第二十二話
今年最後の更新
「クソッタレが!! あっという間にバラバラになっちまった!!」
将和はニューポール17を操縦しながらアルバトロスD.2の後方に回り込む。しかし、不意に感じた後方を確認すると別のアルバトロスD.3が将和の後方に回り込もうとしていた。
「くそ!!」
将和は舌打ちをしてスロットルを押して加速しながら直ぐに離脱する。他の空域に視線を移すと列機も多数のアルバトロスD.3と空戦をしており苦戦中だった。
「ニヴェルの野郎……攻勢なんぞしやがって!! だからまだ早いんだよ!!」
将和はそう罵倒しながら操縦桿を引き左旋回をして新たな敵戦闘機を追うのであった。時間は少し前へと遡る。
1917年四月、連合軍は大規模な攻勢――ニヴェル攻勢――を展開する。ニヴェル攻勢は多くの高官達から反対はあった。だが、アリスティード・ブリアンから史実より早くに首相に就任した民主共和同盟のアレクサンドル・リボはフランスの主導権を握るためにニヴェル攻勢へ賛同した。
これにより史実通りにニヴェル攻勢は四月十六日に開始される。遣欧軍はカナダ軍と共にヴィミーの尾根の戦いに投入される。また第一航空隊もイギリス軍と共に行動するが、フランス軍へ第一航空隊が配備していたニューポール17の半数である十二機が突如渡されるのである。
「何で取り上げられるんですか!? フランス軍にはS.V7が配備されているんじゃないですか!!」
「俺も詳しい事は分からんが、どうやらフランス軍の方にドイツ軍の戦闘機隊が多数いるみたいだ。そこで第一航空隊のニューポール17をフランス軍に回す方針だ」
「ですが……」
「新型のS.V7はまだフランス軍の全部隊には配備されていない。此処は向こうの言う事を聞くしかないだろう。それに内地でも漸く我が国初国産の戦闘機を開発完了したようだ。それが来るまでは言う事を聞くしかない」
「……分かりました」
結果的に第一航空隊にあるニューポール17は全部で十二機となり、残りはニューポール11である。なお、これは後に誤報と判明する。将和は部下にニューポール17を譲ろうとしたが部下達は拒否する。
「駄目です。隊長はニューポール17のままでお願いします。我々には11で十分です」
「だがな……」
「隊長は新型機で撃墜数を増やしてください。漸く撃墜数が90機にまで数を増やしているんですから」
「そうです。ふんぞり返るフランスのカエル野郎の頭を叩き起こすのは隊長が必要なんですッ」
「……分かった。けど無茶はしないでくれよ」
「勿論です。風原さんと隊長の結婚式には呼ばれたいですからね」
「ば、馬鹿野郎!!」
『(その反応だけでバレバレですよ隊長……)』
そう思う部下達である。ちなみに将和と夕夏の関係はブラックコーヒーマシマシなのに気付けば甘甘のコーヒーになっているくらいの関係である。
「隊長、そろそろ頼みますよ」
「いい加減ローソク立てましょうよ」
「俺なんて二円も賭けているんです!!」
どうやら隊員達同士の賭け事の対象にもなっているようだ。
「あれ、でも最近他の看護婦とも怪しい気が……」
「何、それは何処情報だ?」
「お、新たな賭けか?」
吉良中尉の言葉に塚原大尉、小沢大尉らが悪乗りして賭けの対象にしようとしているのである。それはさておき、ニヴェル攻勢の始まりだが航空戦は劣勢だった。何せドイツ軍の戦闘機はアルバトロスD.2とD.3であり、連合軍の戦闘機隊が装備しているのはエアコー DH.2、F.E.8のような時代遅れの推進式戦闘機やフランスのニューポール 17などであった。
アルバトロスに対抗できるのはS.V7、ソッピース パップ、ソッピース トライプレーンのみであったが、これらはまだ数が揃わず、しかも戦線全域に分散しているという有り様だった。連合国側の新世代戦闘機はまだ準備が整っておらず、唯一、RFCの第56飛行隊がS.E.5を装備して稼働可能なのみだった。
「中島!!」
将和は視界に映るニューポール11の中島機を助ける。先程までアルバトロスD.2に追われていたからである。なお、中島機を追っていたアルバトロスD.2は将和による一連射で撃墜された。
