暖かな灯り
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田中がヒーローの如く冬瑚と津麦の元へ駆けつけている頃、智夏は最愛の妹たちの姿を探して公園内を爆走していた。
「おかーさーん。変な人がいるよー」
「しーっ!」
なんて言われていることには気づきもしないくらいには余裕がなかった。ほんの少しの手がかりも見落としたくないので視界を塞ぐ眼鏡を外し、名前を呼びながら走る。
「冬瑚ー!!津麦ちゃーん!!」
田中から送られてきたスクショ画像からわかったことは、二人は公園にいるだろうということ。泣いている二人の後ろにうっすらとジャングルジムのような遊具が映っていたのだ。校門付近で追いついた田中から教えてもらった情報によると、小学校付近の公園でジャングルジムが設置してある公園は2つ。田中は西の公園に、俺は東の公園に手分けして探しに来たのだ。
一通り公園内を走り回ったが、二人はいなかった。どうやら二人は東の公園ではなく、田中が向かった西の公園にいたらしい。そう判断した瞬間、踵を返して東の公園に向かって走る。
「やだ。めっちゃイケメンが走ってんだけど!」
「あ!あの制服うちのやつじゃん!」
「あんなイケメンいたっけ!?写真撮っとこ!」
なんて会話も当然耳に入ってこなかった。一心不乱に走って走って、公園の手前の歩道橋を渡る。ただでさえ少ない体力が階段を上ることでさらに削られていく。
「くそっ、体鍛えてればよかった・・・!」
ないものねだりだとはわかっているが、体力・筋力・瞬発力が今すぐ欲しい。息も絶え絶えに階段を登り切り、下りの階段に向かって足に鞭打ちながら走る。
下りは数段飛ばしで勢いそのままに降りていく。最悪転げ落ちても走れれば問題ない。目的の公園はもうすぐそこだ。一番下の段になんとか着地し、歩道に出ると、すぐ目の前に人がいたので慌てて避ける。
「げっ、、!」
無理やり避けたせいで足首がぐにゃりと曲がったが気にしないことにする。ぶつかりそうになった人物はどこか体調が悪そうに体をくの字に曲げながら、というか股を押さえながら真っ青な顔をしてぶつぶつ独り言を言いながら歩いていた。
「あのアマっ!絶対許さんからな!痛い目に会わぜでやる・・・!あの青い目のガキ共も調子に乗りやがって!!!」
青い目・・・?およそ2年ほどこの街に住んでいるが、自分以外の青い目をした人物には外国人観光客以外会ったことはない。ただひとり、妹を差し置いて。
がしっと小太りのアルコールの匂いがきついおっさんの肩を掴む。
「ちょーっとお話聞かせてくださいます・・・?」
「誰だてめぇ!?オデに触るんじゃねぇっ」
唾を喚き散らしながら手を振り払う男。うわ、くさっ!男が口を開いた瞬間にタバコやら酒やらニンニクやらの臭いがむわっとやってきて思わず顔をしかめる。
「あん?てめぇもあのガキと同じ青い目・・・ふざけやがって!誰の許可を得てこの国歩いてんだっ!出てけぇ、オデの国から出てけぇ!!」
「は?頭沸いてんのか?ここはてめぇの国じゃねえだろ」
冬瑚の教育上、良くないので汚い言葉は使わないようにしていたのだが、あまりの胸糞悪さについ使ってしまった。
「誰に向かっで口きいてんだこのガキー!!オデはなぁ!徳川の家臣の末裔なんだぞ!!」
「だから?」
そんなどうでもいいことよりも、こんな調子で冬瑚につっかかったのかと思うと腸が煮えくり返りそうで、そんな自分の激情を抑え込むのに必死だった。
「オデをもっと敬えって言っとるんだっ!!」
嫌な3K・・・なんだっけ?汚い、くさい、・・・気色悪い?だっけ?そのすべてをこの男、網羅してやがる。人間、怒りが限界を突破するとどこまでも冷静になるものらしい。マグマのような感情が腹の中に次から次へと湧き上がってくるが、思考はどこまでもクリアである。
