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なにぶんわがままなものでして(旧題:わがままでごめんあそばせ)★  作者: 茄子
子供の時からわたくしはわたくしですわよ
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妻と買い物

「ねえ、旦那様。こちらとこちら、どちらが似合いますか?」

「こっちの白い方が黒髪に映えると思うよ」

「そうですわよね。ところで、そちらの緑の物は何ですの?」


 シシリアは商品を見ながら何度目かの質問を商人に投げかける。


「ヒスイと言われるものです。お嬢様の白い肌に映えると思われます」

「そう。そちらの赤いのはサンゴでしたわね」

「はい、奥様」


 商人達の言葉にシシリアは少し考えるそぶりをすると、少々恰幅のいい商人に視線を向けた。


「そちらの貴方」

「はい、お嬢様。なんでございますか」

「他の方に貴方の事をご紹介しますわ」

「ありがとうございます!」

「ですから、品物を全部持ってお帰りになって結構ですわ」

「へ?」


 シシリアに気に入られたと思っていた商人は、今にも飛び上がりそうな勢いだったのに、そのまま地面に叩きつけられたかのような間抜けな表情を浮かべている。


「早く支度をして立ち去りなさい。後程、わたくしの実家への紹介状を届けさせます」

「シシリアいいのかい? あの髪飾りを買わなくて」

「構いませんわ。そこの商人、わたくしに似合う髪飾りと耳飾り、首飾りを一式選びなさい」

「かしこまりました、奥様」


 もう一人の細身の商人は頷いて自分の持ってきた物の中から数点を選び、組み合わせを考え始めたようだ。

 そこでやっと正気が戻ったのか、恰幅のいい商人が慌てて口を開く。


「お嬢様! 私めの品物がお気に召しませんでしたか!?」

「いいえ」

「ではなぜ!」

「お前が気に入らない、それだけでしてよ。ほら、早く荷物をまとめて出て行きなさい」


 冷たく商人を見る仕草はすっかり様になっているが、下手したら傲慢な嫌味なわがまま娘に見えるだろう。

 いや、シシリアは確かにわがままなのだが。


「奥様、こちらの髪飾りは如何ですか? 動くたびに銀細工で繋がった真珠が揺れて注目をひきます」

「この花は貝で作られているのですね」

「はい。ウメという花をモチーフにしています」

「よろしいですわ。では、この花と同じモチーフの首飾りと耳飾りを」

「奥様、お言葉ですが、耳飾りはともかく、首飾りはこちらの真珠を使った銀細工がよろしいかと」


 すぅっとシシリアの周囲の温度が下がる。

 シシリアに口答えするとは怖いもの知らずの商人がいたものだな。


「耳飾りは髪飾りと同じ意匠の物が此方になりますが、耳飾りも同じにしては少々しつこいかと思います。こちらのものがシンプルで奥様の可憐さを引き立てるでしょう」

「……旦那様はどう思いますか?」

「いいんじゃないかな」

「そうですか。ではその三つとそれとこれ、あとそれとそのサンゴの髪飾り、後はそれを買ってくださいませ」

「ああ、わかった」

「それとお前」

「はい、奥様」


 商人に声をかけたものの、少し考えているシシリアはなかなか次の言葉を口にしない。


「シシリア、どうかしたのかい?」

「……次に来るときにはわたくしにふさわしい意匠の物を用意してきなさい」

「かしこまりました」

「…………あと、そのカフスを買います」


 随分躊躇った後に、シシリアは端の方に置かれているカフスを差した。


「あれもかい?」

「いいえ、あれはわたくしが買いますわ」

「ん?」

「さ、早くして頂戴」


 今回の買い物は全て私が支払うつもりだったので首を傾げてしまう。

 そうしている間に購入した数点の商品を布が敷かれたトレイに並べ、確認するように商人がシシリアの前に差し出した。


「では奥様、こちらが旦那様が奥様にお買いになった品物です」

「ええ」

「旦那様」

「なんだ?」

「こちらが奥様が旦那様にお買いになったカフスになります。中にウメの彫り物がされております」


 最後のトレイに乗せられて持ってこられたカフスを見れば、確かに花の彫り物がある。

 カフスと言う日常使いの物だがせっかくシシリアが買ってくれたのだし、使うのを躊躇ってしまいそうだ。


「奥様の髪飾りと揃いの意匠です」

「……そうか」


 なんだか妙にむず痒いと言うか、頬が緩んでしまう。


「シシリア」

「なんですの?」

「ありがとう」

「わたくしに色々買ってくださったのですから当然ですわ」


 そう言って横を向いたが、結い上げられているせいでうなじが赤くなっているのがわかり、頬が緩むのを止められなくなってしまう。

 品物を使用人たちがそれぞれ運び、商人も帰った後に夫婦の部屋でお茶をしてふと気になったことを口に出す。


「ところで、もう一人の商人はどうして帰してしまったんだ? 気に入った品物もあったんだろう?」

「確かに気に入った品物はありましたが」

「何か理由が?」

「妙に大人っぽいものが多かったですし、わたくしの事をお嬢様と言っておりましたもの。情報収集が甘いですわ」

「そんなに気にするものなのかい?」


 そう言った瞬間、きっと睨みつけられてしまう。


「わたくし、四年も旦那様の妻をしておりますの。実家の者ならいざ知らず、商人に妻として認識されていないなんて侮辱ですわ」

「まあ、確かに私の妻はシシリアだからな。ところで奥さん」

「なんでしょうか、改まって」

「ダンスの練習の相手はいつになったら私になるのかな? 幼馴染相手にずっと練習されているのは少し寂しいものがあるんだけどね」

「も、もうちょっと身長が伸びたら……その、ヒールでも限界がありますので」

「まったく、このままではシシリアの幼馴染で練習相手の伯爵子息に嫉妬してしまいそうだ」

「こっこれは女のプライドなのです! 旦那様には完璧なダンスを身につけたわたくしと踊っていただきますのよ!」


 このプライドの高い妻は、まだ私とパーティーに行ってくれそうにはない。

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