〈俺の後方につけ〉
将和の指示に着任したばかりの中島少尉は頷いた刹那、彼は後方からの銃撃に頭が吹き飛ばされた。頭を飛ばされた胴体はそのまま操縦席の前に倒れ中島機は急降下して墜落していく。
「中島!!」
将和は反射的に操縦桿を左に倒し左フットバーを蹴飛ばして操縦桿を引き機体を左旋回をさせた。その直後に中島機を銃撃したアルバトロスD.3が航過する。
「クソッタレがァァァァァァァ!!」
将和は最短飛行でD.3に追い縋り、搭載するヴィッカース機銃の7.7ミリ弾を叩き込んだ。7.7ミリ機銃弾はD.3の右翼のワイヤーが弾け飛ばし、風圧に耐えきれずに右翼が千切れ飛んだ。千切れ飛んだアルバトロスD.3はそのままクルクルと回転しながら落ちていく。
「……済まない中島……」
将和は落ちた中島少尉に敬礼をしてその場を後にするのであった。結局、第一航空隊は中島少尉機を含む八機を喪失した。
「……時代を先取りするが仕方ない……か。やっぱ前回と同じにしておくか」
将和は翌日、パイロット達を集めた。
「これより敵機には出来る限り二機一組で対処する。新型機が配備されるまで単機で行動するな。良いな、絶対にだぞ!!」
『はい!!』
将和の訓示にパイロット達は頷くのであった。そして四月二十四日、第一航空隊は『アラスの戦い』に投入された。将和らは偵察隊の護衛任務である。
〈敵機発見〉
不意に第三小隊の石原機が前に出て機体をバンクして上昇する。上空から10数機のアルバトロスD.2、D.3らが降下してくる。
「散開!!」
聞こえるはずないが将和は叫んで左旋回をして銃撃から逃れる。偵察隊が飛行している空域に顔を向けるが数機が白い煙を噴いて墜落していく。
「くそ!!」
将和はB.E.2複葉偵察機に迫ろうとしていたD.2の後方について機銃弾を叩き込む。機銃弾を叩き込まれたD.2はエンジンから炎をチラチラと噴かせて落ちていく。
前席にいた偵察員は将和に手を振り感謝の意を伝える。将和も手を振り辺りを警戒する。空戦はドイツ軍が優勢だった。
「ちッ、何とかしないと……」
不意に将和は殺気を感じて左旋回の回避機動をする。将和が先程までいた空域に機銃弾が虚しく貫く。B.E.2複葉偵察機は既に逃げていた。将和が後方を振り向くと赤いアルバトロスD.3がいた。
「赤いアルバトロス……まさか!?」
そのまさかである。赤いアルバトロスD.3にはマンフレート・フォン・リヒトホーフェンが乗っていた。
「ヤーパンの戦闘機……落とさせてもらおう!!」
リヒトホーフェンは将和を落とそうと将和の後方に追い付き7.92ミリ弾を叩き込むのである。
「レッドバロン……久しぶりだなァ!!」
リヒトホーフェンとの再会に将和は背中がゾクゾクとするのを感じた。『あの日』、二人の空戦はそこで終わっていたのだ。
「今度こそ俺の勝ちにしてやるぞ!!」
アルバトロスD.3から放たれる7.92ミリ弾が数発が胴体に突き刺さるが、将和は気にせず水平飛行から左斜め宙返りをしてリヒトホーフェンの後方に回り込み、照準を合わせつつ機銃弾を叩き込む。
だがリヒトホーフェンはスローロールを行い機銃弾数発を右翼に命中されるも回避する。そして速度が出過ぎた将和の機がリヒトホーフェンの前に出た。
「しまった!?」
「落ちろォ!!」
将和は咄嗟にフットペダルを左に思い切り踏んで操縦桿を右への逆方向に倒して右横滑りをする。機銃弾の多くは回避出来たが二発の7.92ミリ弾が将和の右上腕二頭筋と右腕撓骨筋を掠めた。
「ガッ!?」
将和は痛みに耐えながら右横滑りを継続し回避しながら近くにあった雲に隠れる。
「む、隠れたか……」
リヒトホーフェンは雲を警戒しようとした瞬間、殺気に気付いて左への急旋回をする。雲に隠れた将和は一旦降下してリヒトホーフェンの下後方から銃撃してきたのだ。機銃弾はD.3の右上部の翼をもぎ取る。飛行が怪しくなってしまいリヒトホーフェンは戦闘を断念する。
「残念だ……」
戦闘を断念したのを確認した将和はリヒトホーフェンの左を飛行して編隊となる。
「「……ッ………」」
