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◆死神に、愛を囀る青い鳥◆  作者: ナユタ


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★40★ 正義という立場。


 結婚生活も今年で四年目の入口に立つ。


 例年ならルネと暦の上から消えれば良いのにと二人で冗談めかし、一年の始まりである陽麗祭を終え、本来なら穢れである処刑は一ヶ月間行われないはずの月であるが、今年は少し様子が違っていた。


 表向きには例年通り十二月の最後の週から処刑は一時中止としているが、今年の仕事は獄中死した元·罪人の遺体処理ではない。それらは現在ほとんどそのまま穴を掘って埋めるか、後回しの状態になっている。


 唯一よい点は、去年までは毎月の手紙に加え、一月の間城内でこちらをつけ回していた義父の姿を見ないことか。あの脅しが効いているのだとしたら、もっと早く脅しておくべきだったと悔やむ一方で、言い知れない不気味さも深まる。


 一度くらい城の敷地内で会ってもおかしくはないはずだが、新年が始まってからは別件で多忙を極め、通常業務とは勝手が違う作業に追われるうちに、気付けばすでに二月の四週目に差しかかっていた。

 

「今日王都に連れてこられた男の罪人は……全部で八人か」


 屋敷でルネに向ける声と変わらないはずなのに、自分でも分かるほど感情の乗らない声が出る。元々この魔女狩り騒ぎが明るみに出始めた頃から、裏に男の罪人がいないわけではなかった。


 彼女達の夫であったり、息子であったり、孫であったり、親兄弟であったりと、当然のことながら樹の股から産まれたのでもなければ、そういった身内なり関係者がいる。


 だが重要なのはあくまでも【魔女狩り】という大義名分であり、他の男の罪人は利用価値が低い。


 広場で処刑するのは【魔女】であり、誰か個の【人】であっては見物人達の気が削がれてしまううえに、国にとってあれは国民の膨れ上がった不満の空気抜きであり、王家の正しさをしらしめる行為だからだ。


 そしてそれはまだ今のところ成功しているのか、暴動が起こっても不思議でないにもかかわらず、一定の治安がまだ保たれている。


 しかし目の前で一列に並べられ膝を折る男達は、すでにここに引き渡されるまでにかなりの暴行を受けたのだろう。どす黒く腫れ上がった顔や、ダラリと不自然に垂れ下がった腕がそれを物語っている。そこからは拷問した者達の“どうせ殺すのだから、多少やり過ぎてもいい”という態度が透けて見えた。


 それでありながら膝をつかされた男達は、その瞳に私への揺るぎない敵意と殺意を燃やしている。とはいえ、やはり見飽きるほど見てきたその視線に何かを感じることはない。


 長年仕事は仕事と割り切っているうえに、こちらも替えは少ないが所詮国の道具扱い。そこに何かを感じろというのが無理な話なのだ。


「八人ともこれ以上の無駄な暴行は与えず、速やかに他の罪人達から見える位置に吊るせ。従わない者は罪人であれ役人であれ、私が直々に処す」


 この作業が始まってからというもの毎度同じ指示を出しているが、中枢部からは男の罪人はみな国家転覆を狙った逆賊として、八つ裂き刑か(ノコ)引き刑に処すべきだという愚かな案も出たがはね除けた。


 どちらも今となっては前時代的すぎる。七十年前の当主が取り止めて以降は、誰も復活させようとはしてこなかったものだ。


 こと処刑方においてだけは、我等一族の独断で決めることが許可されている。本来の罪状よりも不当に重く行き過ぎた残虐さは必要ない。我等が担うのは【処刑】であり、中枢部の者達が望む都合のいい罪のでっち上げに加担することではないというのに――。


 呆れつつ出した指示に表面上は従順に従う役人達の目に侮蔑の色が滲み、それと同様の目でこちらを見つめる罪人達。結局どの立ち位置の者からも弾かれる身分なことがおかしかったものの、皮肉な見解の一致を見た気分だ。


 両者に一瞥をくれてその場を立ち去ろうとした背中に「死神め」と、誰かが吐き捨てたようだが、それを無視して次の仕事のために王城から馬車で直接広場へと向かう。


 昔から広場に向かう途中に、馬車の窓にかけられたカーテンを開けて外を見てみたことはない。それが自分が生み出す狂気の場に嬉々として向かう人間達を見たくなかったからだと、今なら分かる。


 何故普通に生まれておきながら狂気に触れたがるのか。私には今も分からない。


 最近は朝の六時には城の牢屋に来て、その日に送られてきた男の罪人の罪状確認と処遇を決め、八時には広場で魔女の処刑に立ち会う。夕方屋敷に戻ってルネと夕食をとったあとは副業の調薬が待っている。日に日に昼夜の感覚が鈍ってくるが、それを何とかこなしていられるのはルネのおかげだ。


 調薬部屋で眠気から作業机に突っ伏していると揺り起こしてくれ、風呂に沈んでいるとドアの外から声をかけてくれる。無茶な仕事の仕方をしていれば問答無用でベッドに引きずり込まれて、無理矢理寝かしつけられた。


 毎日、毎日、彼女のいる世界で目覚め、眠る。いつだったか、クリストフ神父が言っていたように、私は彼女がいるから人間でいられるというのは言い得て妙なのだと思う。


 けれどそのルネが、このところふとした瞬間にぼんやりすることがある。何か心配事があるのか訊ねても『ううん? ないわ』と笑うだけで、それ以上のことは答えてくれない。


 処刑人の妻であるから情勢が不安定なことを一般人よりは知っている。そのことが彼女の心に陰を落としているのだとしたらと思うと、恐ろしくて聞けなかった。


 ゴトンと馬車が一度大きく揺れ、それを合図にドアを開けて石畳の上に降り立つ。一歩出ただけで分かる死臭と“殺せ”と叫ぶ見物人達の声。その声を聞きながら手袋をはずし、左手の指輪に口付けを落とす。


 首からかけたトネリコの枝葉と一緒にぶら下がる革袋に指輪を入れ、私は右手の甲をなぞる。役人に導かれるまま魔女達の前に進み出て、彼女等を木杭に縛るように指示を出す。


 そうしてそれまで彼女達の瞳に宿っていた憎しみの炎が、恐怖の埋み火になる様を見上げながら淡々と火を放ち、燃え落ちるまで眺め、夕方にはまた王城に報告のために引き返した。


 朝の指示通り吊るされているかどうかの確認のために牢屋棟の方へ向かい、ぶら下がった遺体を検分して、死後につけられた打撲痕を認めたので担当した役人を呼び出し、両手足の小指を根元から切断する。


 泣き叫ぶ役人達を眺めているところを騎士団の人間に呼び止められ、そこでついにこの激務が近く終わりを迎えると聞かされた。


 “――聖女の居場所が割り出せたらしいぞ――”


 そう私に教えてくれた騎士の顔は、この一連の騒ぎを終わらせるための晴れやかな【正義】に満ちていた。

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