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小さな騎士様

最近こたつを出したらダメ人間になりました。




登校時間の少し前。人気(ひとけ)のない廊下を冬瑚と手を繋ぎながら歩き、やってきたのは職員室。


「今日から冬瑚のこと、よろしくお願いします」


腰を直角に折って梅野(うめの)小学校2年1組担任の入江(いりえ)恵美(めぐみ)先生に挨拶をする。俺に倣って冬瑚も隣でぺこりとお辞儀をする。


「よろしくおねがいします!」

「ちゃんと挨拶できて偉いね。御子柴さんのクラスの担任の入江恵美です。今日からよろしくね!」


しゃがみこんで冬瑚と同じ目線の高さになって話す入江先生。この人になら安心して冬瑚を任せられそうだな。


冬瑚とにこにこと挨拶を交わし終えると、立ち上がり俺の前に立つ入江先生。


「立ち話もなんですし、奥にどうぞ」


言われるがまま冬瑚と2人、先生についていく。職員室の奥には衝立で作られた簡易的な談話スペースに2人掛けのソファーが2つ、机を挟んで向かい合っていた。


「お掛けください。冬瑚ちゃんも。今お茶用意しますね」

「いえ、お構いなく」

「いえいえ」


冬瑚と2人でソファーに隣り合って座りながら小声で話す。


「職員室って緊張するよね」

「夏兄も緊張するの?実はね、冬瑚も緊張してるの」

「そっか。それならお揃いだ」

「お揃いだ!」


登校する前はさすがの冬瑚も緊張した面持ちだったが、今は笑えてるみたいで安心した。話している間にお盆にお茶の入った紙コップを二つ乗せた入江先生がにこやかな表情でやってきた。


兄妹(きょうだい)仲が良いみたいで」

「うん!夏兄と冬瑚は仲良しなんだよ!」


デレッと顔面が崩壊しそうになるのをなけなしの理性を総動員して何とか回避する。危ない危ない。


「電話で事前に冬瑚ちゃんの事情はお伺いしました。このまま芸能活動を続けていくことも。こちらも微力ながらサポートさせていただきます」

「よろしくお願いします」


冬瑚は声楽の仕事は一旦お休みし、声優などの子役としての芸能活動のみを続ける。そして芸名が『由比冬瑚』から『御子柴冬瑚』に変わった。冬瑚は名前が変わったことに関しては落ち込むどころか喜んでいた。


「ねぇ、冬瑚ちゃん。前の学校ではたくさんお友達がいたのかな?」

「友達……はあんまりいなかったの。でも親友がいるから毎日楽しかったよ!」

「そっかぁ。親友の子と離れ離れになっちゃったのね」

「うん…」


冬瑚が家に来て3日後には転校の手続きが済んでいたため、冬瑚は転校が決まった後に親友の”りょうちゃん”に転校のことを直接家まで赴いて話したのだった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「冬瑚がうちに来るなんて珍しいね。どうしたの?」


りょうちゃんが無表情でそう告げる。いや、俺の目からはそう見えるだけであって、親友の冬瑚から見たら表情はわかるのかもしれない。


「その人たち、だれ?」


冬瑚の後ろに立っていたのは香苗ちゃんだけだったが、冬瑚のことが心配で堪らなかったので俺と秋人もついていっていたのだ。こっそり門の影から覗いてたつもりだったが、どうやら見え見えだったらしい。大人しく門の影から玄関の前に移動する。


