ネットニュース
家の洗濯機の音が最近すごいです。ドォンドォンいいながら回っているのでそろそろ買い替え時なのでしょうかね。
「で、これからどうするんだ。このままってわけにはいかないだろ?」
昼休みの屋上では、俺と田中、カンナ、香織、そして疑いが晴れた鈴木と野次馬しに来た井村の6人で昼食を食べながら今後についての話し合いが行われていた。自らの手作り弁当のおかずをつつきながら田中がカンナと、そして俺に聞いてくる。
人の噂も七十五日というが、この噂がそう簡単に鎮静化するとも思えない。しかし自然消滅するのを待つしか道はないんじゃ・・・
「この噂のせいで動こうとするたびに生徒たちの視線が纏わりついてかなり鬱陶しいのよね。でも、まぁそれはいいわ。問題は別よ」
と言うとカンナの視線が俺を見て止まる。気が付けば全員が俺を見ていた。5人の視線を一気に受けて居心地が悪かったのでとりあえずだし巻き卵を口に運ぶ。うん、うまい。
「智夏君、お箸置こうか」
「・・・はい」
香織に呆れたように言われたのでしぶしぶ箸をおくことにする。いやだって、全員こっち見るし。とりあえず、何かしなきゃと思ったらちょうどだし巻き卵が目に入ったからさ・・・もう食べるしかないじゃん。
「私の告白した相手が智夏だってバレることが一番の問題ということよ」
それについて考えるのは避けていたのだが、それを察したであろうカンナに明言されてしまった。シーン、と痛いくらいの沈黙が落ちたので、へらっと笑いながら問いを投げかける。
「万が一、俺が相手だったってバレたらどうなると思う?」
「煮る」
「焼く」
「蒸す」
「俺は料理かよっ!」
怖っ!調理法を言った田中、鈴木、井村の3人とも真顔なのが余計に怖い。
「冗談言ってる場合じゃないわ」
カンナが3人をたしなめるが、冗談だと言い切れないのだ、これが。
「お前の親衛隊、暴徒と化してるじゃねぇか。あいつらに振られた相手がしばちゃんだってバレたら殺されるんじゃ・・・」
「私の親衛隊は私が振られたことで暴徒と化したわけじゃないの」
え、違うの!?親衛隊全員般若みたいな顔になってたけど俺に怒ってたわけじゃないのかよ!?俺の動揺を見て、カンナが心外だ、という表情で俺を見る。
「当たり前じゃない。そんな駄犬集団をこの私が育てるわけないでしょ」
「「「駄犬集団」」」
男子が引いている横では香織が「駄犬じゃなくて従順なげぼ、犬って感じだもんね」と朗らかに笑いながら言っていた。今絶対下僕って言おうとしただろ。気持ちわかるけど。しかも犬なのは否定しないんか~い。
「あれらが怒っているのは噂を流した人物に、よ」
親衛隊の人たちからしたら、この噂は大事な主人を傷つけるものだもんな。そりゃ怒るに決まってる。
「いま、親衛隊を使って噂の出どころを探しているのだけど、あんまりうまくいっていないの」
犬というワードを聞いたせいでカンナという絶対君主にしっぽを振って従順に指示に従う親衛隊たちの姿が浮かんでしまった。
「まぁ、いま流れている噂だけじゃ告白を断ったとある男子が誰か、なんてわからないしな」
「でも、さっき私が智夏のこと好きだったって井村君は気づいていたじゃない」
「それは・・・」
点と点を繋げればいつかは線になる。俺に辿り着く日もそう遠くはないのかもしれない。別に俺がどうなろうとも構わないのだが、バレたことでカンナに迷惑がかかることが嫌なのだ。再び沈黙が屋上に降りる。予鈴が鳴り、食べかけのお弁当箱に蓋をして片付ける。弁当を残すのはこれが初めてだな・・・
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翌日、俺たちが予想したよりも遥かに悪い方向に状況は転がり落ちていく。
『現役高校生の人気声優が失恋!?』
『お相手は同じ高校の一般生徒M君か』
