我が家の一大事
2020年、本当にお世話になりました。みなさん怒涛の一年だったと思います。そんな中で皆さんと出会えたことは作者にとって幸福です。みなさん良いお年を。
「ただいま」
噂を流した真犯人がわかったところで、田中が高笑いを始め、ヨシムーが頭を抱え始めたところで各々解散した。いつの間にかザキさんが作った俺、田中、香織、鈴木、井村、陽菜乃先輩、ザキさん、新藤さんのチャットグループには、
『決戦は明日正午にて』
の文字がアナウンスされている。
「、、、り!、、えり!」
思考が明日のことにいっぱいになっていると、突然みぞおちに衝撃が走る。
「夏兄!おかえりって何回も言ってるのに!」
「え、あ、ごめん冬瑚!」
「夏兄、最近ぼーっとしてること多いよね。悩んでることでもあるの?」
我が妹ながら鋭い。
腰に抱き着いたままの冬瑚を抱き上げると、足元に普段は寄り付かない白猫が頭をすりすりしてきた。どこ見ても可愛いが溢れてる。どうしよう、キャパオーバーだ。
「悩み事ならあるけど、もう大丈夫。冬瑚と『しらたま』が癒してくれたからな」
「『しらたま』じゃないよ!『もちまる』だよ!」
「はいはい」
冬瑚と共にうちにやってきた白猫の名前はまだ決まっていない、というか各々好きな名前で呼んでいるのだ。俺は『しらたま』冬瑚は『もちまる』秋人が『ゆきだるま』香苗ちゃんが『徳川様』とまぁバラバラなわけだが、どう呼んでもたいして反応しないので皆好きなように呼んでいるのだ。ただし「ごはん」と言うとすっ飛んでくるので現金なやつである。
足元にしらたま、腕に冬瑚を抱きながらリビングに入ると、秋人が晩御飯を作っていた。あぁ、なんか涙が出そうだ。
「ただいま~お腹空いたよ秋く~ん。晩御飯なに~?」
香苗ちゃんがへろへろになりながら帰ってきた。
「「おかえり」」
冬瑚と口を揃えながら言うと、香苗ちゃんが俺と冬瑚の頭を撫でる。
「ふぇ~癒されるわ~」
「俺を撫でても癒されないでしょ」
「な~に言ってんの。かわいい息子の顔見て癒されないわけないでしょ」
・・・なんだろう、自爆した感がすごい。恥ずかしいような嬉しいような。とりあえず香苗ちゃんが頭を撫でやすいように少し姿勢を低くする。
「おりゃりゃりゃりゃ~!」
「冬瑚もやるー!にゃにゃにゃにゃー!」
しばらく二人にされるがままになっていると、秋人が呆れた顔をして台所から出てきた。
「3人ともふざけてないで、ご飯できたよ」
「「「はーい」」」
「にゃんにゃんにゃーん!」
一目散に秋人の下に走っていったしらたま。本当にお前ってやつぁ。
「ゆきだるまのご飯はこっちな」
「ごろごろごろにゃにゃん」
喉を鳴らしながら秋人の足元にすり寄るしらたま。俺あんなに上機嫌な声ですり寄られたことないな・・・
羨ましげに秋人を見つめる3対の目に気付いたのか、しらたまを撫でる手を止めてこちらに振り向いた。
「ゆきだるまに懐かれてるのは餌あげてるから。ごはんのとき以外はブラッシングのとき以外さほど寄り付かないし」
「「「ブラッシングも羨ましい」」」
俺たちもしらたまにブラッシングをしたことがあるのだが、かなり不満そうな顔をされたのだ。それ以来しらたまはブラッシングの催促は秋人にしかしていない。しらたまが一番最初に現れたときも秋人がピンチの時だったらしいし。
「昔から秋人は動物に懐かれてたよな」
「そうなの?」
「そうだっけ?」
昔、春彦と俺と秋人の3人で公園で遊んでいたときに、なぜか秋人にだけ野良猫がよりついてきたり、散歩中の犬に飛びつかれたりしていたのを思い出す。それを香苗ちゃんたちに話すと、冬瑚はさらに羨ましそうな顔を、香苗ちゃんは微笑ましそうな顔をして秋人を見ている。
「それで大きい犬に押し倒されてから秋人、犬が苦手になってたよな」
「秋兄いまでも犬こわいの?」
「怖くない。というか犬怖がってたのも忘れてた」
「犬に怖がる秋くん可愛かったろうな~」
「犬を見るたびに涙目になって抱き着いてくる秋人はそりゃもう可愛かった」
「やめろよ!」
晩御飯で鍋をつつきながら、和やかに時間が過ぎていく。しらたまもお腹がいっぱいになって満足したのかソファーの上でごろごろしている。
楽しい晩御飯が終わり、それぞれくつろいでいる。話すなら、いまかな。
「香苗ちゃん、秋人、冬瑚、聞いてほしいことがあるんだけど、今いい?」
それぞれが俺を見て続きを促す。普段ならお風呂に入ったり、自室で勉強をしたりとなかなか揃わないのに今日に限ってリビングに全員集まっていたのは、多分俺が普段と違うことを察して心配してくれていたのだろう。そのことに背中を押されつつ、口を開く。
「今まで『春彦』として活動してきたけど、これからは本名で、御子柴智夏として活動していきたいと思ってる」
社長にはもう許可はもらっていたのだが、家族には伝えておきたかったのだ。
「それは、例の噂の件で?」
やはり香苗ちゃんは噂のことを知っていたみたいだ。
「それもあるよ」
少しでも噂を霞ませることができるのなら、という気持ちもある。だが、それだけじゃない。
「俺が『春彦』って名乗ってたのは、母親への当て付けというか、まあ、あまり綺麗な理由ではなかったんだ。でも、もうその必要もない」
本当にろくでもない理由で兄の名を名乗っていたのだ。草葉の陰からデコピンされそうだ。少し遠い目をしていると、秋人が嬉しそうな、寂しそうな、なんとも言えない表情で話し出す。
「僕はさ、兄貴が『春彦』って名乗ってくれて嬉しかったんだ。春彦のこと、みんな忘れないでいてくれるんだなって。でも、それと同じくらい悲しかった。誰も兄貴のことは見てくれないのかなって。でも、ちゃんと兄貴を見てくれる人はいたし、これから本名でやっていくなら、もっと増える。僕はそれが嬉しい。やっと、「僕の兄貴は凄いんだぞ」って自慢できる」
「冬瑚も自慢するー!」
「頑張んなね。夏くん」
本当に、俺の家族は涙が出そうなくらい暖かい。
「あと僕からも報告がひとつ。声変わりが来た」
「「な、なんだってー!?」」
「こえがわり?」
我が家の一大事じゃないか!
〜執筆中BGM紹介〜
ハウルの動く城より「世界の約束〜人生のメリーゴーランド」歌手: 倍賞千恵子様 作詞・作曲久石譲様/木村弓様