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第十六話








 日本から漸く二個師団がフランスに援軍の先遣隊として到着していた。先遣隊は精鋭中の精鋭第二師団と第六師団である。先遣隊司令官には先の青島攻略で活躍した神尾中将であった。

 先遣隊には独自の指揮権は無くフランス軍が指揮をしていた。前回と同様に日本は独自の指揮権を要求したが、フランス側に「ヨーロッパの戦争を体験していない国に独自指揮権など無い」と言われ、イギリス側も日本に説得に当たり単に日本の外交負けである。


「たかが二個師団しかいないのに独自指揮権など……器が知れるな」


 フランス陸軍最高司令官であるジョゼフ・ジョフルは鼻で笑う。自分達から支援を要請しておいてこの体たらくである。

 そしてジョフルから言い渡された先遣隊の派遣先は前回、前々回と同じく因縁の地ヴェルダンであった。


「ジョフルの野郎……」


 二個師団の派遣場所を知った将和はどうにかしようとしたが今の将和は一介の少佐で(1915年十二月に昇進していた)ありどうにもする事が出来なかった。

 そして2月21日、ドイツ軍はヴェルダン要塞に対して攻撃を開始した。


「伝令!! ドイツ軍の砲撃が開始されました!!」

「流石はドイツか……青島より強力だな」


 24日、ドゥオモン要塞に立て籠る日本軍欧州先遣隊司令官の神尾中将はそう呟いた。しかし、連続に降り注ぐ重砲弾は工作隊が設営したコンクリートの要塞を打ち砕けなかった。


「配置急げ。奴等は来るぞ」

「はッ!!」


 神尾中将はそう指令し兵達は各種の兵器類ーー三八式歩兵銃、三年式機関銃、十三年式機関銃、マ式重機関銃、三六式野砲、四一式山砲、三八式十二サンチ榴弾砲ーー等を用意する。


『フラーーー!!』


 そして突撃してくるドイツ軍の襲撃隊(約百名)は瞬く間に機関銃の銃撃で壊滅する。ドゥオモン要塞に日本軍がいる事を知ったドイツ軍は増援として二個師団を差し向けてドゥオモン要塞を攻略しようとした。しかし、日本軍の激しい抵抗により差し向けた二個師団は壊滅的打撃を与えられ、対する日本軍の損害は死傷者が僅かである。


「ドゥオモン要塞を何としても攻略せよ!! このまま黄色い猿に舐められてたまるものか!!」


 ドイツ皇太子ヴィルヘルム中将は総力を挙げてドゥオモン要塞攻略を指令した。ドイツ航空隊もドゥオモン要塞上空に飛来して爆撃する。

 無論連合軍も将和達の日本航空隊をドイツ航空隊を蹴散らすために差し向けたりして航空隊はドゥオモン要塞上空に飛来する。


「落ちろォ!!」


 将和が乗るニューポール11の十三年式機関銃が火を噴いてフォッカーE1に機銃弾を叩き込み火を噴かせ地面に激突させる。


「日本の戦闘機だ!!」

「もしかしたら三好少佐かもしれんぞ!!」


 将和の眼下のドゥオモン要塞に立て籠る日本軍は航空隊の空戦を見て士気をあげる。ドイツ航空隊は更なる部隊を送り込むが将和達が乗るニューポール11の前では敵ではなかった。


「早く援軍を出せっての……」


 地上で手を振る先遣隊に機体を揺らしてバンクする将和である。

 三月、ヴェルダン要塞司令官にフィリップ・ペタン将軍が当てられた。この時点でもドゥオモン要塞は陥落せず日本の二個師団と共にフランス軍の第一戦列歩兵連隊、第一二六歩兵連隊、第一五二歩兵連隊が守備をしている。しかしドイツ軍の大半の重砲隊、師団がドゥオモン要塞に集中した事により要塞の各所は破壊され死傷者が続出した。

