第十話
第一戦隊はロシヤ海軍バルチック艦隊第一戦艦隊旗艦『クニャージ・スヴォーロフ』に照準を合わせて砲撃を行い、各砲弾は次々と命中し、『クニャージ・スヴォーロフ』には火災が発生していた。
「命中です!! 『クニャージ・スヴォーロフ』に火災を視認!!」
測定していた長谷川が叫んだ。
「『クニャージ・スヴォーロフ』と『オスリャービャ』に砲撃を集中させよ!!」
それを聞いた東郷長官が叫んだ。『クニャージ・スヴォーロフ』の他にも『オスリャービャ』も砲弾が命中して火災が発生していたのだ。
「は、はい!! 照準を『クニャージ・スヴォーロフ』と『オスリャービャ』に合わせろ!!」
将和はそう指示を出して第一戦隊は『クニャージ・スヴォーロフ』と『オスリャービャ』に砲撃を集中させる。
「準備完了!!」
「用ぉぉぉ意――」
その時、『クニャージ・スヴォーロフ』から放たれた砲弾が右舷後部の十五.二センチ単装砲に命中した。砲弾はその爆風という解放によって砲員達を瞬く間に肉片に変えさせて戦死させた。更には他の参謀達がいる司令塔にも砲弾が命中した。
『司令塔負傷者ありィィィーーー!!』
破片を受けて頭から血を流している水兵が伝声管に向かって叫ぶ。その水兵の周りには呻き声をあげる参謀達が倒れていた。
「看護兵は負傷者を運べ!! 消火急げッ!!」
将和は伝声管に怒鳴る。それに呼応するかのように水兵達が慌ただしく動き回り消火活動をしていく。
「艦長代理、バルチック艦隊との距離をつめよ!!」
「了解!! バルチック艦隊と距離を詰めろ!!」
東郷長官の命令で第一戦隊はバルチック艦隊との距離を詰めていく。第一戦隊が詰めてくるの気付いたバルチック艦隊は更なる砲撃を展開する。そしてその頃には第二戦隊の回頭も終了してバルチック艦隊に砲撃を開始した。
第一戦隊は砲撃をしていたが時刻は14時35分が過ぎた。
「三好、東に転針せよ」
「東ですか?」
「そうだ」
東郷長官が頷いた。
「分かりました。操艦手!! 東に転針!!」
将和は伝声管に怒鳴り操艦手に伝える。
『ヨーソロー!!』
第一戦隊は東に転針をして14時43分になった。
「三好、東南東へ転針せよ」
「分かりました。東南東へ転針!!」
第一戦隊は東南東に転針をした。これによりバルチック艦隊の頭を抑える「イ字」(不完全な「丁字」)の形への遷移を行い、バルチック艦隊のウラジオストックへの進路も遮蔽していったのである。
『一番主砲用意完了!!』
『二番主砲用意完了!!』
「撃ェッ!!」
主砲の三十.五センチ連装砲が砲撃する。そのうちの二発が『クニャージ・スヴォーロフ』に命中した。
「『クニャージ・スヴォーロフ』に命中!!」
長谷川が将和に報告する。そして『クニャージ・スヴォーロフ』と『オスリャービャ』は砲弾の命中で甲板上や艦内の各所で火災を起こしながら戦列から離脱した。
「あ!? 『オスリャービャ』が沈没しつつあります!!」
「何?」
測定儀を覗いている長谷川の報告に東郷と将和は炎上している『オスリャービャ』を見た。
『オスリャービャ』は大傾斜をしていて、ゆっくりと海面下に没しようとしている。
「長谷川、今の時間は?」
将和は長谷川に聞いた。
「1450だ。正しくあの時と同じだよ」
「………」
長谷川の言葉に将和は頷いて、沈没しつつある『オスリャービャ』に敬礼をした。いつの間にか東郷長官も沈没しつつある『オスリャービャ』に敬礼していた。
「距離三千になります!!」
長谷川が叫んだ。
「三好、砲弾を徹甲榴弾から徹甲弾に切り替えるのだ」
「分かりました。砲弾を徹甲榴弾から徹甲弾に切り替えろ!!」