りょうちゃんの家はさすがと言うべきかかなり大きい家だ。そもそも冬瑚の通っていた小学校がお金持ちの子息子女が集まるような所だったので当然と言えば当然なのだが。


「……冬瑚?」

「りょうちゃんあのね。冬瑚、て、て、」

「て?」

「転校、することになったの」

「…え?」


ずっと無表情に見えていたりょうちゃんの目が冬瑚の言葉に大きく見開かれる。


「お引越しして、ここにいるみんなと一緒にこれから暮らすの」

「そう、なの。この人たちは、冬瑚のなに?」

「家族だよ。大切な冬瑚の家族」

「そっか」


と言うとりょうちゃんが一歩前に出て俺たちを厳しい目で見上げてきた。


「冬瑚のこと、大切にしてくれますか?」

「うん。一生大切に育てていくと約束するわ」


香苗ちゃんがその問いに答える。俺たちも力強く首を縦に振る。


「もう二度と、冬瑚に悲しい思いをさせないと誓いますか!?」


りょうちゃんは、冬瑚の無二の親友は、知っていたのだ。冬瑚が家でいい扱いをされていないことに。ずっと冬瑚を、その心を守って支えてくれていたのだ。


「誓う。誓うよ、りょうちゃん。もう二度と冬瑚を悲しませない」


この小さな騎士様に、最大の敬意をはらう。


「ありがとう。今まで冬瑚を守っていたのは君だったんだね」

「守ってなんか、ない。見てることしかできなかった。なにも、できなかった。ただの弱虫だ」

「違う!りょうちゃんは弱虫なんかじゃない!!」


りょうちゃんの言葉を聞いた冬瑚がそれを否定する。


「冬瑚のこと、ずっと見ててくれた。守ってくれた。ありがとう、ありがどぉー!!」


涙を流しながらりょうちゃんに飛びつく冬瑚。それを抱きしめるりょうちゃん。


「本当にありがとう。君は弱虫なんかじゃない。立派な騎士(ナイト)だよ」


俺の言葉を聞いて、涙が流れる頬を冬瑚の肩に押し付けて嬉しそうに笑った、ように見えた。


「と、とーこ。もう、寂しい思いしなくてすむね」

「うん、うん…!」


「何かあったら、電話してね」

「何かなくても電話する!毎日電話する!」

「毎日はちょっと、いやかな」

「りょうちゃん!そんなところも好きだよぉおおお」


泣きながら笑いあう二人。この二人はきっと、大人になっても親友だろう。壊れることのない、ゆるぎない絆。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





別れのときを思い出していたのか、明らかに冬瑚がしょげていた。そんな様子を見た入江先生が優しく冬瑚に語り掛ける。


「冬瑚ちゃんの親友はとっても素敵な子だったのね」

「うん…」

「その子は今、学校できっと冬瑚ちゃんと同じ思いのはずよ」

「同じ、思い…?」

「冬瑚ちゃんが一人でいませんように。寂しい思いをしていませんように、って」


優しくて強いあの子なら、きっと入江先生の言った通りのことを思っているはずだ。そういう子だった。そしてそれは冬瑚も同じ。


「うん、冬瑚もりょうちゃんが寂しい思いをしないように早く友達ができるといいなって思ってた。そっか、同じだよね。だって親友だもん!」


新しい友達を作ることがきっと不安だったのだ。りょうちゃん以上の友達がこれから先現れるはずがないと思っているから。実際現れる可能性は低いのかもしれない。それでも、未来は誰にもわからない。


「そうだな。それに冬瑚。親友の親友は親友だから。冬瑚にもし新しい親友ができたとしたら、その子はきっとりょうちゃんとも親友になれるよ」

「ほんとだ!夏兄すごい!」


俄然やる気が出てきた冬瑚の頭をよしよしと撫でる。こんなにチョロ、素直な子で大丈夫だろうか。とりあえず親友より先に友達を作るところからだろうけど。


ゆるぎない絆…未来は誰にもわからない……矛盾している、だろうか。変わらないものなんて、ないのかもしれない。客観的に考えてみてようやく理解した。変わらないと思っていたカンナとの関係も……。そのことにようやく気づいて、目の前の広大な未来に途方に暮れるのだった。







「は、初めまして!ゆ、違った。御子柴冬瑚です!よろしくお願いします!」


緊張のあまり由比と名乗りそうになる冬瑚。コンサートの時よりよほど緊張した面持ちで、見ているこちらまで緊張してきた。


「「「…」」」


廊下からこっそり教室を覗いているが、冬瑚のような金髪の子は誰もいない。金髪青目の美少女が転校して来たら、そりゃ言葉を失うわ。でも、誰か何か話して!冬瑚が何か間違ったかと焦ってるから!


「冬瑚ちゃんは日本語しか喋れないから、みんな安心しておしゃべりたくさんしてね!」


先生からの謎のフォロー?が入る。


「冬瑚ちゃんの席はあそこ。窓際の席ね」

「はい」


ランドセルの肩ひもをぎゅっと握りしめて席まで俯いて歩く冬瑚。ああああ、できるなら代わってやりたいぃぃ。代わったところで俺にできることなどないだろうが。でも、でもぉ…!


席に座ると、勇気を振り絞って隣の席の女の子に声をかける冬瑚。あれ?あの子もしかして…


「あの!教科書まだないから、見せてもらってもいいかな?」

「…………可愛い」

「へ?」

「とーこちゃん!津麦(つむぎ)とお友達、ううん。親友になって!」

「ほんと!?」

「うん!今から親友ね!」

「わかった!」


…!?…………うん。まぁ、あれだ。念願の親友ができてよかったな。しかも相手は田中の妹の、以前一緒に遊んだ津麦ちゃんだ。性格的にも相性良さそうだし、とりあえず一安心かな。


それにしても、親友ってこういう風になるものなのか…?





~執筆中BGM紹介~

Noirより「きれいな感情」歌手・作詞・作曲:新居昭乃様

読者様からのおススメの曲でした!

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― 新着の感想 ―
[一言] 小学校で幼女を物陰からこっそりと見ている男子高校生・・・状況を客観的に抜き出すとお巡りさんを呼ばれて然るべきですな。 ・・・通報しました。
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