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サフィールとシシリアの出会い

 その日は気分がよくて、お気に入りの生垣迷路の奥にある東屋で風に当たっていた。

 その時、生垣迷路の方から女の子の泣き声がした気がして、周囲を見渡すと、一緒に居たメイドや侍従も聞こえたようで首を傾げていた。

 一人のメイドが「もしかして」と呟いたから何か知っているのかと聞くと、マリティア叔母様が娘を連れてお婆様の所にお茶会に来ていると言って、もしかして場所が近いから迷い込んでしまったのかもしれないと言った。


「さがしてあげなくちゃ、しんぱいしてるよ」


 僕の言葉にメイドと侍従が頷いて、声のする方に歩いていった。

 僕も探すと言って生垣迷路の中に入っていった。

 生垣迷路はもう何度も遊んでいて、どの道がどこに続くか知っているから、女の子を見つけるのは簡単だと思っていた。

 でも、その女の子はうろうろと彷徨っているのか、泣き声が近づいたり遠のいたりしてなかなか見つからない。

 次第に嫌な汗をかき始めて、気が付けば僕は一人になっていた。

 いつの間にメイドも侍従も居なくなってしまったのかと内心焦り始めた時、行き止まりの場所でうずくまって泣いている女の子を見つけてほっと息を吐き出した。


「ねえ」

「ひっく、だぁれ?」


 泣きながらも、しっかりと返事をするのは教育が行き届いている証拠だろう。


「ぼくはサフィール、きみは?」

「シシリア、ですわ」


 美しい黒髪も、宝石のような赤い瞳もお婆様によく似ていて、この子がマリティア叔母様が連れてきた子なんだってすぐに分かった。


「さがしにきたんだよ」

「わたくしを? たすけにきてくれましたの?」

「うん」

「ふえっうぇーんっ」


 突然大泣きしてしまった女の子に僕はどうしていいのかわからずにオロオロとして近づいて、「めをこすっちゃだめだよ」なんていいながら頭を撫でてあげたけど、僕も限界だったんだと思う。

 ぐすぐすと泣く女の子が驚いたような顔をしたのを最後に意識が無くなってしまったんだ。


◇ ◇ ◇


 次に気が付いた時、僕は部屋のベッドの上だった。

 ああ、また気絶しちゃったんだなってそう思った。

 僕は病弱だから、気絶することは珍しい事じゃなかったから驚かなかった。


「シシリア姫様、サフィール様は大丈夫ですから、お部屋にお戻りください」

「でもでも、わたくしのせいでたおれてしまったのですわ。もうすこしだけ」

「全く、少しだけですよ」

「わかってますわ」


 聞こえてきた声に、あの女の子、シシリアだって気が付いて何か言おうとしたけど、重い体は動いてくれないし、口を動かす気力も湧かなかった。

 どうしようかな、って思っている時、べちゃっと額の上に何かが乗せられてびっくりしてしまう。


「シシリア姫様、もう少し絞らなければ逆効果ですわ」

「えっとえっと、こう、ですの?」

「……お手伝いします」


 べちゃりと乗せられたものはちゃんと絞られないタオルだったみたいだ。

 僕の看病をしているのかな? なんてそう思ってなんだか笑いそうになってしまった。

 僕にとっては珍しい事じゃないけど、シシリアにとっては目の前でいきなり気絶されるなんてびっくりしたに違いない。

 再び乗せられたタオルはちゃんと絞られていて、冷たい感触が心地よかった。


「さあ、シシリア姫様、お部屋にお戻りください」

「もうちょっとだけ、おねがいしますわ」

「サフィール様は大丈夫でございます。少し動いて熱を出してしまっただけでございますよ」

「でもでも、わたくしがまいごにならなかったら、おねつもでなかったのですわよね?」

「それは……」


 言い淀むメイドにちゃんと否定してあげて欲しいと思った。

 メイド達に任せて僕はあの東屋で待っていればよかったんだ。

 自分の意志で探しに行ったんだからシシリアは悪くないって言ってあげて欲しかった。

 その時、首筋にひんやりしたものがあてられて、思わずもぞりと体を動かした。

 なんだろう? と思って感触を確かめるように首を動かすと、それがシシリアの手だってことがわかった。


「シシリア姫様、なにを?」

「あのね、おねつをだしたときは、ここをひやすとよいのですわ」

「そうなのですか?」


 そんな事、聞いた事は無かったけど、確かに首筋にあてられた冷たい手は気持ちがよくて、体勢を変えて手をしたにするようにしてうつらうつらとし始めた。


「あの、あの……」

「……ん、なに?」

「てがじゃまではありませんか?」

「きもちいいよ」

「ならよかったですわ」


 そう言って反対側の首筋にも手が当てられた。

 今思えば多分すごい体勢だったんじゃないかって思えるけど、その時はとにかく心地いい気分の方が先だったんだ。


「シシリア姫様、流石にそろそろお部屋に戻らなければマリティア姫様がご心配なさいますよ」

「でも……」

「いっちゃう、の?」

「あの、その……もうちょっといてもいい、でしょうか?」

「いてくれると、うれしい」

「あのっおかあさまにもうちょっとここにいるって、そのっ」

「はあ、しかたがありませんね。もう少しだけですからね」

「わかりましたわ」


 シシリアがまだいてくれることにほっとして意識が眠りに落ちていった。


◇ ◇ ◇


 次の日の朝、起きると僕の横にはシシリアが眠っていた。

 流石に首に手はあてられてなかったけど、その代わり僕の手を握っていてくれた。

 その事が無性に嬉しかった。

 どんなに具合が悪くても、一晩中一緒に居てくれた人は初めてだったから。

 両親は当然だけど傍に居てくれなかったし、メイドだって交代した。

 だから、シシリアは僕にとって初めての女の子だった。


「んにゅ、あしゃ?」

「うん、あさだよ」

「にゅ……、もぅ、だいじょうぶ?」

「うん、シシリアがずっといてくれたからだいじょうぶになったよ」

「えへへ」


 まだ寝ぼけているのだろう、そう言って笑うとシシリアはまた眠ってしまった。

 その寝顔を見て僕もまた眠くなってしまって、改めてしっかりと手を握り締めるともう一度夢の中に落ちていった。

 あの晩、結局僕の傍を離れずに眠りについてしまったシシリアを無理に部屋に連れて行こうとしたけど、しっかりと手を繋いでいた為にそれが出来ず、仕方なく一緒に寝かせたって聞いたのは、お互いに子供だったからだろう。

 メイドが起こしに来た時、マリティア叔母様も一緒に居て、手を握って眠っている僕達を見て、深々とため息をついたっていうのは後で聞かされた話。

 あの日から僕はシシリアを愛していて、出来ればお嫁さんになって欲しいって思っていたけど、僕は自分の体の事を知っていたから、無理かなって思ってた。

 そうしたら案の定僕とマレウスのどちらの婚約者にするか迷って、結局マレウスとの婚約話が持ち上がってやっぱりね、なんておもってたら、シシリアはルツァンド様と婚姻してしまった。

 驚いたけど、婚約期間中に僕に会いに来たシシリアにどうしてマレウスと婚約しなかったのかって聞いたら、幸せになりたいからだって言われて、シシリアらしいって思った。


「じゃあ、僕はシシリアの幸せを全力で協力して応援するよ」


 その誓いは、死ぬまで守り続けてみせるよ。

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