二人は互いに敬礼をして離れるのであった。そして将和は編隊を集まらせようとした時、ふと左下方で数機の航空機が空戦を展開していた。
よく見るとイギリスのソッピースパップ戦闘機2機が同じく2機のアルバトロスD.3に追われていた。
「……助太刀するか」
将和は操縦桿を倒して降下、アルバトロスD.3の後方に躍り出た。そのまま将和は1機のアルバトロスD.3を狙い二連射で叩き落とす。
列機が落とされた事に気付いたもう1機は直ぐに逃げようとするが将和は逃がさなかった。
「悪いようだがこれが戦争だ!!」
将和は三連射で残ったアルバトロスD.3を撃墜した。そして2機のソッピースパップに近寄る。二人のパイロットはあっという間に落とした将和に驚きの表情をしていた。
将和は苦笑しつつも二人に敬礼をすると二人も慌てて敬礼を返してくれた。そして将和はその空域を離れた。その後、将和は傷の痛みを堪えて編隊を整えて帰還して無事に着陸する。
「隊長!?」
将和が負傷していた事に気付いたパイロット達が将和を操縦席から引き摺り降ろす。将和は無事に着陸出来たのかホッとしてそのまま気絶していたのだ。
「貴方!?」
駆け付けた夕夏は右腕が血だらけの将和を見て涙を流す。パイロット達は急いで医務室に駆け込むのであった。
「大丈夫大丈夫、掠ってるだけだから」
手当てをする軍医は何もないようにパイロット達に言う。
「ほれほれ、大丈夫だからさっさと報告に行かんか」
軍医はパイロット達を外に出して治療する。そして軍医は治療が終わると夕夏に任せて外に出てしまう。
「あんまり無茶はするなと言っといてくれ」
将和が目を覚ますのは二時間後の事だった。
「無茶は駄目って言ったでしょ!!」
「ご、ゴメン……」
起きた将和は夕夏に正座をさせられて怒られていた。既に三十分は経過している。いつしか夕夏は嗚咽していた。
「だから……だから死なないで……貴方はまだやるべき事があるのでしょう……?」
将和が顔を上げると夕夏は泣いていた。
「貴方が死んだら私……私……」
「……悪い」
将和はそう言って夕夏にキスをする。
「約束する。必ず生き残るから」
「……約束よ」
そう言って再度二人はキスをするのである。そして部屋をガチャリと開けたのは消毒液と替えの包帯を持ってきたエバンスであった。
『………………………』
流石のエバンスも二人がキスしていたのに眼を見開いたが仕事は仕事とばかりにツカツカとベッドに歩み寄る。
「包帯替えます」
「ア,ハイ」
そう言って包帯を替えるが多少荒ついた作業をするエバンスである。
「いたッ」
「男です。我慢しなさい」
包帯を取り換えてエバンスは部屋を出るが出る時もドアを荒々しくバタンッと閉めるのである。
「……怒らせたかな」
「まぁそれもあるわね……(でもあの表情……)」
心当たりがある夕夏であった。そして廊下を歩いていたエバンスであるが不意に止まりポツリと呟く。
「………心配……したんですよ……」
その表情は何も読み取れず、エバンスは再びツカツカと廊下を歩くのであった。
そしてイギリス軍航空隊の基地があるところでは……。
「姉上、さっきは大丈夫だったか?」
「それは貴女もですよグレイス」
飛行帽を脱ぎ、中から金の長髪を現せるパイロットーーシルヴィア・ハリソンーーは妹であるグレイス・ハリソンに告げる。
「余は大丈夫だ姉上。何せ余だからな」
フンと何故か自信満々なグレイスである。多分、擬音があればグレイスの後ろには『余ォォォォォォォォォ』となっていたかもしれない。(待てや)
「ですが油断は禁物ですよ。それと司令部に行きます」
そう言ってシルヴィアは司令部へ向かう。
「何故に司令部に?」
「……先程助けてもらったパイロットの照会です。私と貴女は命を助けてもらったのです。せめての御礼は必要です」
「成る程な(まぁ……あのパイロットは知っているけどな)」
歩き出すシルヴィアに後から付いてくるグレイスは内心、ニヤリと笑う。
(今度は下級貴族の身分だが……シャーリーには負けないぞ……マサカズ?)
クックックと笑うグレイスであった。
御意見や御感想等お待ちしていますm(_ _)m