SNS上で噂は学外に広がり、ネットニュースに噂が取り上げられてしまったのだ。
その日、カンナは学校に来なかった。
昼休み。誰が言うでもなく、カンナを除いた昨日の面々が屋上に集まった。
「ひどいっ!こんなのってあんまりだよ!」
両目に涙を滲ませながら香織が憤りを見せる。ネットニュースでさらに広まったカンナの失恋。それを受けてネットには少数だが、心無い言葉が書き込まれていた。
『失恋とかwwざまぁwww』
『恋愛してる暇あったらもっと演技の勉強したら?』
『どうせお遊びだろ』
『Mの男子生徒の名前全部晒そうぜww』
それを香織も見たのだろう。零れ落ちる涙を拭いもせず、憎いほどに青い空に向かって叫ぶ。
「声優は普通に恋をしたらいけないの!?人を好きになることは責められることなの!?違うでしょっ!人の気持ちを、想いを、踏みにじるなーー!!!」
肩で息をしながら香織が俺の前までやってくる。
「多分、智夏君が告白した相手だってもうバレてると思う。それで、酷い言葉を言われるかもしれない。けど、私は、いいえ、ここにいるみんなは智夏君の味方だから!だから、一人で抱え込むのはもうだめだよ」
「しばちゃんが何と言おうが俺たちは傍を離れてやらないからな」
「それはもうシンクにこびりついた水垢のようにしつこくな」
「さすがにうざいだろそれは」
「ははっ。それは頼もしいな。・・・ありがとう、みんな」
カンナ、届いてるか。お前の味方は確かにここにいるぞ。
「そのお話、我にも参加させてほしい」
「わ・た・し・も!」
「お邪魔させていただきます」
屋上の扉を開けて入ってきたのは3人の男女。一人称が「我」のちょっぴり変わっている人は、親衛隊一番隊隊長であり、新生徒会長を務める2年生の新藤友里恵さんである。そしてその後ろからひょっこり顔を出したのは、元生徒会長の3年生、一条陽菜乃先輩。音もなく扉を閉めたのが同じく3年生で陽菜乃先輩の従者の山崎信先輩である。
「突然お邪魔してすまない」
「やっほー後輩君久しぶり~」
「お、お久しぶりです」
武士然とした新藤さんとテンションが高い陽菜乃先輩、そしてその後ろで地面にシートを広げるザキさんとそれらを唖然と見る俺たち・・・うーん、カオス!
と、いうわけで5人+3人の計8人で話を進めていく。
「僭越ながら司会進行を務めさせていただきます、忠実なるお嬢様の犬である山崎信です」
(((おっとキャラ濃いの来たぞ~)))
元からいた5人の思考がシンクロした。少し見ないうちにザキさんのお嬢様愛が大きくなってないか・・・?それに、犬に例えるのは最近の流行りなのか?
「2年生の愛羽カンナ氏がとある男子生徒に振られたようだ、という噂が出たのが一週間前。それはあっという間に全校生徒に広まり、昨夜未明にネットニュースにて愛羽カンナ氏の失恋が報じられ、記事の中には告白した相手が同じ学校のMらしい、と書かれておりました。そして本日午前9時頃、この学校の掲示板に「愛羽カンナが告白したMは2年A組の御子柴智夏らしい」という書き込みがなされました」
「「「えっ!?」」」
だからみんな俺のことを見ていたのか。カンナのことが心配であんまり気にしていなかった。いつかバレるかも、とは思っていたがまさか今とは。
「午前10時30分ごろに何者かによってその投稿は消されましたが、すでに過半数の生徒が知るところとなっています」
何者か、ねぇ。ちらりと隣の人物に視線をやるが、涼しい顔をしているばかりでその表情からは何もわからない。
「ありがと、田中」
こっそりと田中にだけ聞こえるような声で礼を言う。
「なんのことだかさっぱりだ」
そう言って肩をすくめる様子はなんだかとても格好良く見えたのだった。
~執筆中BGM紹介~
涼宮ハルヒの憂鬱より「雪、無音、窓辺にて。」歌手:長門有希(茅原実里)様 作詞:畑亜貴様 作曲:田代智一様
読者様からのおススメ曲でした!