★14★ 食えない神父。
神父の目の色変更しました_¢(・ω・*)
「ははぁ……解熱剤と、腹痛止め、月の障りの痛み止めに、歯痛止め、胃痛止め、こちらは眼精疲労回復剤か……まるで薬の見本市だね。ここまでくるともう医者要らずだ。トリスタン、流石にこれは“善意”とやらでくるんでも、無償でもらうことは出来ないよ」
手土産として持参した袋を開けるなり、クリストフ神父は溜息をつきながら眉根を下げた。確かに言われなくとも今回はいつにも増して作り過ぎたとは思うものの、半日かけて訪ねて来たというのに第一声がこれでは少々やるせない。
「娯楽の少ない冬季は本職の方が忙しくなるからそう頻繁には来られない。今から少しずつ備蓄するかと思って用意した。それにどのみち消費期限が近くて薬効の落ち始めたものを無駄にしたくなくて、こちらが勝手にやっていることだ」
突き返してくることはなさそうだが、今にも自身の書斎からただでさえ苦しい教会の寄付金を持ってきそうなクリストフ神父を視線で制し、こうなることを考えてあらかじめ用意していた言葉を口にする。
しかしそれでもまだ承服しかねるのか、人の良い神父は首を横に降った。強情な善人など見たことのない私は、この男のことを若干苦手にしているのだと最近気付いたほどだ。
「いいや、仮にそうだとしても、ここまでの技術を持つ薬師はほとんどお目にかかることがないのが普通だよ。街の薬師の相場がどれ程かは知らないが、君は自分の評価を改めるべきだ」
「死神の処方する薬など、どこでも買い叩かれる。どうせ大した金額にならないなら知った顔の人間が好ましい。それに報酬ならあれで良い」
尚も値段交渉を持ちかけようと食い下がるクリストフ神父から視線を外し、子供達に取り囲まれて楽しげにお喋りに花を咲かせるルネへと向けた。今年の冬は、何となくだが例年よりも本職の方が忙しくなりそうな気がしている。
そうなると使用人達が働きにくる頻度も減り、屋敷にはルネが一人で取り残される時間が増えるだろう。その穴埋めというのには足りないだろうが、それでも楽しい時間を少しでも多く感じてくれたらと思うのは、ただの自己満足だとも分かっていた。
「長い冬の間に少しでも彼女の心を暖める記憶が欲しいが、街中だと屋敷の敷地内以外でルネがあんな風に自由に走り回ることは出来ない。ダンピエールの一族になるとはそういうことだ」
五月の誕生日でルネは二十一歳に、八月の誕生日で私は二十三歳になった。ルネからの誕生日の贈り物は今年も斜め上だったが、それはもういい。彼女の発想の奇抜さは個性だから仕方がない。
心配なのは子供が出来る兆しもないままにまた一つ歳を重ねた私達に、王家とギレム家はいい顔をしないだろうということだ。
そんなことを考えている内に、ふと案とも呼べないようなものが浮かんで口を開きかけたその時――。
「彼女は素直な良い子だけれど、君が彼女を冬の間ここに置き去りにする提案には頷かないだろうなぁ」
あり得ないことだが一瞬本気で心を読まれたのかと思った。クリストフ神父のは薄い水色の双眸でこちらを見据えて笑う。
「この教会にいる者はシスターも子供達も、皆とても辛い目にあってここへ来た。警戒心はかなり高い。でも彼女にはそんな子供達も良く懐いている。もし君に何かあった時にここに引き取るのは別に構わないけれど、それでもここは彼女にとっての揺り篭にはならないだろう」
そう仮定ではなく断定としての言葉を、目の前で笑う男は告げる。内心の驚きなど少しも出ない無表情が、水色の瞳に映り込む。その穏やかな顔を正面から見つめるともなく眺めていると、今度は「君は、わたしのことを残酷だと思うかい?」と尋ねられた。
問いの意図が分からない。解のない問いに何と言葉を返せばいいのか迷うものの、かといって問われたからには無言というわけにもいかず、逡巡した後「いいや」と答えた。
