとキスをしていた時、恥ずかしいという気持ちではなく不愉快な気持ちが一杯でした……ですがこれが好きという感情なのかは……」
「分からないなら直接会ってみたら?」
「貴女は………」
夕夏の言葉にエバンスは驚愕の表情をする。
「貴女は……何をしたいのですか?」
「勿論、あの人との幸せな生活よ。でもね、私一人だけじゃあ支えきれないのよ」
夕夏はそう言って温くなったお茶を一口啜る。
「あの人は多くの闇を抱えている。私はその闇を祓い除けたいけど私一人だけじゃ無理なの。だから貴女もどうかなってね♪」
「…………………」
「貴女風に言えば治療になるかしら。あの人、たまに背中で泣いちゃうから抱きしめるんだけど……意外と良いわよ」
「治療が……って事かしら?」
「それは貴女に任せるわ。それで、どうする?」
「…………………会ってみます………」
「宜しい♪」
エバンスの言葉に夕夏は笑みを浮かべるのであった。
御意見や御感想等お待ちしていますm(_ _)m




