やる気を出すのは結構ですが迷惑です
「孤児に文字を教える?」
「そうです。そうすればきっといい仕事に就けるわ」
ミリアが主催した未婚の令嬢向けの物ではあったけれども、年齢的な意味とティアンカのストッパーとして参加したお茶会が始まって早々、平民の子供ではなく孤児に文字を教えると言い出したティアンカに思わず呆れてしまう。
マレウス様の婚約者に正式に決まったからか、ティアンカは様々な事に積極的にかかわるようになりました。
それが迷惑な事である場合が多いにも関わらず自分は将来第二王子妃になるのだからと言って強引に行動に移すことが多くなりましたが、まさかこれもそうするつもりなのでしょうか?
「随分無駄というか、順序を間違えたことを考えますのね」
「な、なぜです? 文字がかけて計算が出来れば、商店でも雇われやすくなります」
「孤児がそんな教養を無駄に身につけてどうしますの。そうでしょう、皆様」
「ええ、必要な者はそれ相応の知識を得るべきですが、今すぐ孤児達にそのようなものが必要だとは思えませんわ」
孤児に教えるのなら、まず普通の平民の子供に文字や算術を教えるのが先であるべきなのです。
そうしなければ、平民の間でのバランスがあっという間に崩れてしまいます。
それを理解している令嬢達は、皆様ティアンカの考えに難色を示します。
「そうね、教養は必要ね。でもそれが今の孤児に対して必要かは別なのではないのかしら」
「ミリア様! 貴女はサフィール様の婚約者なのに、どうしてそんな差別をするんですか! 見損ないました!」
「見損なわれるほどティアンカ様と親しくはありませんけれど?」
「将来の義理の姉妹になるんですよ。どうしてそんな冷たい事を言うんですか! お姉様に何か言われたんですか!?」
あからさまに面倒くさいと、ミリア主催のお茶会に参加する令嬢達が眉を寄せます。
第二王子であるマレウス様の婚約者になったティアンカをお茶会に誘わなければそのまま王子同士の不仲も疑われてしまうため、気を使って呼んでいるのですが、毎回のようにこのような騒ぎを起こすのであれば他の参加者がうんざりしてしまうのも仕方がありませんわね。
「それで、孤児に文字を教えて奉公先はどうしますの?」
「もちろん私達が紹介します」
「それで、本来その奉公先で働くべきだった人はどうしますの? 職にあぶれてしまいますわね」
「さらに別の仕事を紹介すればいいじゃないですか」
「で?」
「なんですか」
その先はどうするつもりなのかと聞けば、ティアンカは眉間にしわを寄せて不機嫌そうにこちらを睨みつけてきます。
孤児に文字を教えることは思いついても、その先を思いつかないのであれば、実施すべきではないというのが理解できないようですわね。
思わずと言った感じにミリアがアドバイスをします。
「ティアンカ様、それではいつか紹介先が無くなってしまい、雇用過多が起きたり、その職に就くべき人があぶれてしまう事になりますよ」
「なら、仕事を作ればいいんです!」
「どんな?」
「え? えっと……ああ! そうだわ、農地を開拓するとか!」
悪くない答えですが、三十点ですわね。
多くの人間を消費するのは戦争です。
もっとも、そんな答えを言ったら今すぐこの場で反乱の疑いありとして衛兵に捕らえさせますが。
「農地を広げるとして、いつまでもと言うわけにはいきませんわよね。それに、開拓する人間に教養が必要でしょうか? 管理する物には必要でも、他の多くの者にそのようなものは必要ないのではありませんか?」
わたくしの反論にティアンカは歯ぎしりをしているけれども何も答えられないようです。
歯ぎしりなんてはしたない真似どこで覚えたのでしょうか。
孤児の雇用をどうにかしたいのなら、まず各孤児院の環境をどうにかすべきであり、その環境も管理する貴族によってばらつきをなくす必要があります。
