ババアが若者をSNSで晒す話~絶対逃がさないぞ小僧~
『情けは人のためならず』ってのは嘘だと思う。
俺は殺人の指名手配犯だ。
去年元カノを殺した。
そばアレルギーの彼女の飲み物にそば粉を入れたら彼女は泡を吹いて倒れそのまま死んだ。
怖くなった俺は警察も救急も呼ばず逃げた。
両親のいない俺にとって彼女は初めての家族だと思っていたのに……彼女には俺の他に5人も彼氏がいた。
しかも『親もいなくてフリーターのあんたは彼氏の中で最下位。飽きたから別れよ?』なんて別れ話をされたらそば粉一つまみぐらいのイタズラは許されると思ったんだ。
アルバイト代は全て彼女へのプレゼントに消えていったんだもん。
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「本当にありがとうねぇ」
「……いいえ」
ババアのしわくちゃの手が俺の手を包んだ。
ババアなんて助けなきゃよかった。お腹いたいよ。
一年近くも警察から逃げて来たのに俺はバッグをひったくられそうになっているババアを助けてしまった。お礼をと引き止めるババアを無視して俺は走って逃げた。警察を呼ばれたらたまらない。
計算外だったのは財布を落としてしまった事とババアが『SNSで俺の事を拡散した』事だ。
『どうしてもお礼を言いたい。財布をお返ししたい#拡散希望』
……だってさ。
ババアはSNSでは結構な有名人らしく
俺は『ババアを救った英雄』として警察だけでなく全国から探される身となってしまった。
ネットってのは怖い。森にある俺の隠れ家はあっという間に特定され、俺は警察のおっさんに見つかり逮捕された。
おっさんは近くに車を停めて俺を監視している。これが終わったら俺は刑務所行きか。
『婆さんに会って話だけでもしてこい』
なんて警察も甘いねぇ。俺がババアを人質にしたらどうするんだ?ババアはずっと俺に礼を言っている。財布も返してもらった。もういいだろ?
「……じゃあこれで」
「本当にありがとう。情けは人のためならず。困った事があったら言ってねぇ」
ババアはそう言った。
うるさいな。お前に情けをかけたからこうなったんじゃん!ああ。お腹が痛い。
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「いってきます」
「いってらっしゃい」
お母さんに見送ってもらい僕は高校へ向かう。
一年遅れで高校に入学したが、学校はとても楽しい。成績はとにかく勉強出来るっていいな。
(お前は誰も殺してねぇよ)
警察の怖いおっさん……ううん。おじさんはそう言った。
僕の元カノは麻薬の常習犯だったらしくあの夜も『キマッて』いた。
(麻薬によるショック死だよ。お前。逃げたのは失敗だったなぁ)
ついでに聞かされたが彼女はそばアレルギーですらなかった。僕は彼女に何個の嘘をつかれていたのだろう?僕が10才年下だからってそれは舐めすぎだ。……いや。死んだ人の悪口はよくないな。
(腹が痛い?そりゃよくねぇな。病院行くか?)
する必要のない逃亡生活のストレスで僕の胃には穴が空きかけていた。
(治療費ぃ?ガキがそんな事気にするな。大人に任せろ)
警察のおじさんは色々な手続きについて僕に説明してくれた。国ってのは結構僕を守ってくれるみたい。
『養子』の事についてもおじさんに聞いた。
お母さんは『私がこの子の母親になります』と言ってくれた。
まさか助けたババアがお母さんになるなんてな。
『情けは人のためならず』ってのは案外嘘なのかもしれない。
白い車がププッとクラクションを鳴らして僕の横を走りすぎて行った。
あの車はおじさんか?やっぱりそうだ。こちらを振り向く事は無いが窓から片手を出して振っている。
「情けは人のためならずだぞ!少年!しっかり勉強していい大人になれよ!」
「はいっ!」
えっと。『人を信じすぎるな』って事かな?警察ってのは大変だな。疑うのが仕事だもんな。
まぁ僕は人のためならずなんて言わずガンガンに情けをかけて生きていこうと思う。
人に優しくするのは楽しいからね。
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『情けは人のためならず』
意味……
正……かけた情けは巡り巡って結局は自分のためになる。
誤……人に情けを掛けてやることは,結局はその人ためにならない