食事中はお静かに
「シシリア! お前の悪事は判明している! ここに居るティアンカに謝罪しろ! そしてお前との婚約などこの場で破棄させてもらう! 極悪非道な女など妻に出来るわけがない! 俺はティアンカと婚約をする!」
「……はあ、そうですか」
学園の昼休み、友人達と楽しく昼食を頂いていると、突然女生徒一人を複数の男子生徒が囲んで現れたかと思うと、名指しでいきなりそのような事を言われてわたくしは思わず呆れた視線を向けてしまいました。
「聞いているのか!」
「お姉様、どうか自分の罪を認めてください。謝ってくれれば私はそれでいいんです!」
「お取込み中申し訳ないのですが、おつむの足りていない方々と話していてはこちらの教養まで下がってしまいそうなのであまり話したくありませんわね。それにしても、ここがどこだかわかっていらっしゃるのかしら、食堂ですわよ。すなわち食事をするところですわ。軽い談笑程度でしたらともかく、そのように大きな声で人を指して糾弾するような場所ではございませんの。そして私は今まさに食事をしている最中でございます。それを遮るなんて、如何に王子であったとしても無作法に変わりがないという事はお分かりになっていらっしゃいますかしら?」
そう言って視線を向けると顔を真っ赤にして口をパクパクとしているこの国の第二王子であるマレウス様。
「そうそう、何度言ったかはわかりませんが、わたくしとマレウス様は婚約などしておりませんわよ」
「うそだ! お前は六歳の時から俺の婚約者だろう!」
マレウス様の言葉に上位貴族はポカンとし、下位貴族は頷いています。
わたくしからしたらこの第二王子の頭の中はどうなっているのかとか、教育係が何を教えているのだとか、ご家族や家臣との会話はどうなっているのかとか色々と聞きたいのですが、面倒なので深くため息を一つ吐きだすことで留めておきました。
「お前はこの俺の婚約者と言う立場を利用してわがまま放題、家にもろくに帰らずに遊びほうけてしかも妹のティアンカに対する悪逆非道な行いを続けているそうじゃないか! ティアンカには関係ないとパーティーやお茶会に呼ばなかったり、恥ずかしいとは思わないのか!」
「そうです、お姉様。私、昔からお姉様に酷いことをされてっうぅ……」
マレウス様の言葉に先ほどの言葉にポカンとしていたくせに、急に手で顔を覆い、肩を震わせて泣き出す異母妹であるティアンカの変わり身の早さには思わず感心してしまいます。
そこだけは貴族としての才能があるのでしょうね。
それにしても馬鹿らしい。
上位貴族の子女になればなるほど、そう言う視線を向けられているのにも気が付かずに、わたくしが行ったという非道な行為をつらつらと並べ立てている姿はいっそ滑稽とも言えますわね。
「めんどうなので、まとめて否定する真実を教えて差し上げますわ。わたくしは六歳の誕生日にルツァンド次期侯爵と結婚しております」
「は?」
マレウス様と泣いていたはずのティアンカが揃って驚きの声を上げます。
「国にも教会にも認められた正式な夫婦ですわ」
「ありえない! 俺にはそんな記憶はない!」
「そうよ! お姉様の妄想です!」
何度も言っているのに聞いていない、信じないというのはそちらなのですが、本当に都合のいい解釈しか出来ない耳と頭ですわね。
そもそも、情報収集も出来ないおバカな実力しかないという事なのでしょうか?