「偉いのはあんたの先祖であってお前自身ではないだろ。だいたい敬ってほしいのならそれ相応の行動をしろってんだ」
親が偉いから敬え、ならともかく、先祖が偉いから敬え?しかも自称徳川の家臣(笑)の末裔に?ありえないだろ。
「うるさいうるさいうるざい!!オデに指図するな!口答えするな!さっきのガキどもといい、お前といい、大人の怖さを教えでやる!!」
こいつ滑舌大丈夫か?と思っていると、ソーセージのような指を握りしめ拳を作り、俺に向かって振り上げた。その姿が、重なる。暴力を、理不尽を振りかざすその姿が、あの男に。目の前の男が、かつての父親の姿に重なって見えて。
自分の体ではなくなったかのように、1ミリも、指先さえも動かすことはできなかった。
そのまま男の拳が俺の右頬をかすり、右耳に当たる。ぶちっ!という音の後、キーンと耳鳴りがなった。どうやら肉団子のような拳のパンチでも鼓膜を破るくらいの威力はあったらしい。
・・・今のではっきりとわかった。俺の中にはまだ、あいつがいる。あの男が死んで2年経ってもなお、囚われ続けている。恐怖が刻み込まれている。
「ふっ」
だっせぇな、俺。自嘲めいた笑いがこみあげてくる。これを聞いて怖がっていると思ったのか、幾分か気分よさげに男が話し始める。
「オデに逆らうからいけないんだ!」
みたいなことを叫んでいると思われるが、鼓膜が片方破れているのでうまく聞き取れない。聞こえたところで得はないだろうが。
恐怖で体が動かなくなってしまうほどに弱く、情けない自分。だが、こんな俺でも、好きになってくれた人がいる。支えてくれた人がいる。励ましてくれた人がいる。
『智夏クン』
『智夏』
『智夏君』
『兄貴』
『夏兄』
『夏くん』
『しばちゃん』
心の中には、彼らがいる。真っ暗な闇に囚われそうな心に、暖かな灯りをともしてくれる。眩しいほどの光に照らされて、心の底に絡みついていた闇がほどけていく。
「おじさん、どいてくれる?」
今、無性にみんなに会いたい。冬瑚のことはもちろん心配だが、田中が向かったから大丈夫だ。今ならそう思える。
「なっなんだと、」
もう一度拳を握ろうとした男が、智夏の顔を見てその動きを止める。あまりにも綺麗な、無垢な笑顔に虚を突かれたのだ。殴られる前とは別人のような顔つきに、戸惑いが隠せない。そして言われるがまま、足が勝手に道を譲るために後ろにずれる。
「ありがとう」
「っ!」
去っていく後姿を男は見つめる。その目には涙が浮かんでいた。「ありがとう」と人から言われたのはいつ以来だろうか。嘲笑じゃない笑顔を向けられたことも、ついぞ記憶にない。親に「お前は偉い」「英雄の末裔だ」と育てられ、30過ぎても図体だけの大きな子供のようになってしまった。周囲に当たり散らして、親の脛をかじって、酒に溺れて。しまいには幸せそうに笑う小学生に声をかけてしまった。自分でも何がしたかったのかはわからない。ただ、他人が幸せそうなことが気に喰わななかったのだ。
けれどようやく、自分の愚かさに気付いた。あの青年が気づかせてくれた。あぁ、オレは恩人になんてことをしてしまったのだろうか・・・!殴りかかって、耳に拳を当てるなど・・・!万が一にも鼓膜が破れていたら、もう腹を切ってお詫びするしかない。
いまからでもやり直せるだろうか。それはあまりにも虫が良すぎるだろうか。いや、それでも。まずは迷惑をかけた人たちに謝ってまわろう。うん、そうと決まれば早速さっきの青年を追いかけて謝罪しよう!いや別に、もう一度会って名前を聞きたいとかそういうんじゃ、な、ないんだからね!
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~執筆中BGM紹介~
獣の奏者エリンより「雫」歌手・作詞・作曲:スキマスイッチ様
智夏の無垢なる笑顔は人を変える・・・!?