騒ぎの前日
「まあ、ご覧になって」
「いやだ、中庭とはいえあのように地面に座るなんて、常識を疑いますわね」
「それにお付き合いなさるマレウス様も如何なものかと思いますわ」
「恋人のように寄り添って、側近の方々との距離も随分近いですわね」
「恋人? 酌婦か娼婦の間違いではなくて? 婚約者でもないのにあのようにしなだれかかって」
「あら、クレア様がいらしたわ」
令嬢達の会話にちらりと窓から中庭に視線を向ければ、ティアンカに何かを言い募っているクレア様の姿が見えて、扇子で口元を隠して笑みを浮かべてしまいました。
「クレア様もお家のためとはいえ頑張りますわね」
「ノーチェ様は殆ど諦めた、と言うよりも見切りをつけたと聞きますわ」
「レイミア様は?」
「あの方はそもそも義務で続けているだけですもの。侍従と恋仲と言う噂ですわよ。運よくマレウス様の婚約者、ひいては正室か側室になってもつれていくのではなくて?」
「神に誓うのは愛ではありませんものねぇ」
「ええ、伴侶との間に必要なのは支える覚悟ですもの。愛はまた別ですわよねぇ」
「貴女達、言葉が過ぎますわ。シシリア様はご夫君に愛されていると有名ではありませんか」
お世辞を言うような口調と、どこか嘲笑を含んだ令嬢達の声に、わたくしは扇子で軽く仰ぐと顔の半分を隠したままにっこりと笑みを作りました。
「もちろん、旦那様はわたくしのことを大切にして甘やかしてくれて愛してくれていますわよ。わたくしのお願いもよく聞いてくださいますの。皆様の将来のご夫君もそうだといいですわよねぇ。まあ、わたくしと違って皆様には自分の望む夫を見つけること自体が難しいかもしれませんけれど、家の為に生きることも貴族の務めですもの。仕方がありませんわよね」
「私は婚約者とは良い関係を築いておりますわ」
「私もですわ」
「もちろん、貴族の淑女として当たり前ですわ」
「まあ、皆様素晴らしいですわね。この国の将来も安泰のようで安心しましたわ」
わたくしのわざとらしい挑発に慌てることなく言葉を返してきた令嬢達にことさら優しい声を作って言ってから、窓から見える中庭に視線を戻しました。
ティアンカがマレウス様に抱き着きその胸に顔をうずめているのが見え、その向かいにいるクレア様の顔が屈辱にゆがんでいるのがよく見えます。
「マレウス様もそろそろでしょうね」
「シシリア様? そろそろとは……」
「そろそろ婚約者を決める時期だと思っただけでしてよ」
「そうですか」
確かに、残っている人数を考えれば、いい加減婚約者を決めなければいけないとシシリアの言葉に令嬢達が頷く。
そうしている間にも中庭での寸劇は続いているようで、令嬢達がその様子を面白がって眺めている。
「あら、クレア様がご退場ですわ」
「それよりもあの二人、抱き合って……まあ!」
「あらっ!」
「なんてこと!」
「あらまあ、大胆な行動ですわね」
婚約者でもないのに異性と抱き合っているだけでもはしたないと言われるのに、マレウス様の側近候補達までティアンカの腕に触れたり頭を撫でたり、手を取って口づけをしているのが見えて、わたくしは内心ため息を吐き出してしまいました。
「ティアンカ様の将来は愛人希望でしたかしら?」
「あら、娼婦ではありません? あんなにも何人もの男性にダンスでもないのに触れられて嬉しそうですもの」
「公爵家の令嬢が娼婦になるだなんて、ありえませんわ」
わたくしの冷たい声に話をしていた令嬢達はぴたりと声を止めました。
パチリと扇子を閉じて、わたくしは中庭にいるティアンカに冷たい視線を向けます。
「他の婚約者候補の方々には申し訳ないですが、マレウス様の婚約者はレイバール公爵家の令嬢にしていただかなくてはいけませんわね」
「まあ」
「皆様も、そう思いますわよね?」
「え、ええ。レイバール公爵家の令嬢でしたら家格に問題もありませんもの」
「確かな血筋ですわよね」
「半分でも十分すぎるほどの血統ですわ」
「……ええ、もちろんですわ」
わたくしが冷たい声のまま、冷たい笑みを浮かべてそう言った翌日、マレウス様は食堂で騒ぎを起こし、その罰としてティアンカとの婚約が正式に決定されました。