マレウス様は記憶にないなんて言って、本当に困った方ですわね。
「六歳の時には婚姻誓約のみでしたが、学園に入る前には婚姻式も行いましたわよ? ティアンカは招待しておりませんでしたけれどもマレウス様は招待を拒否なさったではありませんか。幼い頃は週に二日ほど実家に帰宅しておりましたわね。お茶会なども次期当主の夫人宛に届いたものですから、ティアンカには関係ございませんでしょう」
冷たい視線を向ければ、目を見開いて指を差して真っ赤な顔で口をパクパクとさせているティアンカ達。
「そもそも、これは上流貴族では有名な話ですし、マレウス様の婚約者候補の方々は候補のままで婚約者には正式に決定はしておりません。けれどもいい機会ではありませんか、正室には出来ませんけれどもティアンカを正式な婚約者にしては如何です? お勉強からも逃げてばかりで本当に評価は低いようですけれども、マレウス様は随分とティアンカをお気に召しているようですものね」
もっとも、このような真似をしなくとも、数日もすればティアンカが正式にマレウス様の婚約者になるという知らせが出たでしょうに、なぜ自分達の首を絞めるような真似をするのか、理解に苦しみますわ。
「そ、そうやって私を馬鹿にしてっ、ひどいですお姉様!」
「そうだ! ティアンカに謝れ!」
またもや指を差されてしまい、流石にイラっとしてティアンカ達を睨みつけました。
今のどこを馬鹿にしたのだと思ったのでしょうか? ああ、評価が低いという所でしょうか?
事実なので仕方がありませんわよね。
「そうですわね、おバカな方々に理解のできない話をしてしまい申し訳ございません。なにぶん次期侯爵夫人という役目に精一杯務めているばかりか、この学園の学生と言う立場もございますので、皆様のおつむの弱さを気にかける余裕がございませんでしたわ。皆様が被害妄想や誇大妄想に取りつかれていることに気が付くことが出来ずに申し訳ありません。つきましては、わたくしなどが目の前にいたのではご不快でしょうから立ち去って差し上げたいのはやまやまなのですが、生憎食事の途中でございまして、緊急の用でもない限り食事を無駄にするような行為をすべきではないという国王陛下のご意向がございますでしょう? つきましては、まだお食事の準備の整っていない皆様がこの食堂から出て行かれるのがよろしいかと思いますわ」
一気に伝えてしまったせいか、ティアンカが目を丸くして口を開けてこちらを見てきますが、貴族としてその表情はどうなのでしょうか。
間抜けにもほどがありますわ。
「は、え……?」
「ご不快な場所に居続ける必要などございませんでしょう、どうぞ退出なさってください」
そう言えば、周囲にいた同級生たちが是非に、是非に、と背中を押して食堂から追い出してくださいました。
ティアンカ達が居なくなった食堂ではどこからともなく笑い声が響き、それがいつの間にか食堂のあちらこちらから聞こえてくるようになりました。
「あーおかしい。第二王子ともあろうお方が、いいえ、仮にも異母妹がシシリアの婚姻を知らないなんて、信じられないわ」
親友のミリアが呆れた顔でパンをちぎりながら言えば、同じテーブルについているわたくしの腹心のシャリーアさんも同意見のようで頷いていますし、他の令嬢もクスクスと笑っています。
「流石は勉強嫌い、自分に都合のいい事しか聞かないことに有名な方々ですわね」
「婚約が決まらないのもあの性格のせいですもの」
「年頃の令嬢のほとんどはシシリア様に倣って既に嫁いでいたり研究職についていたり、婚約をしていたり生涯独身宣言をしておりますものね」
今残っているマレウス様の婚約者候補は家の事を考えて必死な令嬢ばかり。
それもマレウス様の正室ではなく側妃を狙っているような方々ばかりです。
もっとも、そんな彼女達も家の方からマレウス様の婚約者候補を辞めてもいいと言われているという噂を聞きますので本当に残るのは問題児ばかりかもしれませんわね。
「よろしいんじゃありませんか? ティアンカ様がマレウス様の正室に成れるわけではありませんし」
「そうですわよね。マレウス様は婚姻後は北の領地を任される予定だと聞きますし、頑張っていただくしかありませんわよね」
クスクスと笑い声が聞こえてくる中、肩を竦めて食事を再開しながら、今日は旦那様にわがままを言って思いっきり甘やかしてもらおうと心に決めました。