ACT1/俺は霊感が強い
お手柔らかに、よろしくおねげーしやす
この世界には良く分からない生き物がいる。
幽霊、妖怪、宇宙人、そしてその他。
そいつらは実態がない"塵"みたいな姿の時もあるし、人間のフリをして社会に紛れ込んでる場合もある。
大抵は人間に害を与えない様に息を潜めているのだが、そいつらの一部は人を襲い、嬲り、喰らう。
日本の年間行方不明者数は年間およそ8万5,000人強であり、その大半が彼らの仕業である。
単純に、餌になったり、憑りつかれたり、半分だけ魂を喰われて気づかぬうちに廃人になることもあるし、"取って代わられる"場合もある。
中でも人間に"なりたがる"個体は多い。
小物は当然、大物の強力な個体でも、弱っているときなら"人間に入りたがる"事もあるだろう……
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俺は霊感が強い。
だから、視えなくていい、視るべきではないものが見えてしまう。
火の玉や、白いモヤみたいなものは"しょっちゅう"だし、死が近い人間もなんとなく分かる。
今朝も黒猫の霊が何度も前を横切った。全く……不吉だ。
だけど妖怪や宇宙人となると、別だ。
彼らは少しだけ珍しい。
かく言う俺も何度か彼らと関わる羽目になった事がある。
アレは俺が小学生の頃。
ハゲの頭を叩いて逃げるイタズラが流行った時があった。
バスケをやっていた俺は、他の同級生らよりジャンプ力が高く、背の高いハゲにも手が届いたものだ。
そんなある日、俺は最高のターゲットを見つけた。
今から思い返すと、改めて滅茶苦茶な話だとは思うが、当時の俺たちはハゲに得点を付けていた。
それに則って、月間一位を取れば来月はクラスのヒーローになれる。
ハゲタッチ王者(通称ハゲ王)は、足が速い、テストで100点、に続いて女子にモテた。
M字(1点)
前ハゲ(2点)
10円ハゲ(10円)
てっぺんハゲ(30点)
背の高いハゲ(20点)
さて、俺の獲物は背丈が190センチはあったと思う。
それは見事なてっぺんハゲで、"まるで皿のようだった"。
先ほどは述べなかったが、細々とした裏オプションを加点すれば、間違いなく100点越えの過去最高の獲物である。
「わりぃな、今月も俺がハゲ王だ」
俺は仲間にランドセルを持たせて、静かに助走を始める。
今でも時たま思い返して後悔するが、この時の俺は「はー?」と言う仲間の声に耳を傾けるべきだった。
俺は50メートル6秒台の脚力を生かし、一瞬で距離を詰めた。ターゲットまで約2メートル弱。
――あれ、なんかコイツ……緑だな。
それにハゲっつーか、本当に皿みたいだった。
どこか違和感が……いや、途轍もなく違和感があったが、もはや跳ぶしかなかった。
俺は右足、左足と踏み込んで、レイアップが如く飛んだ。
タイミングはカンペキ、俺の左手が頭頂部を叩く。よし、届いた!
『ぬるっ』
あれ?
ハゲ頭がぬるりと滑った。
まるでナマズやウナギを撫でるかのように、
着地した俺は、振り返る。
そこにいたのはハゲではなかった。
カッパだった。
緑の顔が少し赤くなる。
俺は逃げた。
当時はあれから一週間ほど執拗に付け回されたし、友達の家に泊めて貰った翌日、玄関にキュウリが置かれていた時は少しだけ小便が漏れた。
ただのキュウリではない、お盆の時に作るような、割りばしが刺された馬の状態だったのだ。
これはカッパなりの脅迫なのだろうかと震えた。
その後しばらくの間、家だけは特定されないように、2時間ほど遠回りをする羽目になったのは言うまでもない。
気づけば、いつの間にかカッパは現れなくなったし、今ではあのカッパが何処に居るのかも分からない。
願わくば、寿司屋の地下に監禁でもされてくれればいいと思う。
(何故かは分からないが、今でも、友人宅には毎年お盆になるとキュウリの馬が現れるらしい)
さて、話を戻そうか。
こんな、大した害を加えてこないケースもあるが、全部が全部そうではない。
良い人間と悪い人間が居るのと同じで、
人に怪我をさせたり、命を奪おうとする、悪い奴らも偶にいる。
うん、ここで言っておくが、俺は別に目がいいだけで、漫画みたいな除霊能力オプションは無い。
寺生まれのTさんみたいに、除霊ビームも打てないし、カム○イさんみたいに妖怪と除霊も出来ない。(そもそも童貞だ)
だから悪いヤツが居たらどう対処しているか。
それは1つしかない。
関わらない、一択である。
戦えるわけもないし、あのカッパだって、本気を出せば一秒足らずで俺のことを惨殺死体に変えられたはずだ。
彼らとは身体強度も、特殊能力でも差が大きすぎるのだ。
だから、"いつもなら逃げていた"と思う。
でも今日は、気づけば身体が動いていた。
快速電車が迫る中、ふらふらと線路に引きずられて行く子供がいた。
どす黒いモヤモヤがホーム下から彼の元へ伸びている。
目深にかぶったフードのせいで、表情は見えない。
これは、明らかにヤバい。
しかし次の瞬間、俺はバックを落として、全力で駆け寄っていた。
正直怖かったし、心臓が止まったかのようだった。ビビるな、脚よ動いてくれ。
50m5秒台、と小学生時代から少しだけ上がった脚力は、俺を疾風の如く彼の元へ運んでくれた。
俺の手は電車が突っ込んでくる直前に、子供の襟を掴んだ。
そのまま全身を使って、ぐいとホームへ引き寄せる。
親譲りの馬鹿力もあって、子供は真ん中辺りへ吹っ飛んでいった。
間に合った。次は俺だ。
身体が大きく傾いたから、足を付いてバランスを直そう。
そう思ったが、
「地面ねぇじゃん……」
反動で線路に飛び出していた俺は、横からの衝撃で電車の到達に気付く。
あ、死んだわ。
でもあの子だけは助けられたな。
でも俺が死んだら意味ねーよな。
そこでフードの下から少年の顔が覗く。
おいおい、子供じゃなくて、
女じゃん。
黒く長い髪と、少し赤らんだ綺麗な顔が見えた。
「あ、」
遅れて、全身がバラバラになるような激痛が走り、俺は、死んだ。