たまゆら
本当になぜ毎回投稿ミスをしてしまうのか…!たいっへん申し訳ございません!!!!
悪意を持って噂を流した村上とネットニュースを書いた生徒に俺とカンナがそれぞれ仕返しをした翌日の朝。今日は噂の話題性を逆に利用して、俺が作曲し、カンナが作詞と歌を担当した曲『たまゆら』の発表の日。なんでもYeah!Tubeで演奏している姿を生配信するらしい。
「夏兄ー!!今日のYeah!Tube絶対見るからね!」
ぱぱっと駆けてきた冬瑚を抱き上げて、膝に乗せる。最近寒くなってきたのでこうして冬瑚を膝に乗せることが増えてきた。冬瑚は体温が高いようで、膝に乗せていてとても暖かい。
「りょうちゃんと津麦ちゃんにも見てねって言ったからね!」
りょうちゃんと津麦ちゃんは冬瑚の親友なので不甲斐ない姿は見せられない。より一層気合いが入る。
「そっか~それは頑張らないとな」
「うん!頑張ってね!」
ずっとこのまま冬瑚を膝に乗せて暖を取っていたいが、そろそろ家を出なければならない時間だ。泣く泣く冬瑚を膝から降ろす。
「兄貴~『ゆきだるま』が狐面咥えて逃げたー」
秋人の言う『ゆきだるま』とはうちで飼っている白猫の呼び名(俺は『しらたま』と呼んでいる)だが、それが、狐面を、咥えて逃げた・・・?
「・・・至急『しらたま』を捕獲せよー!!」
「ラジャー!『しらたま』じゃなくて『まるもち』だよ!」
出合えー出合えーと秋人と冬瑚に手伝ってもらって、狐面を咥えたまま家のどこかに隠れた白猫を探す。
「しらたま~怒らないから出ておいで~」
「どこに隠れてるの~?まるもち~」
「おやつあげるから出てこーい、ゆきだるまー」
カッカッと狐面を床に引きずりながら現れたしらたま。こいつ、「おやつ」のワードが出るまで隠れていやがった・・・!策士め。
おやつにふらふらと足が向くしらたま。途中で狐面を咥えているのを忘れたのか、それともただ邪魔だったのか、ぺっと床に吐き捨てて行った。そこまではまだよかったのだ。だが、不運とは重なるもので。
たまたましらたまが狐面を落とした場所がリビングの入り口のすぐ前で。ちょうどそこにタイミングよく冬瑚がリビングに入ってきて。
ピシィッ・・・パキン
「「「あ・・・」」」
「にゃ~ん」
冬瑚の左足が床に落ちていた狐面を踏み、ひびが入って、割れた。しばらくはおやつに興奮したしらたまの鳴き声だけが響いていたが、やがて震える声で冬瑚が謝ってきた。
「夏兄、ご、ごめ」
「冬瑚のせいじゃないから。これは不幸な事故だから、な?」
「冬瑚のせいじゃない」
二人で可愛い妹を慰めながらどうしたものかと考える。社長に名前を『春彦』から『御子柴智夏』に変える、と言ったときに姿のことも相談したのだ。このまま顔を隠しながら活動するのか、それとも素顔でやっていくのか。長時間話し合った末、出た結論は顔は隠したままで、ということになった。狐面が俺のモチーフになっている節がある、ということだったのだが。
「綺麗に真っ二つだね」
狐面の鼻から上と下に綺麗に割れてしまっていた。これくっつくかな?修復方法がないか模索していると、秋人から声がかかる。
「なぁそろそろ行かないとまずいんじゃね?とりあえず香苗ちゃんの部屋にあったこのお面持ってきなよ」
「あ、ほんとだ、もう行かなきゃな。・・・え、なにこのお面」
「いいからさっさと行ってらっしゃい」
とりあえず割れた狐面と謎のお面をカバンに詰めて、しょぼくれる冬瑚の頭を撫でてから家を出るのだった。
「えぇ!?お面割れちゃったの!?」
「はい、不幸な事故で」
「そう、それは残念ね」
南無、とカンナが割れた狐面に手を添える。あの世でこの子もきっと喜んでいますよ・・・。
「予備とかないの?御子柴君」
「一点物でして」
スタッフの人たちがまさかのアクシデントに慌てる。
「なんで本人のあなたが一番落ち着いてるのよ」
カンナからもっともなツッコミを頂戴したが、俺は落ち着いているわけではない。平常心を保とうと心掛けているだけだ。
「その・・・かなり恥ずかしいけど、代わりのお面が、ありまして」
「なに?他のお面があるならそれを使えばいいじゃない」
そんな、パンがないならお菓子を食べればいいじゃないみたいに言われても。いや、違うか。そんなマリーさん的な発言ではないか。
「笑うなよ」
最初に保険をかけてから、しぶしぶかばんから家を出る間際に渡されたお面を取り出す。
「ぷっあはははは!!なんでそれ!?よりによってなんでそれかな!?」
俺が取り出したのは某プロキュアの、女児向けの仮面である。プロキュアのとびっきりの笑顔が俺にはつらい。やめて!そんな眩しい笑顔で俺を見ないで!
「ぶふっそれは、それで面白そうだけど。スポンサー的にちとまずいから、なしの方向で、ぶふぉっ」
現場責任者が笑いながらプロキュアをそっと遠ざける。
「じゃあもう上半分で」
幸い紐の部分は無事なので、鼻から上は隠せる。逆に言えば鼻から下は丸見えなわけだが。
「変、かな?」
狐面を上半分だけ付けた状態でカンナに判断を仰ぐ。
「変どころか、様になってる」
「なら今日だけこの状態でいこう」
メインは俺じゃなくてカンナだしな。狐面が上半分になってても気づかれるかどうか。とりあえずプロキュアを被ることにならなくて良かった・・・。
「スタンバイお願いしまーす」
「「はーい」」
以前鳴海さんとプラネタリウムで演奏したときは真っ暗だったが、今回の部屋は真っ白だ。真っ白な空間に真っ黒なピアノと海を思わせる深い青を纏ったカンナ。
「配信開始までー3、2、1」
スタッフのカウントダウンの後に、カンナがカメラに向かって挨拶をする。
「みなさんこんにちは。愛羽カンナと」
「御子柴智夏です」
「今日は以前このYeah!Tubeで話題になった曲『たまゆら』のお披露目をー、」
ここまでは予定通りだ。
「この曲のタイトルである『たまゆら』とは、一瞬という意味を持つ言葉です。たまゆらの青春、たまゆらの恋愛。私の今を詰め込みました。それでは聞いてください。『たまゆら』」
演奏前のルーティンはもう済ませた。カンナと目が合い、互いの呼吸を合わせる。
「~♪」
曲の終わり。最後の最後でカンナが俺の方に振り向く。悔いはない、という表情で「さよなら」とそう告げた気がした。カンナが別れを告げたのは、きっとたまゆらの恋情にだったのであろう。