我が子ながら情けない
「ルツァンド、さきほどシシリアさんが庭に走って行きましたけれども、喧嘩でもしたのですか?」
「彼女があまりにもわがままが過ぎるので、叱ったらふてくされて出て行きました」
「わがままですか?」
「月二回のお茶会や、使用人のいきなりの解雇の件です」
そういうとモストロム侯爵夫人はパチリと目を瞬かせて首を傾げる。
「それも旦那様やわたくしが許可したものでしてよ。わがままとは言えないのではないかしら。むしろよく気の付く良いお嬢さんですわよ」
「は?」
「庭師のトムはわたくし共には隠しておりましたけれども足を悪くしていたようなのです。特に右足を曲げるのがつらくて、座り仕事などは随分と苦痛を感じていたようですわね。それにシシリアさんが気が付いて、彼女が支援している孤児院に再就職を斡旋して差し上げたの」
「は? 孤児院に再就職って、どんな仕事ですか?」
母親の言葉に首を傾げるルツァンドに、モストロム侯爵夫人は緩く首を横に振ってため息を吐き出す。
「子供達が街で売るお花を育てるための教師としてよ。料理人のルッツも同じところに就職しています」
「孤児院に料理人が必要なんですか?」
「貴方はおバカなのですか? 孤児院の収入源にバザーがありますのよ。花を売ったり刺繍したハンカチを売ったり、クッキーなんかの焼き菓子を売ったりします。ルッツはこう言っては何ですが、料理人としての才能はあまりなかったのです、けれども菓子作りだけは得意でしたから、シシリアさんがそちらで子供たちの役に立った方がいいと言ったのですよ」
それでなくとも、孤児院の食事事情は問題になっており、子供達に火を使わせるわけにもいかず、日雇い者を雇うにもその賃金をねん出しなければならず、経営には何かとお金がかかってしまうのだ。
実際に住み込みの職員に任せてしまえば、自分達の物だけを豪華にし、子供達にはパンの一切れしか与えないなんて言う孤児院も実際にある。
それなら、信頼のおける料理人を住み込ませた方がいいというシシリアの考えに賛成したのは他でもないモストロム侯爵夫人だ。
「なぜ私に言わないのですか」
「言ってどうなります? 貴方が他の職場を斡旋するのですか? それに家の人事は女の仕事だと旦那様も貴方も常日頃から言っているでしょう」
「それは、そうですが……」
ルツァンドはにっこりと微笑む母親の目が笑っていないことに気が付き、一歩後退ってしまう。
「そうそう、お茶会ですが、あれは王子の婚約者候補とそのお母様を呼んで行っているものです。情報交換や婚約者候補同士で諍いを起こさないようにと配慮しての物ですわね。提供しているお花もお菓子も先ほど言った孤児院から購入しています」
「そう……ですか」
「何も考えなしに表面上の事しか見ていないようでは、いずれシシリアさんに愛想をつかされてしまうのではないかしら?」
にっこりと微笑みながらも、ルツァンドの母親の目はとてつもなく冷たい。
「どうせ、シシリアさんなら出し抜けるとばかげたことを考えているメイドに告げ口でもされたのでしょうけれども、そのようなメイドの言葉を信じて妻の事をきちんと見ない等、情けないにもほどがあります」
そう言って、ちらちらとルツァンドの背後で様子を窺っているメイドを見てからモストロム侯爵夫人は部屋を出て行った。
そのメイドは伯爵家の娘で、特に婚約などもせずにフラフラさせるよりはと、紹介を受けて雇っていたが、やはりお嬢様気質の抜けない色目を使うメイドは家にいい影響を与えないな、とモストロム侯爵夫人は考え、該当するメイドをいつ解雇しようかと考え始めた。
「あの、ルツァンド様……」
「少し頭を冷やしたい、出て行ってくれ」
「でも」
「いいから一人にしてくれ」
「……はい」
ルツァンドに色目を使っているメイドはこの機会にさらに距離を縮めようとしたが、本人に出て行くように言われて、悔しさを顔ににじませながら部屋を出て行った。