どうせお子様ですもの
さて、すったもんだありましたが、見事に政略結婚成功です。
よくよく考えてみれば、王家にも、レイバール公爵家にもモストロム侯爵家にとっても悪い縁談ではありませんでした。
事情が事情なので、婚姻式はわたくしが月の物を迎えてからですが、婚姻誓約書は既に国と教会に提出しております。
つ・ま・り、わたくしは正式にシシリア=モストロムとなったのでございます。
誕生日パーティーは生憎、旦那様の都合が付かずエスコートしていただけませんでしたが、その日からわたくしは実家とモストロム侯爵家を往復しているのでございます。
割合で言えば一週間のうち、平日に一泊二日で実家に帰ると言った感じでございます。
なぜかと言えば、お母様達が寂しがるというのと、旦那様にも息抜きが必要だからですわ。
わたくしは出来る妻ですもの。
「だ、だからどうして泣いているんだ?」
「わっ、わたくしは出来た妻ですもの。泣いてなどおりませんわっ」
ずびっとはしたなく鼻をすすってクッションに顔を押し付けます。
大人には大人の男の事情があるのだとお母様に言い聞かされているのだから大丈夫ですわ。
「……若様、お召し物から朝とは違う香水の香りが」
「あ……」
「ちっ、違いますわ。これは、その、クッションの埃がっ」
「ではそのクッションを干したメイドに罰を与えましょう」
「そ、そうですわね。罰としてこの部屋のクッションを全て洗いなおすように言っておいてください」
「はい。……では、これも洗うものに回しましょう」
「あっ」
旦那様の侍従があっさりと抱きかかえていたクッションを持って行ってしまいました。
涙と鼻水で汚れてしまっているから洗うのも仕方がないかもしれませんが、今持っていかなくてもいいではありませんか。
「……だ、大丈夫ですわ。大人の男の人は浮気をするものだってお母様達も言っておりますもの。わ、わたくしがまだ子供だから余計に仕方がないのだって」
「あー。その、なんだ、すまない?」
「謝る必要はありませんのよっ。し、仕方がない事で、……わたくしがまだ子供だからぁっ」
言っていてまた涙が溢れてきてしまいました。
これでは本当にただの駄々っ子ではありませんか。
これでは立派な妻として失格ですわね。
そんな事を考えて顔を下に向けると、ぽたりと涙が絨毯を濡らしてしまいます。
「えっと、だから違くて……。この部屋が埃っぽいのですわ! 換気をいたしましょう、今すぐに!」
そう言って窓の近くにいるメイドに指示を出して部屋の全ての窓を開けさせました。
二月の凍えるような空気に薄い寝間着では耐えることが出来ず、すぐに震え始めてしまいます。
「窓を閉めろ」
旦那様がすぐに指示を出して窓を閉められてしまいます。
「まったく、いきなり何をしているんだ」
「わたくしは悪くありませんわ」
「ああ、はいはい」
おざなりな返事に大きく目を見開いて顔を上げると、その拍子にポロリと大きめの涙が頬を伝っておりていってしまいました。
もう倦怠期というものに入ってしまっているのでしょうか?
「あー、とだな。わかっていると思うが」
「わかっていますわ。言わなくていいんですの。立派な妻として夫の行動を把握しながらも、それを面に出さずに仲睦まじく演じて友人に自慢するのですわ」
「あ、ああ……そう……」
「旦那様が他の女性と、その、えっと、……セッ」
「それは言っちゃいけない」
「あ、はい」
「つまりだ、こちらにもいろいろあるからな。私達は一応夫婦ではあるが」
「一応!? 何を仰ってますの! わたくし達は国にも神にも認められた立派な夫婦ですわ!」
「あ、ああ……」
「わかっておりますとも。だからわたくしは気にしてなどおりません」
「じゃあその顔は」
「この部屋が埃っぽいのです!」
「……そうか」
そう言って旦那様はわたくしの頭を優しく撫でてくださいます。
「こ、子ども扱いしないで下さいませ」
「はいはい。それにしてもこんな時間まで我慢して起きて待っていなくてもいいんだぞ」
「だめですわ。お見送りとお迎えは妻の役目ですもの」
「そうか……」
呆れたようなため息に、また涙がこみ上げてきました。