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第十九話

やはりユトランド沖のイギリスは堕ちるしかないね








 ビーティを失ったイギリス艦隊ではあるがジェリコー大将の指揮の元、何とか統制の回復はしていた。しかし1913時にヒッパーの突入――「死の騎行」――によりシェアの主力部隊は敵前での困難な右一斉回頭を成し遂げイギリス艦隊の追撃を振り切る事が出来た。だが大洋艦隊はまだ安全圏内に逃げきる事は出来なかった。


「突撃!! シェアに楔を撃ち込め!!」


 日本海軍の遣欧艦隊である。栃内は分艦隊も収容後に遣欧艦隊だけで大洋艦隊に突撃したのである。この遣欧艦隊の砲撃に反撃出来たのは満身創痍の偵察部隊と旧式戦艦からなるモーフェ少将の第二戦隊だけだった。

 遣欧艦隊の砲撃は繰り返され、戦艦『河内』の砲撃で戦艦『ポンメルン』を中破させた。遣欧艦隊が大洋艦隊を抑えている間にジェリコーの部隊も追いつくが2024時から日が落ち始め、艦艇の区別がつかなくなりジェリコーは追撃を断念して南に転進した。今度こそ大洋艦隊は離脱に成功したかに見えた。しかし遣欧艦隊の攻撃はこれからであった。


「訓練の成果を見せる時が来たぞ!!」


 防護巡洋艦『平戸』『矢矧』率いる水雷戦隊の突撃であった。『平戸』と『矢矧』は探照灯を照射して水雷戦隊の突撃を手助けを行う。


「『平戸』と『矢矧』には構うな!! 全駆逐艦は直ちに突撃せよ!!」


 『平戸』の艦橋で水雷戦隊司令官の岡田啓介少将は吠える。無論、探照灯を照射する『平戸』『矢矧』にドイツ艦隊は砲撃を集中する。だが駆逐艦部隊は四五サンチ魚雷を距離四千で発射して離脱、144本の魚雷は大洋艦隊に突き刺さった。


「命中、命中!!」

「そうか……」


 炎上する『平戸』で負傷し手当てを受ける岡田少将は見張り員の報告にニヤリと笑う。水雷戦隊が放った魚雷は戦艦『ヘルゴラント』『ポーゼン』『ラインラント』『ヴェストファーレン』に命中。四隻は大傾斜をして総員退艦が発令されるのであった。


「長官、今がチャンスです!! 突撃しましょう!!」

「駄目だ、夜戦に馴れていない我々ではトチナイの遣欧艦隊の足を引っ張る事になる」


 旗艦『アイアン・デューク』の艦橋で参謀達の具申にジェリコーはそう判断していた。確かに本国艦隊は夜戦に馴れていなかった。


「ですが援護くらいは出来るはずです!!」

「……分かった。遣欧艦隊に任せるのは癪だが援護に回ろう」


 ジェリコーはそう判断するが別の部隊がジェリコーに押し寄せた。満身創痍のヒッパーの偵察部隊である。ヒッパーは巡洋戦艦を下がらせて軽巡と駆逐艦のみで突撃してきたのだ。


「せめて一撃を食らわせる!!」


 偵察部隊の突撃にジェリコーの主力部隊は舵を切るがその先は――大洋艦隊の方向だった。ジェリコーの主力部隊が向かってくる事にシェアはヒッパーに感謝した。


「助かるヒッパー。全艦、探照灯を照射!! ジェリコーを仕留めろ!!」


 探照灯によりジェリコーの旗艦『アイアン・デューク』は闇夜の中から映し出されドイツ艦隊からの砲撃が集中してしまう。そして戦艦『ケーニヒ』から放たれた305ミリ砲弾が『アイアン・デューク』の艦橋に飛び込みジェリコーを吹き飛ばしたのであった。


「ジェリコー長官戦死!!」

『何!?』


 炎上する『アイアン・デューク』からもたらされた情報にイギリス艦隊は混乱する。第四戦艦戦隊司令官のダブトン・スターディー中将が直ぐ様指揮を継承するがその混乱をシェアは見逃さなかった。


「突撃!! ジョンブルを沈めろ!!」


 大洋艦隊は混乱する大艦隊に突撃するがそれを抑える艦隊もいた。遣欧艦隊である。


「大艦隊を逃せ!! ドイツ艦隊の好きにさせるな!!」


 『扶桑』型二隻『金剛』型四隻『河内』型二隻を主力とする遣欧艦隊は第六戦艦隊の『カイザー』『カイザリン』を砲撃、二隻とも複数の直撃弾を受けて転覆。脱出した第六戦艦隊司令官ノルトマン少将も艦が沈む時の引き摺り波に巻き込まれ波間に消えたのである。