 三月末、神尾中将はドゥオモン要塞の撤退をペタンに具申した。その電文はロベール・ジョルジュ・ニヴェルの元にも届いていた。


「仕方ない。撤退を許可する」


 しかし、その撤退の命令を伝えようにもドゥオモン要塞との連絡線が途切れていた。ペタンらは伝令をも出したがドイツ軍に発見され次第射殺されたのである。


「日本軍を生きて帰すな!! 黄色い猿を捕虜にして宣伝させてやる!!」


 皇太子ヴィルヘルム中将はそう叫ぶ。東洋からの援軍だろうが何としても叩き潰す必要があった。ドイツ軍はドゥオモン要塞の周囲を包囲して残存遣欧軍を攻撃する。


「司令官、南の伊地区が占領されました。生存者はいません」

「閣下、既に兵力は一個大隊とフランス軍の一個残存歩兵中隊しかおりません」

「……そうか」


 参謀の言葉に神尾は頷いた。既に先遣隊の二個師団はほぼ壊滅しており、負傷者は後方に退避していた。そして参謀の一人である東條英機歩兵大尉に視線を向ける。


「東條参謀、我々が敵の包囲に穴を開ける。君は残りの負傷兵と共に後退せよ。そして陛下に先遣隊の全てを語ってくれ」

「閣下、自分は残ります!!」

「君には子どもがいるだろう。その子のために生きて帰るんだ」

「閣下……」

「行きたまえ」


 東條は涙を流しながら神尾中将達と最後の別れをして負傷兵と共に後退する準備をする。


「フランス軍残存部隊にも負傷兵と共に後退するよう言ってくれ。責任は全て私が取る」


 しかしフランス軍残存部隊は後退するどころか司令室になだれ込んだ。


「閣下、我等は最期まで閣下にお供致します!!」


 負傷した大尉のフランス兵はにこやかにそう告げる。また残存部隊も後退する気は更々なかった。


「……馬鹿野郎」


 そう言う神尾中将だったが苦笑していた。


「通信兵、平文で構わないから最大出力で後方のフランス軍に知らせてやれ」

「了解!!」


 ドゥオモン要塞司令部から放たれる電文は第一次大戦を通じて『ある意味』での悲劇と語られる。電文は以下の通りである。


『サクラサクラサクラ、我、武器弾薬欠乏セルモ士気高揚也、サレド兵ノ欠乏ノタメ後退許可願ウモフランス軍最高司令官ノ許可降リズ、我、ドゥオモン要塞ニテ、フランス第一戦列歩兵連隊、第一二六歩兵連隊、第一五二歩兵連隊残存部隊ト共ニ最後ノ突撃ヲ敢行ス。天皇陛下万歳、オ父サン、オ母サン、先逝ク私ヲオ許シ下サイサヨウナラ、日本ノサクラハ綺麗デショウカ、サクラサクラサクラ』


「総員、斬り込み用意」


 その命令に薩摩隼人の歩兵第四五連隊の残存兵は歩兵第六五連隊の負傷兵達に声をかける。


「おはんらははよぅ行けぇ」

「五月蝿い……俺達は最期まで戦う」

「此処からは捨て奸の出番じゃ」

「そうじゃ。おはんらはよう戦った」


 先遣隊は幕末から仲が悪い会津と薩摩だったがドゥオモン要塞の戦闘で奇妙な仲となり幕末からの仲はほぼ解消されていた。


「はよぅ行け」

「……死ぬなよ。帰ったら一杯飲もう」

「焼酎に叶わんがまぁそれもよかと」


 会津と薩摩の兵はにこやかに笑い会津の負傷兵は後退する。


「欧州で捨て奸とはのぅ」

「島津の豊久様も関ヶ原の戦でこんな気持ちだったかもしれんでごわすな」

「違いなか!!」


 薩摩隼人の兵達はそう言って笑う。


「ならば薩摩魂、此処にありを示そう」

「うむ。ドイツ軍、見ちょれよ!!」


 そして突撃ラッパが鳴る。


「此処が死に場所だ!! ドイツの奴等においどんらの存在を知らしめろ!! 薩摩を、日本をみくびっどじゃなかどォ!!」

『オオォォォォォーーー!!』


 そして神尾中将以下ドゥオモン要塞の残存部隊はドイツ軍陣地に銃剣突撃を敢行。包囲に穴を開けて東條参謀達負傷兵を後方に逃すと再びドイツ軍へ銃剣突撃を敢行する。





 が、此処で女神が微笑んだのは日本軍だった。


「伝令!! 伝令ェェェェェェ!!」

「東條!?」


 駆けつけたのは後退した筈の東條参謀だった。更に数人の兵と参謀も駆けつけた。


「何故戻って来たのだ!?」

「違います閣下!! 援軍です!! 援軍が、援軍が来ました!!」

「な……に……?」

「失礼します神尾司令、自分は第二次派遣隊参謀の岡村大尉です」


 そう言って敬礼するのは第二次派遣隊に与していた岡村寧次大尉だった。


「お待たせして申し訳ありません。第二次遣欧軍の第17師団に第18師団及び二個野戦重砲連隊、只今ヴェルダンに到着しました」


 岡村の言葉に嘘偽りは無かった。というのも陸軍は元より日本政府は前回の反省を活かして遣欧軍を小分けにして派遣したのだ。本来であれば兵力の逐次投入は避けるべき事だが、事が事であるため目を瞑ったのである。

 第二次派遣軍司令官には戦時昇進した秋山好古大将だった。なお、第二次遣欧軍の編成は以下の通りである。




 第二次遣欧軍

 司令官 秋山好古大将

 参謀長 白川義則少将


 第17師団

 第18師団

 騎兵第一旅団

 二個野戦重砲連隊


「何とか間に合ったか……」

「秋山司令官……」


 ヴェルダンを包囲していたドイツ軍に二個野戦重砲連隊が砲弾を叩き込み、一時的に空いた突破口から残存先遣隊と残存フランス軍一個中隊は脱出に成功、駆けつけた第二次遣欧軍とフランス陸軍歩兵一個連隊に合流したのである。


「よく持ちこたえてくれた神尾中将。今はゆっくりと休んでくれ」

「はっ……ありがとうございます!!」


 秋山からの労いの言葉に神尾中将達は涙を流しながら頭を下げるのであった。


「それとお前達が送った電文は此方で焼却しておいたからな」

「……あれは恥ずかしいですな」

「なに、生き残れば勝ちぞな。ハッハッハ」


 秋山はニヤリと笑うのである。そしてドイツ軍ではヴェルダン要塞を漸く攻略したがその被害は想定外でありファルケンハイン参謀長とヴィルヘルム皇太子は頭を抱えるのである。


「おのれ黄色い猿の分際でェ!!」


 日本軍が無事に脱出した事でヴィルヘルム皇太子は怒号を放つもファルケンハインは違っていた。


(日本軍、侮りがたし……か。我々はこれより更なる敵と本格的に戦う羽目になるか……)


 日本軍の精強さにファルケンハインは警戒するべきと認識させられるのである。






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