将和は伝声管に怒鳴る。砲員達は新たに徹甲弾を装填する。
「『クニャージ・スヴォーロフ』が北へ転針します!!」
「何?」
炎上する『クニャージ・スヴォーロフ』は徐々に北へ向かおうとしている。
(確かあれは舵が故障したような………)
「東郷長官、『クニャージ・スヴォーロフ』を追いかけますか?」
長谷川が東郷長官に意見具申をする。
「………艦長代理はどう思う?」
しかし東郷は将和に聞いてきたが将和は前回と同じく具申する。
「恐らくあれは舵が故障したからだと思います。なので『クニャージ・スヴォーロフ』は捨て置きこのままの経路を維持すべきではないですか?」
「むぅ………」
東郷長官は腕を組んだ。
「だが艦長代理、『クニャージ・スヴォーロフ』はバルチック艦隊の旗艦だ。北へ逃げるためじゃないのか? 前回はああなったが今回は……」
長谷川はそう具申してくる。
「だが、あの回頭は急すぎる。少し様子を見てみるのが手だ」
「ですが最初の時の黄海のようになれば……」
長谷川は尚も具申しようとしたが東郷長官が口を開いた。
「………『クニャージ・スヴォーロフ』は捨て置く。砲撃は二番艦に集中でごわす」
目を閉じていた東郷長官はそう決断した。
「分かりました。照準を敵二番艦に固定!!」
第一戦隊は照準を敵二番艦の『インペラートル・アレクサンドル三世』に合わせる。『インペラートル・アレクサンドル三世』の艦長ブフウオトフ大佐は『クニャージ・スヴォーロフ』の回頭を舵故障と見抜き、取り決め通り先頭に立つ事にして東南東の経路を保持していた。
しかし第一戦隊の猛攻により『インペラートル・アレクサンドル三世』も集中砲火を受けて炎上し列外に出た。これによりバルチック艦隊主力は同航戦で南東に経路を取る聯合艦隊第一、第二戦隊に先行され北東からの圧迫・追撃を受けて東南東への進路も遮られつつあった。
「敵艦隊の後方からすり抜ける!!」
指揮権を引き継いだ戦艦『ボロジノ』艦長セレブレーンニコフ大佐は第二戦隊の後方を北方にすり抜けるため艦隊を率いて左へ回頭し変針した。
「艦長代理、左八点一斉回頭をするべきか?」
「いえ、恐らくバルチック艦隊は第二戦隊後方からすり抜けるつもりでしょう。このまま南東にほぼ直進して舷側戦闘をしましょう」
「良かろう」
史実では左八点一斉回頭をするが、第一戦隊はそのまま砲撃を続行した。第一戦隊と第二戦隊はバルチック艦隊と近距離になり北東から東に回り込み圧迫・戦闘を行う。この最中に波間に甲板が浸かっていた戦艦『オスリャービャ』は沈没していた。
第一戦隊と第二戦隊は距離三千まで近づき砲撃をしていたがバルチック艦隊は右へ回頭を続けていたので両戦隊は南東へ直進したため次第にバルチック艦隊との距離は遠ざかった。
「左十六点逐次回頭せよ」
「左十六点逐次回頭ォ!!」
両戦隊は1516時には経路を北西にして再びバルチック艦隊との再接近を始めた。しかし距離三千まで近づいたが濃霧と爆煙で見失ってしまう。
「何としても見つけるでごわす」
東郷長官はそう呟いた。
その頃、他の戦隊は史実通りの展開をしていた。第三、第四戦隊は1620時に曳船『ルーシ』を撃沈、仮装巡洋艦『ウラル』や工作艦『カムチャツカ』にも損害を与えさせて脱落させていた。第五、第六戦隊も攻撃に加わるが途中でバルチック艦隊主力の一部と遭遇して巡洋艦『浪速』が浸水する被害を受けて一旦退避するなどしていた。
「長官、二戦隊……『筑波』と『生駒』を出しましょう」
「ウム」
東郷長官は速力がある第二戦隊を分離させてから1740時に孤立していた仮装巡洋艦『ウラル』を発見して砲撃、これを撃沈した。そして1757時に北北西に進むバルチック艦隊を発見して砲撃を再開させた。
