お金のにおい
「1話の反応かなり良かったですねー」
「炎上しなくて良かったです」
放課後、ドリボに出社し、犬さんと防音室で話し合っている。2クール放送(全24話)で使う音もあらかた作り終わり、残すは1曲のみ。
「あとはヒロインのレクイエムですね」
「そうなんですよねーなぜか荒々しいレクイエムしか出来なくて」
レクイエムとは鎮魂歌のことである。最終回で『月を喰らう』のヒロインが激闘の末に亡くなった仲間に向けて歌う曲。詩は原作者が書いてくれたのだが、作曲が難航している。
「智夏君は普段はどうやって曲を作ってるの?」
「自分の体験に置き換えてやっていると言いますか、うーん、うまくは言えないんですけど」
犬さんは「そっかー」と腕を組みうんうん唸っている。
「身近な人が亡くなったことは?」
「…あります。けどその人をイメージしたから、多分荒々しい曲しかできないのかと」
「あんま良いイメージない人なんだね、その人」
犬さんは変に遠慮せず、思ったことを言ってくれるので、接していてとても楽である。
「それじゃあ今、親しい人が亡くなったとしたら?どんな曲になる?どんな想いを込める?」
「親しい人…」
真っ先に思い浮かぶのは秋人の顔。それから香苗ちゃん、田中、犬さん……この一年でたくさんの繋がりができた。もしこの人たちが亡くなったら。俺は何を想う?
―悲しい、寂しい、会いたい
本当に色々ある。だがレクイエムは死者に向けた歌。こんな感情を曲にしたら、きっと心配で安らかに眠ることなどできない。だから、曲にのせる想いは、
―私たちは大丈夫、安心して、旅路について
安心して次の命に向かえるように。憂いを残させないために。
「ありがとうございます、おかげでいい曲ができそうです」
「そりゃあ良かった」
「今から弾くので聞いてもらっていいですか?」
「いいよー」
想いを音に乗せて曲を紡いでいく。今日、音楽室で弾いたような荒々しい弾き方ではなく、一音一音に思いを込めて鍵盤に指を乗せる。
「こんな感じでどうですか?」
「……安らかに眠れそう。召されそう」
「え」
「すっごく良いよこの曲。歌詞は1番までしかないのがなんだかもったいないくらい素晴らしい曲だよ」
「それじゃあ監督のところにデモ送りますね」
そう言って監督にデモを送った十分後。滅多に使わない支給品のスマホに電話が掛かってきた。
「みこちんのレクイエム最高だよ!!ちょうど原作の鷲尾先生と電話してたから聞いてもらったの!そしたら2番の詩も書くので、是非曲にしてくださいって!!すごくない!?ねぇねぇ!!」
「え、えぇ。すごい、ですね」
監督である、五十嵐雅の声が大きすぎて思わずスマホを耳から離す。危うく鼓膜が破れるところだった。ちなみに俺のことは「みこちん」、もう一人の御子柴である香苗ちゃんは「かなちん」と呼び分けている。
「それでね!かなちんに相談したんだけど、このレクイエムをエンディング曲と同時に発売しよう!!絶対売れる!お金のにおいがぷんぷんする!!」
わずか十分で原作者に話をつけ、プロデューサーに話を持っていくとは、なんという行動力。巻き込まれた人が可哀想になってくるレベルである。巻き込まれてるの俺だけど。
「あ!今2番の歌詞届いたから送るね!!それじゃあよろしく!」
え?歌詞届いた?こんな短時間で?うそだろ?監督もヤバいけど原作者の鷲尾先生も相当ヤバいな。
通話を終えたスマホの画面を見つめながらしばしフリーズする。
「智夏君、歌詞来たよー」
「あ、はい。今確認します」
レクイエムの1番の歌詞は、仲間に向けたもの、そして今作られた2番の歌詞は敵に対するもの。これはなかなか難しい。だが、不可能ではない。1番と主軸は同じだが、所々雰囲気を変えていく。歌詞が来てから2時間で曲が完成した。それをまた監督に送る。
「10分後に電話が掛かってくるに一票」
「それじゃあ15分後に電話に一票で」
犬さんとしょうもない賭けをしていると、扉が勢いよく開いて、五十嵐監督が飛び込んできた。
「予想以上だよみこちん!!」
答えは5分後に抱きしめられる、だった。五十嵐監督の豊満な胸に顔が沈み、息ができない。やばい、このままじゃ窒息死する…!