「ヤーパンの戦艦に集中砲撃!!」


 シェアは遣欧艦隊が厄介になると判断して遣欧艦隊に照準を合わせる。このおかげでスターディー中将は大艦隊を纏める事に成功した。しかし遣欧艦隊は大洋艦隊からの砲撃が集中した。

 この砲撃で『比叡』は艦橋に砲弾が直撃し斎藤少将以下艦橋にいた全員が戦死した。しかも艦尾に命中した砲弾は『比叡』の舵を破壊する事に成功した。


「駄目です、面舵から動きません!?」

「待て、この経路だと……敵艦隊に突っ込むぞ!?」


 『比叡』は直線しか進む事が許されなかった。しかも経路は敵艦隊の経路を直撃するのである。更に『榛名』は二本の煙突が吹き飛ばされ『榛名』は速力が低下する。

 そして将和が艦長をする『霧島』にも命中弾を受けた。最初は何か分からなかったが次第に『霧島が揺れた』そう判断した時、将和は床に倒れていた。


「艦長!?」


 誰かに起こされる感触がある。将和は一瞬、何が起きたか分からなかった。しかし再び揺れた感触に記憶が思い出す。

 『霧島』の艦橋直下に直撃弾があったのだ。幸いにも砲弾は不発だったが将和らを床に叩きつける事には成功していた。


「艦長!?」


 七田航海長に起こされた将和は脳をフル回転させる。今、自分が成すべき事は何か?


「……被害知らせ!!」

「艦橋直下のは不発、四番砲塔に直撃弾。四番砲塔は使用不能、火災が弾薬庫に迫る勢いとの事です!!」

「四番砲塔弾薬庫に緊急注水だ!!」

「し、しかしそれでは『霧島』は砲戦能力の一つを……」

「砲一つと乗員、『霧島』のどっちが大事だ!!」


 将和の叫びに七田航海長は息を呑む。将和の気迫に押されてしまったのだ。七田は将和の気迫に固まったが再度将和の怒号が飛び交う。


「四番砲塔弾薬庫に緊急注水!!」

『緊急注水!!』


 七田は即座に動き、直ちに四番砲塔弾薬庫に注水される。この注水で『霧島』は爆沈という事態からは免れた。


「使える火器は全部敵に叩きつけろ!!」


 将和は落ちていた帽子を拾い被る。


「『霧島』が簡単に沈むか!!」


 将和の叫びに答えるかのように『霧島』の二番砲が射撃を開始するのであった。一方、スターディー中将は艦隊を纏めてドイツ艦隊の後方に回ろうとしていた。


「遣欧艦隊には悪いが囮となってもらう。大洋艦隊を逃すわけにはいかん!!」


 しかしシェアは包囲されつつある事に気付き、艦隊を反転させて退避行動に移った。


『ドイツ艦隊が反転します!!』

「逃がさんぞ!!」


 中破していた『扶桑』の艦橋で栃内大将はそう叫び、大洋艦隊に食らいつこうとする。遣欧艦隊の砲撃で『ハノーファー』『チューリンゲン』『オストフリースラント』が砲撃機能を失い炎上するのであった。しかし大洋艦隊も反撃して装甲巡洋艦『八雲』と『出雲』が被弾炎上したが沈没する気配はなかった。0200時には第一巡洋艦戦隊の『ブラック・プリンス』が『オルデンブルク』の砲撃で致命傷を受けて轟沈してしまう。

 仇とばかりにイギリス第十二水雷戦隊が大洋艦隊に魚雷を発射するが軽巡『ロストック』と『エルビング』を波間に沈めるのみだった。他は『リュッツォウ』と『チューリンゲン』が生存者の退艦後に『金剛』型『河内』型六隻による砲撃自沈したくらいだった。

 そして女神は再び大洋艦隊に微笑んだ。第六戦艦隊の『プリンツ・レゲント・ルイトポルト』が苦し紛れに放った30.5サンチ砲弾がスターディー中将が乗艦する戦艦『ベンボウ』の艦橋に命中した。

