普通に
前回の智夏くん(を)お料理 (する)コーナーで読者様から「炒める」「千切り」「燻す」などいただきました。読者様の料理スキルの高さよ・・・!
「ネットニュースの方はすでに削除依頼を出しています。ですが、ネット上はあなたと一般生徒Mの話題で持ちきりです」
午前9時。本来なら学校にいる時間だが、今日は学校には行かずに所属している事務所の方に顔を出している。その理由は言わずもがな、ネットニュースで私の失恋が取り上げられた件である。
マネージャーと二人、事務所の社長の下へ向かっている。エレベーターに乗り、最上階の社長室を目指す。
「カンナ・・・大丈夫ですか?」
「私は大丈夫。それより智夏のことが心配よ」
マネージャーが心配げに顔を覗いてくるが、私は本当に大丈夫だ。ただ、かなり怒っているだけで。噂を流してくれやがった人物に。ネットニュースに書いちゃってくれた人物に。智夏の正体を暴こうとしやがる人たちに。
怒りを静かに高めているうちに、社長室の扉の前に立っていた。ドアを三回ノックして入る。ドリボの社長室に入るときはノックをしたことなど一度もないが、さすがに事務所の社長室に入るときはノックは欠かせない。
「来たな、トレンド声優」
よっ、と軽い感じで手を挙げながら話しかけてきた男が私が所属する声優事務所の社長、沢渡ルイである。本人は35歳と自称しているが、どう高く見積もっても20歳そこらにしか見えない。ちなみに元声優である。ころころと髪色を変える人で、見るたびに色が変わっている。前回会ったときは紫色だったが、今回は赤色になっている。こんなに髪にダメージを与え続けていたらいつか禿げるんじゃ・・・と自然と髪に目が行ってしまう。
「愛羽、お前失礼なこと考えてるだろ」
「イエ、カンガエテマセン」
妙に鋭いところはドリボの社長とそっくりである。世の中の社長には人の心を読む能力でも備わっているのだろうか。
まあいいが、と言って沢渡社長が机に肘を置き、その上に顎を乗せる。実に楽し気なその表情にイラっとするが抑える。
「予想よりもだいぶはやく告白したんだな」
「沢渡社長の予想なんて知ったこっちゃありませんが、勢いで告白したことは認めます」
「若いっていいねぇ」
会話の流れからわかるとおり、沢渡社長には事前に好きな人がいること、そして告白することは伝えていた。うちはどこぞのアイドル事務所のように恋愛禁止ではないのだが、一応報告していたのだ。
沢渡社長がポケットからスマホを取り出して、なにやら操作をしながら問いかけてくる。
「愛羽はどうしたいんだ?」
人と話すときはその人の目を見て話せって先生に教わらなかったのか・・・!いや、落ち着け私。ここで爆発したら沢渡社長の思うつぼ。冷静に、大人の対応をするのよカンナ。
「・・・私は、守りたい、です」
「何を?いや、誰を、か」
「智夏を守りたいです。そして、智夏と私も守ろうとしてくれる友を私は守りたい」
目を閉じれば思い浮かぶ。香織、田中、鈴木、井村、修学旅行の時に一緒に遊んだ子たち、親衛隊のメンバー。きっとみんな智夏と私を守ろうと今もきっと動いてくれている。そんな彼らを私も守りたい。
「楽な道じゃないぞ」
そう言って社長がずっといじっていたスマホの画面をこちらに見せてくる。それをマネージャーが受け取りに行き、画面を見て顔色が悪くなった。あー嫌な予感がする。
マネージャーの手からスマホを受け取る。そこに映っていたのは掲示板サイト。サイト名は『桜宮高校裏掲示板』。まさか二次元でしか見ない代物だと思っていたものが、こんなにも身近にあったなんて。
そろそろと書き込みの内容に視線を落とす。
『愛羽カンナが告白したMは2年A組の御子柴智夏らしい』
守りたいと思った瞬間に、大切な人が傷つけられていく。声優という道を選び、その道を歩くと決めたのは自分だ。人気職の世界に身を投じた時点で、わかっていたつもりだった。一般人のような生活は望めない、と。でも、声優であるのと同時に、私は、愛羽カンナは高校生でもあるのだ。普通に友達と遊んで、普通にクラスメイトと話して、普通に同じ学校の男の子に恋をして。
「望んじゃ、いけないことだったのかな」
ごくごく普通の想いを。「好きな人に好きだと伝えたい」という想いは、望んではいけないことだったのかな。私の身勝手な願いが、一番傷つけたくない人を傷つけている。その事実に、胸が張り裂けそうだった。
「愛羽、お前俺に言ったよな?「私が私であるために、想いを伝える」と。その結果がどうなろうとも後悔は絶対にしない、と」
それは私が智夏を好きだと自覚した翌日に社長に言った言葉。
「お前が今、過去に戻ったとして、お前は告白をしないという選択をするか?」
沢渡社長の言葉にドクンと心臓が跳ねる。告白を、しない。あの日、あのときあの教室で、告白をしなかったとしたら。私は今頃何をしていただろう?智夏の恋をただ見守るだけ?それとも応援してた?もしも智夏の恋がうまくいったら、素直に祝福できた?
いくつもの可能性が頭に浮かんでは消えていった。もしもあの時、告白していなかったら。私は智夏たちの前から姿を消していただろう。「あのとき想いを伝えていれば」と無限に後悔して、智夏の顔を見るたびに辛くなって、自分のクラスよりも友人が増えた2年A組には近寄りもしなくなるだろう。
あぁ、そうだ。あの日告白をしていなかったら、鈴木と仲良くなることもなかったのだ。智夏とまた友人関係に戻れることもなく、香織や田中とも関係を断ち切っていただろう。
あの日があったから、守りたいものがある。だから、私に告白をしないという選択はない。
「しません。例え振られると分かっていても、過去に戻ったら私はきっと、あの日あのときあの場所で、彼に好きだと伝えます」
初恋は叶わずとも、大切な友人たちができた。声優の愛羽カンナとしてではなく、高校生の愛羽カンナの友人たち。素の状態で接しても笑って受け入れ、こんな状況でも守ろうとしてくれるお人好しな彼らを、暖かい居場所を手放すことなど私にはできない。
「そうか。なら迷うな。己の決断を疑うな。・・・ケツは拭いてやるから好きにやれ」
ニヤリと笑みを深めながら沢渡社長がこのとき初めて頼れる大人の姿に見えたのだった。
「お前、失礼なこと思ってるだろ」
「イエ、ソンナ」
~執筆中BGM紹介~
神様のいない日曜日より「終わらないメロディーを歌いだしました。」歌手:小松未可子様 作詞・作曲:ナカムラヒロシ様




