『芽吹く、春。』
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12月12日の12時に投稿!
鼓膜が破れた右耳もそのままに、冬瑚たちのもとへ向かう。キーンと耳鳴りが止まず、うまく音が拾えないが、それ以外には特に支障はないのでそのままの状態だ。
公園の中に入ってすぐに探し人たちを見つけたのだが、その異様な光景に声をかけるのをためらってしまう。
まず最初に目に飛び込んできたのは、右手に冬瑚、左手に津麦ちゃんを抱える田中の姿。そして3人の前には、砂場で正座する小鳥遊さんの姿があった。
「ちゃんと反省してるの!?」
激おこぷんぷん丸、という表現がぴったりと当てはまりそうな顔で小鳥遊さんを叱っているのは、田中の左腕に抱かれた津麦ちゃん。
「はい。私、小鳥遊ここなはお二人から可愛らしく見上げられ、そのあまりの可愛さのあまり鼻血を吹き出しました。それに加えて田中君の妹ちゃんが落としたリコーダーを鼻血を垂れ流したまま届けようとし、お二人を恐怖のどん底に突き落としてしまったこと、誠に反省しております。大変申し訳ありませんでした」
深々とその場で頭を下げる小鳥遊さん。砂場に正座したまま頭を下げるので頭がおでこまで砂にめり込んでいる。そのまま頭から埋まりそうな勢いだ。
所々聞き取れない部分はあったが、聞き取れた言葉を繋ぎ合わせていく。もしも小鳥遊さんの言っていたことが本当なのだとしたら、やはりかなり危ない変態というわけで。・・・一体どうしてくれようか。
「ふん!小鳥遊相手にビビるわけないじゃん!ね、冬瑚?・・・冬瑚?」
こちらからは冬瑚の背中しか見えないので表情はわからないが、どうやら冬瑚は上の空のようだ。
「冬瑚ちゃん?どした?疲れたか?」
「ほへ?全然疲れてないよ?」
「冬瑚、顔赤いよ?大丈夫?」
冬瑚の体調がよろしくないようなので、3人と1匹の変態の元に駆け寄る。
「とう、」
冬瑚、と呼ぼうとしたときだった。俺の脳内に突然、初めて携わった現在放送中の恋愛アニメ『最後の恋を、君と。』で作ったとあるBGMが大音量で流れ出した。
なんだなんだ!?一体どうした俺の脳内!?
驚いたまま足は止めずに向かうと、途中で俺の姿に気付いた田中が俺の方を向く。そして右腕に抱えていた冬瑚の表情もこちらから見えた、瞬間。BGMが一番の盛り上がり部分になった。
うるうると大きな瞳を熱っぽく不安げに揺らしながら田中を見つめる冬瑚。白磁のような白い顔には朱色が浮かんでいる。そして俺の脳内に流れているBGMは、ヒロインが恋に落ちたシーンで流した『芽吹く、春。』という曲だ。
「しばちゃー、ん!?」
「あ!夏兄!・・・あれ?夏兄?」
「しばちゃんお兄ちゃんじゃん!なんで石像みたいに固まってるの?」
走ってるフォームのまま、石のように固まっている智夏。それを見て戸惑う3人。小鳥遊は正座したまま顔だけを智夏に向けて、「変な人がいる・・・」とでも言いたげな表情をしている。
女の子の成長は早い。これを聞いた時は他人事のように考えていた。だってまだ小2だぞ?って。けれど俺の想像なんかよりも遥かに速いスピードで冬瑚の情緒は成長していたようだ。
あぁまさかこんなにも早いなんて。冬瑚がこ、こ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・恋を、するなんて。
しかもそのお相手は田中!料理・家事もできる。頭もいい。弟妹の面倒もきっちり見てる。両腕に子供2人を抱えられる筋力もある。俺よりも足が速い。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・非の打ちどころがないじゃないか・・・!
いずれ冬瑚が大きくなり、「この人と結婚するの」と言って田中を連れてきた日には俺はどうすればいいんだ!?田中なら必ず冬瑚を幸せにしてくれる。それは田中の友人としてよくわかっている。でも、冬瑚の兄としては!素直に「わかった」とは言えないぃぃぃぃ!
「夏兄?」
いつの間にか俺の目の前まで来ていた冬瑚が俺の頬に手を当てる。
「冬瑚・・・」
がばりと心配げな表情を浮かべていた冬瑚を抱きしめる。
「ゆっくり、ゆっくり大人になってくれぇ」
「夏兄?どうしたの?」
「なんで18歳なんだー!!もう少し引き上げてくれー!!」
結婚可能年齢が18歳とか、早いー!!タバコとお酒と結婚は二十歳になってからでお願いします日本政府ー!!
「夏兄変だよ、どうしたの?」
「しばちゃんお兄ちゃんの頭変だね」
「こら、津麦。思ってても言っちゃいけないことだぞ」
変、か。「変」って漢字、「恋」に似てるよな。・・・目の前に事実を受け入れられなくて、わけのわからない思考に陥ってしまった。
「対象年齢引き上げの件、このわたくしめにお任せくだされ。救世主」
「おわぁっ!」
「誰!?」
「「さっきの変態だー!!」」
急に話に割り込んできた男に驚いたが、その顔は先ほど見た顔である。まさか追いかけてくるとは。ていうか、さっきの変態?冬瑚と津麦ちゃんの言葉を聞いて、すぅっと表情の抜け落ちた鋭い視線を男に向ける。
「てめぇ、あれだけの力で股間を強打したのに、まだ向かってくるか・・・!」
変態、子供好きの小鳥遊の方が唸り声のような怒声を浴びせる。なるほど、最初に会ったときに男が股を押さえていたのはそういうことか。
「その節は、大変申し訳ございませんでしたーーー!!!!!」
そう叫ぶと、男は飛び込む勢いで砂場に頭から突っ込んで土下座を披露したのだった。
「そちらのお二人には、八つ当たりのようなことをしてしまいました。心の底からお詫び申し上げます!そして我が救世主!酷い言葉を浴びせ、あまつさえ暴力を振るってしまい、誠に、誠に、、、!」
「暴力!?」
「夏兄ケガしてるの!?」
暴力という単語を聞いてしばちゃんと冬瑚が心配して俺の姿を確かめる。すると目敏く田中が俺の右耳を見る。
「少し血が出てる」
「あーちょっとかすったから」
「血!?冬瑚バンソーコー持ってるから使って!」
「いや、傷は耳の中だから貼れないかな」
破れた鼓膜に絆創膏は貼れないだろう。心配してくれてありがとう、と冬瑚の頭を撫でていると・・・。
「耳の中?しばちゃん、もしかして鼓膜破れたんじゃねぇか?」
「多分ね」
と言うと、黙って会話を聞いていた男がわなわなと震えだして叫びだす。
「私は一体なんということを・・・!救世主の鼓膜を破ってしまっただなんて!あぁ、あぁ!これはもう腹を切ってお詫びするしか、」
「いやいや!切腹はやめてください!掃除をする人が大変です!」
「そっちかーい」
横で田中がずっこけているが、構わずに続ける。
「それに、俺のせいで人が死んだとか、夢見が悪すぎます」
「なんと寛大なお言葉!わかりました。私、自首して参ります。対象年齢引き上げの件は出所後になってしまいますが・・・」
「自首は当然だな」
田中が憮然と言い放つ。
俺から言いたいことは山ほどあるが、とりあえず
「救世主って呼ぶのやめい」
~執筆中BGM紹介~
赤髪の白雪姫より「やさしい希望」歌手・作詞:早見沙織様 作曲:矢吹香那様 編曲:前口渉様