同じ空、でも違う空
サフィール様から話を聞いた時、わたくしは本当に馬鹿な従兄弟達を持ってしまったものだと笑ってしまいました。
「幸せって難しいですわよねえ」
「え、どうしたの、急に」
王宮でミリアと二人でお茶会をしている時にふと呟くとミリアが驚いたように返事を返してきました。
「いえ、馬鹿な方々が必死にもがいているのを見るのも楽しいのですが、あまりにももがきすぎていて見るのが気の毒になることがたまにありますの」
「よくわからないけど、だったら手を差し伸べてあげればいいじゃない」
「ミリアは優しいですわね。けれども、そのもがいている方々はわたくしに手を差し出されることを良しとしませんのよ」
「どうして?」
「どうしてでしょうね。それがその者達のプライドなのかもしれませんわ」
「ふーん、面倒ね」
「ええ、面倒ですわ。本当に、面倒で馬鹿なんですの」
他にも方法があったかもしれないのに、他にも選択肢はあったかもしれないのに、なぜ自分を犠牲にする方法を取ったのか、なぜよりいっそう堕とす選択肢を取ったのか、わたくしには生憎すべてを理解することは出来ません。
けれども、彼らの幸せがその先にあるというのであれば、止めるような無粋な真似はしたくはありませんわ。
彼らの幸せがわたくしの幸せの妨げにならない限り、わたくしと敵対しない限り、わたくしが口を出すべきことではないのです。
「ねえ、シシリア」
「なんでしょうか、ミリア」
「私は時々シシリアが怖くなってしまうわ」
「あら、そうなのですか?」
「だって、シシリアがわからないんだもの。シャリーア様だったらわかるかもしれないけど、私には生憎そこまでシシリアの事がわかるわけではないわ」
「シャリーア様は本当によくやってくれておりますわ」
今こうしている間にも、彼女はわたくしに有利になるように動いているに違いありません。
幼い頃からのわたくしの腹心である彼女は、わたくしが何も言わなくても、わたくしの望む行動を取ってくれます。
彼女なくして今のわたくしはきっとなかったでしょう。
「妬けちゃうわね」
「あら、わたくしの親友はミリアだけでしてよ」
「それはありがたいけど、信頼度で言えばシャリーア様の方が上でしょう?」
「信頼度ですか? そうですわねえ、愛はミリアが勝っていますが、信頼度は確かにシャリーア様の方が勝っていますわね」
「そこで簡単に愛とか言われたら私が何も言えなくなっちゃうじゃない」
「ふふ」
ミリアは純粋で可愛らしく、それでいて貴族の貴婦人らしい強かさも併せ持っているから大好きですわ。
理想が高いのが難点ですが、そのフォローは夫となったサフィール様がしてくださいますでしょう。
それにミリア自身も急速な意識改革は危険が伴うという事は自覚があるようですから、無茶はしないと思いますわ。
「そういえばミリア」
「なにかしら?」
「妊娠しやすい日と言うものに旦那様と共寝をしているのですが、なかなか子供が出来ませんの」
「そりゃあ、できやすいっていうだけで絶対っていうわけじゃないもの。絶対だったら私なんかとっくに妊娠しているわ」
「そうですわよねえ」
こればかりは焦っても仕方がないとわかってはいるのですが、わたくし共に課せられた使命を思うとどうしても気が急いてしまうのですよね。
まあ、わたくしはまだ若いのですし気長に待つしかありませんか。
「そういえば、ティアンカさんの話なんだけど」
「あの子がどうかしまして?」
「また暴れたらしいのよ」
「まあ、今度はどのような理由で暴れましたの?」
「正室になる際の条件の講義中だそうよ」
「ああ、なるほど。ティアンカの血統ではどうあっても『王族であるマレウス様の正室』にはなれませんものね」
「そう、その説明を受けている途中で、『そんなもの知らない!』って大暴れしたそうなのよ。すぐに薬師が来て鎮静効果のある薬を飲ませて事なきを得たそうだけれど、あの子は大丈夫なの?」
「駄目なのではないでしょうか」
「異母とはいえ姉妹なのに冷たいのね」
「あの子の考えていることを理解できる者がいるとしたら絶賛しますわ」
「まあねぇ」
そういってミリアは焼き菓子を口に含んで咀嚼すると、不意に窓の外を見ます。
何か珍しい物でもあるのかと同じように窓の外に視線を向けましたが特に変わり映えのない空があるだけでございました。
「空は何処の世界でも同じなのに、やっぱり違うのよね」
呟かれた言葉に、わたくしは何も言わず、ティーカップを手に取って紅茶を一口飲みます。
「時々、虚しくなってしまうの。これは全部夢で、本当の私はただ眠っているだけなんじゃないかって」
「ではわたくしは夢の中の登場人物というわけですの?」
「……いいえ、シシリアは現実だわ。変な事を言ってごめんなさいね」
「まったく、貴女はまたハツカネズミのようにぐるぐると変な事を考えたのでしょう? なにか言われたのですか?」
「子供を産めない妃など意味がない、って言われてしまったわ」
「あらまあ、不敬罪で処罰してしまえばよろしいのに」
「そう言うわけにはいかないでしょう、ある意味事実だもの」
「それであっても本人に言うなんて、十分に不敬ですわ」
「私は、実家が多産という事もあってサフィール様の婚姻相手に選ばれたじゃない? なのにまだ妊娠しないのかって、そう言われたのよ」
「そんなにほいほい妊娠してたまるものですか」
確かに多産の家と言うものはありますが、その血を引いているからと言って必ずしも多産になるわけではありませんわ。
けれど、わたくしも多産になってみたいですわねえ。
わたくしの場合、わたくしの子供を求める手が多すぎますし、子供は多い方が色々と都合がいいですもの。
「男を産めとも言われたわ」
「なんですの、それ」
「だって、サフィール様はあの体でしょう? 何人も子供を望めないかもしれないから一人目は必ず男の子がいいって」
「男だろうが女だろうが、わたくしの子供の伴侶となった者が王位を継ぐのですよ。その男尊女卑の考えを持った貴族はだれですの? 歴代の女王に喧嘩を売っていますの?」
「でも、やっぱり男の方が色々と都合がよかったりするじゃない?」
「そんなのわかりませんわよ。男の視点ばかりで世の中が回っているわけではないのですからね」
「そう、よね」
「はあ、まったく。わたくしの親友は普段は能天気のくせに悩み始めると長いですわね」
「能天気って、酷いわね」
「事実ですわよ。おバカな事を考えている暇があったら新作のお菓子の事でも考えていらっしゃいまし」
もう一口紅茶を飲んでそう言うと、ミリアはわたくしに視線を戻してくしゃりと情けない顔で笑いました。