読み書きを気にするのなら、全ての貴族に孤児院の環境改善を訴えるべきですわね。
「そうですわね。それに孤児が仕事に就けないなんてひどい思い込みですわよ。確かに就職率はよろしくありませんし、死亡率は高いですが、職が無いわけではありません」
「高級娼婦には孤児出身が多くいますわよね」
この場にいる令嬢はいずれも娼婦の存在の重要性を理解していますし、その職業に関して差別意識はないのですが、ティアンカだけが顔を真っ赤にして反論します。
「娼婦なんてっ、体を売って暮らすなんて最低ですよ!」
ティアンカの言葉に令嬢達が一瞬口を閉ざし、すぐにクスクスと笑い始めました。
「力がこもってますわね」
「実感があるのではなくて?」
「実の母親が娼婦と言うところでしょうか?」
「いやだ、娼婦なら産んだ子供を貴族の父親に押しつけるなんてしませんわ」
「ええ、産んだら孤児院に連れていきますものね」
揶揄の入った嘲笑ではありますけれど、学園でのティアンカの振る舞いや今の行動から見れば言われてもおかしくはありませんわね。
でも、実の母親を娼婦と馬鹿にされて悔しいのか、ティアンカが顔を真っ赤にして立ち上がり、テーブルを強く叩きながら叫び始めました。
「お母さんのことを馬鹿にしないで!」
「あらティアンカ、お前が自分で言ったのよ。体を売って暮らすなど最低だと。貴女のお母さまはわたくしのお父様に一夜買われたというのに、実の母親を貶めるなんてひどい娘です事」
「っ!」
バチン、と音が鳴り響き令嬢達の悲鳴が響きます。
「……野蛮ですわね。このような場で手を出すなんて、生まれが知れると言うものですわ」
持っていた扇子でティアンカの平手を防いでわたくしは嘲るように笑みを浮かべました。
「わかっていないのかしら? こういった場所では手を出したほうが圧倒的に不利ですの。ほら……」
そういってわたくしが視線を向けた先、二階の踊り場の窓には通りかかったのかずっと見ていたのか、サフィール様とマレウス様の姿がありました。
「あ……」
「あの場所では会話が聞こえていないでしょうね。読唇術をしようにもわたくし達は扇子で口元を隠しておりますわ、あなた以外。見ただけでは、貴女が蛮行に及んだと見えるでしょうね」
「お姉様が悪いのよ!」
「まあ! わたくしは被害者ですわよ。ねえ、皆様」
わたくしの言葉に全員が頷きます。
それこそ給仕をしている者も全員です。
「っ! 覚えてなさい! マレウス様に言いつけてやる!」
そう言って中庭から建物の中に走って入っていくティアンカの姿に、わたくしは成長しないとため息を吐いてしまいました。
マレウス様に言いつけた程度で今の暴行が無くなるわけではないのですが、あの子はマレウス様の力を過信し過ぎなのではないのでしょうか。
「婚姻したわけでもないのに王族気取りかしら?」
「婚約者なんて、候補から少し格上げされただけですのにねえ」
「シシリア様より上になったつもりなのでしょうか?」
「まさか! 勘違いも甚だしいですわ!」
「マレウス様が甘やかしているんですわ、きっと」
「いやですわね。あんな方が王族の仲間入りをするなんて」
令嬢達の言葉に、わたくしとミリアは視線を交わし合うとまずミリアが口を開きます。
「マレウス様は兄想いの方ですから、北の領地に行かれた際に王籍を抜け、北の辺境伯のご親類の家に養子に入られるそうです。もちろん王位継承権も放棄すると伺っております」
「まあ!」
「ミリアの言う通りですわ。サフィール様とミリアの間にお子が生まれればすぐに実行されると聞いていますわ」
「それは……、本当に?」
「マレウス様とサフィール様の麗しい兄弟愛故ですね」
「そうですわね、素晴らしい事ですわよ。ねえ、皆様」
そう言って微笑むわたくしに令嬢達はコクリと頷きました。




