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もう二度とお会いしませんように

 朝もやの立ち込める中、出立するための馬車の前にマレウス様達はいた。

 わたくしは前日から出立する方々をお見送りするために王宮に泊まっておりました。

 昨晩はサフィール様とマレウス様とわたくしの三人で初めて長々と話しました。

 お酒も入って、本当に馬鹿だとマレウス様を泣いて責めました。

 マレウス様も泣いて、幸せになれとそうおっしゃってくださいました。

 サフィール様はそんなわたくし達を見て、苦笑しながらお茶を飲んで、人間なんてみんな馬鹿なんだよなんてすました顔で言っておりました。

 子供のように真夜中まで語り明かして、眠気に負けてソファーで眠りに落ちて、起きた時はまだ夜が明ける前で、わたくしは同じソファーでお互いの頭を重ねて眠っているマレウス様とサフィール様を見てクスクス笑いながら見ていたら、笑い声で二人が起きてしまって、恥ずかしそうに頬を染めたので、その様子に余計に笑ってしまいました。

 そうして、それぞれ部屋に戻って何事もなかったかのように朝の支度をして随分早い朝食を食べて、そうして今皆様をお見送りするために王宮の門の前に控えている馬車の前に居るのです。

 わたくし共は昨夜語り合ってなどいないのです。

 それぞれ、いつものように眠りについて、少し早く朝起きてしまっただけ、ただそれだけなのです。

 叔父様や王妃様とお別れの挨拶をしているマレウス様を横目に、わたくしはお母様やお父様とお別れの言葉を交わしている子のところに行きます。


「お姉様」

「もう、会う事は無いでしょうね」

「はい! もう嬉しくって。お姉様が居ない場所で私は幸せになるんです。羨ましいでしょう!」

「そう」


 嬉しそうにはしゃいで言う子にわたくしは薄い木箱を差し出しました。


「なんですか? これ」

「餞別ですわ。お前が無事であるように、そして二度と会わないように」

「ふーん。……手袋ですか」


 この子はきっと知らないのでしょうね。

 新品の手袋を親子でもない女性が女性に贈るということは、「お別れ・決別・離別」という意味を持っております。


「また家紋が無いし」

「勝手に他家の家紋を使えるわけがありませんし、我が家の家紋の入ったものを渡せるわけがないでしょう」

「こむずかしいことはどうでもいいです」

「それに、本物は差し上げられませんが欲しかったのでしょう?」

「なにがですか?」

「暁の薔薇」

「っ!」


 差し上げた手袋は宵闇色から艶やかなオレンジへのグラデーションが美しいレースの手袋で、薔薇の刺繍がなされております。


「ねえ、わたくしはね。ずっと昔から暁の薔薇の資格者なのですわ」

「どういう意味ですか?」

「暁の薔薇はその代の国王が最も寵愛を与える者に、国王自らが与えるものと言われておりますわね」

「そうですね」

「わたくしは、初めてこの王宮に足を踏み入れたその瞬間から、暁の薔薇の資格者なのですわ」

「それって、昔からお義父様に寵愛されてるっていう自慢ですか?」

「……そう思うのならそう思っていて結構ですわよ」


 本当の意味を知るものなど、少なくていい。

 もう忘れられた御伽噺で済むのなら、それでいいのですわ。


「ティアンカ、挨拶は終わったか?」

「マレウス様! はい、終わりました」

「そうか。じゃあ、行こうか」

「はい!」

「マレウス=グレイバーン様、ティアンカ=グレイバーン様。北の地にての活躍、ご期待申し上げますわ」

「……ええ、シシリア=モストロム様のご期待に必ずやお応えいたします」


 そう言って馬車に乗っていく二人を見つめて、扉が閉まりゆっくりと走り出した馬車を見送りました。


「さようなら、お馬鹿な人達」


◇ ◇ ◇


「最後のアレ、何だったんですか?」

「なんでもない、ただの形式的な挨拶だよ」

「そうなんですか」


 朝に薬湯を飲んだおかげか今のティアンカは機嫌がいい。

 ジルから聞かされたものは少なからず衝撃的なものだった。

 解毒に失敗すれば、死ぬまで色狂いになる可能性がある飢えと渇き。

 調合を間違っていた彼を責めることは出来ない。

 元々彼が扱えるような秘薬ではなかったのに、危険を冒して無理に用意してくれていたのだ。

 兄上にはもしかしたらばれていたかもしれないが、黙認してくれていた時点で、調合法が間違っていると知っていたのかもしれない。

 懐にある新月の雫の入った小瓶の感覚をしっかりと確かめる。

 北の領地に就いたらすぐにこの薬をティアンカに飲ませなければならない。


「マレウス様、『いつも』みたいにキスしてください」

「……ああ」


 そう言って俺は『初めて』の口づけをティアンカにする。

 ティアンカがお友達とごっこ遊びをしているのは知っていたし、わざと見逃していた。

 恋人ごっこ、夫婦ごっこ、悲恋ごっこ、そのごっこ遊びに身体的接触がある事はその様子を監視していたメイドから報告を受けていた。

 その上で、見逃していた。

 今後の国の政治にとって邪魔になるであろう子息をつる餌にティアンカを使った。

 我ながら最低だと思うが、それが一番効率的だった。

 それぞれの子息の家に事情を話せば進んで息子を差し出してきた。

 いずれ北の辺境伯の親族に養子に入るとはいえ、その時点で第二王子であった俺の婚約者に手を出していたのだ、家格を下げられたりお家取り潰しになってもおかしくはない。

 それを免れるためなら息子の一人喜んで差し出すだろう。

 そう思って餌に使って、それは見事に的中した。

 問題のある令嬢も纏めて愛人にして北に一緒に行くという契約を結ぶことが出来た。

 彼女達は俺の中に流れる王族の血が目当てだったから簡単だった。

 漆黒の無垢を飲んだ今となっては彼女達の目論見は崩れたという事になるが、俺が北の領地にいる間はずっと共にあると契約を結んでいるため逃げ出すことも出来ない。

 王家の秘薬とはいえ漆黒の無垢に関しては手に入れるのは簡単だった。

 改良したものが男娼用の避妊薬として出回っているから調合方法も簡単に手に入れることが出来る部類の秘薬だ。

 廃籍した王子に使われる秘薬、俺に相応しいじゃないか。

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