 スターディー中将は爆風で海面にまで吹き飛ばされて戦死、大艦隊は再び混乱の渦に巻き込まれてしまったのである。


「神の御加護だ!! 全艦反転!! 大艦隊に砲撃を集中せよ!!」


 シェアは歓声を上げつつ艦隊を反転、再度突撃を敢行させる。この突撃で第四戦艦戦隊第四戦艦隊の『ベンボウ』『ベレロフォン』『テメレーア』は炎上、後に自沈する。

 更に第一戦艦戦隊のセシル・バーネー中将も爆風の破片で片足切断の重傷の人事不省に陥り、同戦隊の第五戦艦隊の『コリンウッド』『ネプチューン』が撃沈された。


「長官、このままでは……」

「………」


 此処で栃内大将は発光信号と最大出力の電波を発信させた。


『全艦退却セヨ。殿ハ遣欧艦隊ガ承ル』


 発光信号を受信解読した大艦隊は完全に逃げ足になり、この命令が決定的となりイギリス艦隊は遁走を開始したのである。


「彼等に『栄光の6月1日』は訪れそうにありませんな……」

「ハハハ……永久に訪れそうにないな」


 『扶桑』の艦橋で竹下と栃内はそう苦笑する。


「さて……『扶桑』『山城』が最後尾とする。今いる全艦艇を何としても帰らせる必要がある……そのため『扶桑』『山城』は敵艦隊に突撃するぞ!!」

「了解!!」


 『扶桑』『山城』は共に被弾炎上して中破だったがまだ戦闘力は残っていたのだ。二隻は反転して迫り来る大洋艦隊に砲撃を加える。更にその艦隊後方からただ一隻だけ反撃する巡洋戦艦がいた。舵の故障から復旧した『比叡』である。

 応急措置ではあるものの、舵は復旧しており戦列復帰は可能だったのだ。そのため、『比叡』は大洋艦隊の後方から射撃を加えた。シェアも退路を断たれるのを嫌い、先に『比叡』に集中砲火を浴びせたのである。

 0324、それが日本から遠く離れ北海という海に没した『比叡』の沈没時間だった。それでも『比叡』は沈む間際まで主砲と副砲を撃ち続け、意地とも言える砲撃は駆逐艦三隻を撃沈させている。

 だが大洋艦隊が『比叡』を仕留めるまで少しの時間が掛かってしまった。その時間が栃内の『扶桑』『山城』を突っ込ませる要因を生んでしまったのである。


「怒りを込めて撃って撃って撃って撃ちまくれェ!!」


 『扶桑』は出しうる速度である22ノットで大洋艦隊に突撃、被弾炎上しながらもその砲口はシェアが乗る旗艦『フリードリヒ・デア・グローセ』を捉えていた。


「敵旗艦、捉えました!!」

「食い破れェ!!」


 『扶桑』の35.6サンチ砲弾は『フリードリヒ・デア・グローセ』の後部30.5サンチ砲を貫通させたがその御返しとばかりに『扶桑』は14発の30.5サンチ砲弾が命中した。至近距離からなので砲弾は面白いように命中、しかもそのうちの一発は艦橋に命中し栃内大将らを戦死させている。栃内大将が倒れたのを察したかのように『扶桑』も行動を停止した。

 だが二番艦『山城』はまだ『生きていた』。


「イカン!? 回避ィィィ!」

「遅かったなァ!!」


 『山城』の前部一、二番砲塔が吼えた時、それはラインハルト・シェアの命を奪い去る事に成功する。だがその代償は『山城』の命であった。『扶桑』は0345、『山城』は0410に波間に没したのである。

 斯くして両軍が戦場となった海域を離脱したのは0415であった。


「クソッタレが……」


 離脱する『霧島』の艦橋で将和はそう呟く。本音で言えば将和は『扶桑』『山城』と共に突撃したかった。そうすれば『扶桑』若しくは栃内大将は生還していたかもしれない。

 だが、自分達はどうなる? もしかしたら挟み撃ちに合って両方とも帰れなかったかもしれない。

 夕夏と再会する前なら突撃していたかもしれない。だが夕夏と再会した事で躊躇してしまったのである。そして何よりも『扶桑』『山城』を亡くしたのも二度目だ。


(人間の弱さ……かもな……)


 将和は制帽を脱ぎ額を一撫で、二撫でしてから被り直すのである。

 このユトランド沖海戦でイギリスはビーティとジェリコーの将の戦死の他に史実より少し上回る喪失をした。そしてドイツも大洋艦隊司令長官のシェアが戦死し史実より上回る喪失をしたので引き分けに近い海戦であった。

 遣欧艦隊も八隻の戦艦は『扶桑』『山城』『比叡』を喪失、残りも中破以上の損害であり『八雲』『出雲』も中破、『平戸』は沈没するも岡田少将は救助され駆逐艦は三隻が撃沈する被害だった。更には司令長官である栃内大将ら司令部も軒並み戦死していたので人的被害は前回同様に酷かったのであった。









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