クリストフ神父は私の答えに掴みどころはないが、穏やかな気配を纏ったまま「ありがとう」と微笑む。やはりその真意がどこにあるのか分からなかった。けれどこの男の問いかけは何故か気持ちがざわつく。
「……聖職者の問いかけは難解だな」
「うん? そうかい?」
「ああ、私は貴方の問いを理解出来ない」
居心地の悪さから再び視線をルネ達が遊ぶ方へと向ければ、胸の内が穏やかになる気がした。こちらの視線に気付いた子供の一人が彼女の服を引いて私の存在を教えると、振り向いたルネが満面の笑みを浮かべて手を振ってくれる。
そんな彼女に向かって控えめに手を振ると、周囲の子供達が一斉にルネを囃し立てた。それをシスター·マリオンが嗜める光景は、平和という言葉以外の形容詞が見当たらない。
ぼんやりとその光景を見ていたら、不意に「君のそれは、理解出来ないふりだよ」と神父が言った。不愉快というほどの引っかかりは感じないが、それでも予期せぬ言葉をかけられたことに僅かに動揺して振り向いてしまう。
「前から薄々感じていたのだが、君は不安になると薬を調合したくなるのだね」
「…………何故」
「“そう思うのか”と尋ねられたら、わたしが残酷だからだと答えるよ」
「馬鹿なことを。貴方は聖職者だ」
「はははっ、聖職者だからこそだ。考えてもみなさい。わたし達は人の弱味につけ込み信徒を得るのだよ? それを残酷と言わずして何と言うんだい」
突然声を上げて両手を叩き始めた神父に驚いたが、同時に直前までの聖職者らしく回りくどい問いよりも、その悪人じみた明快な答えに心が幾分軽くなる。離れた場所では私達の方を何事かと窺うシスターと子供達の姿が見えた。
当然そこにはルネも混じっている。けれどいつもならすぐに駆け寄ってくる彼女にしては珍しく、ジッとこちらの様子を観察しているようだ。離れているのにあの瑠璃色の双眸がすぐ傍にあるような気がしてしまうのは、それだけ私が彼女に固執しているからだろうか。
「君は自分が選べなかった生まれ育ちを穢れていると感じるほど潔癖だが、それは君や君の一族の穢れではないよ。他者に嫌なことを全て押しつけて、自分達の手だけ綺麗に拭おうとする人間達の穢れだ」
――心地良い重低音なクリストフ神父の声は、まるで邪神の神託の如く耳に滑り込んでくる。ただその言葉に素直にすがるには、すでにこの血は濁りすぎていた。
「仮にそうだとしても、私の一族は自ら鎖を喰い千切ろうとはしなかった。飼い殺される道を選んだと言われれば返す言葉がない。我等は……私達の一族は、人を殺して生を得た、生まれながらの咎人だ」
ルネの瑠璃色の瞳と見つめ合いながらも、隣人を愛そうとする聖職者からの救いの言葉を突き放せば、神父はそれまでよりも少し固い声音で「気付いた瞬間からやり直すことは出来る」と言った。
その瞳に一瞬閃いた色が何だったのか、私は知っている気がしたが見なかったことにする。いや、見なかったことにした。そして私ならそうすることを神父は気付いていたのだろう。
だというのに、彼はやはり穏やかに微笑んだ。
「まぁ、今はそれよりも先に、彼女に軽食の作り方を憶えてもらった方が良いのではないかな。君の話ぶりだと、仕事の日は屋敷に使用人さんは来ないのだろう? 仕事が連日続く場合、彼女の食事は誰が用意するんだい?」
突然変わった話の内容に思わず「あ」と声を漏らせば、クリストフ神父は愉快そうに水色の目を細める。
「その様子だと忘れていたのかな。君はおかしなところで抜けているね」
「自分だけの時は勝手に何かしら口にするから、あまり気にしなかった」
「はは、そうか。ではこの薬のお礼は、シスター·マリオンと年長組にご飯の作り方を伝授してもらうことと、ほんの少しの代金を受け取ってくれることで納得してくれると助かるよ」
ニコニコと微笑みつつも、結局はクリストフ神父の提案通り料金を受け取る方向へ導かれたことに溜息をついた私の元へ、いつものように両手を広げたルネが飛び付いてきたのは言うまでもない。