「くぁんとく!はなふぃてるだしゃい!!」
監督!離してください!!と言ったつもりがうまく音にならなかった。それでも意図は伝わったらしく、名残惜しそうに拘束が解かれる。
「ぷはぁっ、はぁ、はぁ」
「めんごめんご、興奮してつい」
つい、で殺されかけてはたまったものではない。
「明日5話のアフレコ終わったらヒロインのなるちんに歌ってもらうことになったから!みこちんも来てね!」
「歌を録るのは18話の後では?」
「前倒ししてもらったの!最終話の翌日から曲を売るから!」
なるほど、この嵐のような人の一番の被害者は、なるちんこと、ヒロインの声を演じる人気声優の鳴海さんだな。
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そして翌日の学校。
「ねぇあの2人って、あの人たちじゃない?」
「あ!『ピアノ陰キャ』と『美女の正妻』ねー」
彼女たちはきっと本人たちに聞こえているとは思っていないのだろう。だがしかし、女性の声は高く、廊下などでは特によく響く。したがって聞きたくなくても聞こえてしまうのだ。
「『ピアノ陰キャ』は百歩譲ってまだわからなくもない。けど『美女の正妻』ってなんだ……?」
「昨日のお昼の会話が聞かれてたっぽいね」
「そもそも俺『妻』じゃねぇし!」
「どうどう」
荒ぶる田中を宥めつつ、廊下を歩いていく。目的地は美術室。近づくにつれて、だんだんと懐かしい油絵特有の臭いが漂ってくる。
「今日って確か人物画だよな?」
「そうだね。鉛筆一本で描くんだって」
「難しそうだな」
「そうかな?色を使う方が難しくない?」
「は?逆だろ」
「え?田中が逆でしょ」
「「え?」」
どっちが難しい論争は果てが無い。終わりなき戦いである。
「それじゃあくじ引きでペアになった人の顔描いてね~」
授業が始まり、いきなりくじを引いたと思ったらコレである。そして目の前には楽しそうな顔で笑う香織の姿が。
「よろしく、智夏君」
「あぁよろしく、香織」
人物を描くにはまず観察。じっと香織の顔を凝視する。本当に綺麗な顔である。顔のパーツの配置が素晴らしい。
「綺麗だな」
思わず声に出てしまった。
「にゃっ!いきなりにゃに!?」
「にゃ?」
顔を真っ赤にしながら腕をぶんぶん振り回す香織。言葉に猫が混ざっている。どうしたのだろう。
「綺麗な顔だなと思って」
「~っ」
すっすっと鉛筆をスケッチブックに走らせていく。
「私だけドキドキするのは不公平だよね」
小声で香織が何か言っているが聞き取れなかった。
「智夏君!こっち見て!」
スケッチブックから顔を上げると思ったよりも至近距離に香織の顔があって驚いた。
「「……」」
目をそらしたら負け、というやつだろうか。一体なにが正解なんだ。妙に緊張して思わず目をそらしてしまった。
「にししっ今度は私の勝ちだね」
ドヤ顔で勝ちを誇る香織の姿に目を奪われる。この表情すごく好きだ。
「早く描かないと授業終わるよ」
「やばっ早く描かないと!」
互いに鉛筆を動かすこと数十分。
「それじゃあ描いた作品を相手に見せてくださーい」
「「せーの」」
ばん、とスケッチブックをお互いに見せ合う。
「え、うまっ。っていうかなんでその顔なの~!!」
俺が描いたのは香織のドヤ顔。仮にも絵を描いて日銭を稼いでいた身だ。我ながらうまく描けたと思う。
「香織の絵は、個性的だな」
「素直に下手くそだって言いたまえよ、智夏君」
「下手っていうか、エジプトとかの壁画に通ずるものを感じる」
「その感想を私はどう受け止めればいいのかな?」
「しばちゃんどんな感じーって、うますぎだろ!」
田中の声を皮切りに次々と生徒たちが絵をのぞき込み、次々と感嘆の声を上げる。
「御子柴、絵もすげーな!」
「ほんとに、プロになれそう」
「なんでこの表情?」
この授業から『ピアノ陰キャ』とともに『美術陰キャ』とも噂されるようになった。『陰キャ』を付けないと気が済まないのかこの学校は。
そしてこの日の放課後、頭上から花の鉢植えが落ちてきたのだった。
本当は昨日投稿するつもりだったんです・・・連日投稿できない病を患っておりまして・・・。すみまそん。