「撃ェ!!」
両戦隊は砲撃をするが距離が詰まらず、両戦隊は主砲のみの射撃を行ったが高速を利する『筑波』『生駒』は『インペラートル・アレクサンドル三世』に接近し距離2900で砲撃、砲撃は面白いように命中し1900頃には『インペラートル・アレクサンドル三世』が大きく左へ列外に出てから沈没する。それに後続するように海防戦艦『アドミラル・ウシャーコフ』、戦艦『ナヴァリン』『シソイ・ヴェリーキー』一等巡洋艦『アドミラル・ナヒーモフ』はそのまま南方に逃走した。
しかし、分離していた第二戦隊が北上してきてこれを避けるために再び北へ向かう。そして1930時には砲撃を中止していた。
「負傷者の手当てと損傷箇所の補修を急がせよ。それに少し休憩を取ろう。艦長代理も疲れたであろう」
「は、興奮の連続でしたよ……」
その時、医務室から伝令が艦橋に来た。
「伊地知艦長、ただ今息を引き取りました」
「……そうでごわすか……」
伊地知艦長は全身に砲弾の破片を受けており出血多量の戦死だった。他にも加藤参謀長が左腕切断の重傷、秋山参謀も頭部に負傷していた。
「三好君、後は松村副長に任せたまえ」
「は、副長。後は頼みます」
「うむ」
将和の艦長代理は解かれ、松村副長が三笠の指揮をする事になる。そして夜戦であるが、これは史実通りの戦闘となっていた。
「水雷部隊は突撃するぞ!! 命を惜しむな、名を惜しめ!!」
駆逐隊と水雷艇隊は完全に暗くなると北、東、南の三方から次々と襲撃を行ったのである。バルチック艦隊は2105時に戦艦『ナヴァリン』が第四駆逐隊司令の鈴木貫太郎中佐が用いた連繋機雷作戦で撃沈した。
2215時には突撃した水雷艇隊によって戦艦『シソイ・ヴェリーキー』が左舷に魚雷五発が命中して撃沈したのである。
「お握りが美味い……」
将和は戦闘配食で出された麦と米が交ざった麦飯のお握りを食べながらそう呟いた。
「特務参謀、海戦は大勝利ですか?」
「まだだ。バルチック艦隊を明日で撃滅しないとな」
水兵の言葉に将和はそう答えながら再びお握りに口をつけるのであった。
そして一夜明けた五月二八日の朝、バルチック艦隊は第一、第二戦艦隊は実質的に消滅していて残るのはネボガトフ少将の第三戦艦隊のみとなっていた。
この第三戦艦隊を聯合艦隊第三艦隊が発見、第三艦隊は直ちに第一、第二艦隊に通報した。
第三艦隊の通報により0930時には聯合艦隊の主力艦は勢揃いした。対する第三戦艦隊は第一戦艦隊の生き残りである戦艦『オリョール』が夜を徹しての復旧で戦闘可能だった。
「砲撃開始ィ!!」
聯合艦隊は次々と砲撃を始める。第三戦艦隊も負けじと撃ち返すが、ネボガトフは遂に降伏を決意して1034時に『インペラートル・ニコライ一世』は白旗を掲揚したが東郷長官は砲撃を続行させた。
「何故砲撃を続行させるので?」
左腕切断しながらも艦橋に上った加藤参謀長は東郷長官に問う。
「あの船はまだ降伏しておらん。見たまえ、機関を停止させてはおらん」
「……確かに」
東郷長官の答えに加藤参謀長は納得した。暫くは遠距離からの砲撃が続いたがネボガトフも機関停止に気付き、1053時に機関停止が成された。聯合艦隊も機関停止を視認すると砲撃を中止した。
「勝ったんですね特務参謀!?」
「あぁ。勝ったぞ!!」
将和は砲員の水兵達と抱きつきながら再びの日本海海戦の勝利を味わうのであった。
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