戦略的撤退
タイトルがいかつい・・・と言ったら代替案を読者様が提案してくださいました!
2020/12/03サブタイトル変更しました。提案ありがとーございます!!
「私、あなたが好き」
「大好き」
「だからね、智夏。私を」
「振って」
初めて受けた告白は、驚きと喜びと、ほんの少しの罪悪感。
カンナが俺のことを好きなことに驚いた。
好意を真っすぐにぶつけられて嬉しかった。
カンナと同じ思いを返せないことに、罪悪感を抱いた。
「カンナと同じ気持ちを、俺は返せない」
俺の言葉に、告白の返事にカンナは泣きそうに笑って、どこか安心したように
「うん、知ってる。振ってくれてありがと」
と言った。ちりりと胸に違和感が生じる。この違和感の正体を、俺はもう知っている。これは”心の痛み”。友を傷つけたことへの痛み。だが、俺なんかよりカンナの方が傷ついている。もっと痛みを感じているはずだ。
「じゃあね、智夏」
と言い残して空き教室から去るカンナ。しばらくその場に突っ立ったままだったが、ふと我に返る。
「メガネ持ってかれちゃったな・・・」
ふらふらと教室を出て玄関に向かう。途中で何度か生徒とすれ違ったときにコソコソ何かを言われた気がするが、それに構う余裕はなかったのでそのまま薄暗くなった外に出る。
高校から家まではかなりの距離があるがそのまま歩いて帰った、らしい。なにせ記憶が定かではなかったのだ。いつもは香苗ちゃんに送ってもらうかバスで家まで帰っている時間を過ぎても俺が帰ってこないので、香苗ちゃん達はかなりパニックになっていたらしい。家に帰るなり全員にタックルのような強めの抱擁をされ、後ろにそのまま倒れた。
「夏くん一体どこ行っていたのー!?」
「兄貴のバカヤロー!!」
「夏兄生ぎでだぁぁぁ!!」
玄関の時計を見てかなり遅い時間になっていたので驚いた。
「3人とも心配かけてごめん。それと、ただいま」
「「「おかえり」」」
「とりあえず、3人とも降りて、くれる?」
さすがに3人分の体重を体の上に乗せたままなのはちょっときついというか。肺に酸素が送られなくてかなり息苦しいというか。あれ・・・なんか意識が・・・
「あれ?夏兄?」
「うわぁぁ夏くーん!!」
「あ、ごめん兄貴」
いや、ごめんより先にみんな俺の上から降りて・・・・・・がくっ
俺の上に人が倒れこんできたのはこれが二回目。一回目はそう、カンナと初めて会ったときだった。俺の顔を見た途端に「イケメンだぁあああああ!!」と叫んだのだ。このときも、そんなことより俺の上から早くどいてくれって思ってた気がする。
変わらない。俺もカンナも。あの頃から何も。そう思っていたのは俺だけだった。季節が巡るように人もまた変わっていく。
オーディションを受けては落ちてを繰り返していたカンナは、今や人気声優の仲間入り。メインキャラの役を演じるまでになった。学校でもカリスマ的人気を誇っており、親衛隊までいる。
俺もカンナと出会った頃はサウンドクリエイターのことや、作曲のことを犬さんに教わっている最中で、本当に俺がアニメのサウンドクリエイターになれるのだろうか、と不安に思っていた。しかし今はありがたいことに途切れることなくアニメの仕事に携わることができている。
カンナと互いに励まし合い、時には檄も飛ばしながらここまで来た。声優とサウンドクリエイター、立場は違くともアニメ業界に携わる仕事。カンナは俺にとって友人・・・よりもっと、戦友のように思っていた。いや、それは今でも変わらない。
だから、俺がカンナを恋愛対象として見ることはない。それはこれからもきっと。それに俺には既に心に決めた人がいる。それを全てわかった上でカンナは「振って」と言ったのだ。カンナがカンナであるために。これからも戦友として、振舞えるように。俺が一方的に振っていたら、きっと今までのような関係には戻れなかっただろうから。
優しくて強い戦友。きっと俺よりも素敵な人がカンナには待っている。できるなら、なるべく早くカンナの前にその人が現れますように。強い彼女を支えられるような人が、どうか現れますように。
「あ、夏兄起きたよ!」
「晩ごはん温めなおしたから早く食べて」
「・・・」
「秋兄!夏兄が反応しないよー!」
「兄貴?寝惚けてんのか?」
「なになに?夏くんが寝惚けるなんて珍しいわね」
冬瑚と秋人、遅れて香苗ちゃんが俺の様子を覗きに来る。・・・てーい!
「「「うわぁ!」」」
さっきのお返しに3人をまとめて押し倒してみたが、これが存外楽しい。
「あはは!」
と笑っていると、
「夏兄ー!おりゃー!」
「ちょ、冬瑚、それ僕の腕・・・ぐはっ」
「秋君顔面ダイブしたけど大丈夫!?」
「冬瑚、コショコショコショ~!」
「きゃはははっ!夏兄!やめて~!」
この後鼻の頭が真っ赤になった秋人にしこたま怒られた。冷めてしまった晩ごはんはサイド温めなおして食べてもおいしかった。
「えぇ!?明日と明後日、香苗ちゃんいないの!?」
「そーなのよ。昔お世話になった人が亡くなってね。ちょっと遠い場所に住んでる人だから泊りがけで行くことになったの」
昔って、香苗ちゃんそんな歳じゃないよな?あれ?そんな歳なのか?まぁこういうのを口に出しても顔に出しても逆鱗に触れてしまうのでこれ以上は何も考えないことにする。戦略的撤退である。チラリと香苗ちゃんがこちらを見たが特に何も言われなかった。俺は学習する男なのです。
「香苗ちゃん、明日ってたしか・・・」
「そう。冬ちゃんが新しい学校に行く日なの」
そういえば冬瑚が新しい学校に11月から登校するんだった。
「本当ならついていってあげたかったんだけど・・・」
「冬瑚一人でも大丈夫だよ!」
小学二年生の「一人でも大丈夫」はあてにならないものである。
「おっほん!ときに香苗ちゃんや。俺の学校が明日は創立記念日で休校なのですが」
「11月1日といえば休校だったわね!」
「冬瑚さえ良ければ、だけど」
「夏兄が一緒に行ってくれるなら嬉しい!」
可愛いやつめ。
「兄貴が?冬瑚と?いろいろと大丈夫かよ?」
可愛くないやつめ。
~執筆中BGM紹介~
.hack//G.U.より「優しくキミは微笑んでいた」歌手:三谷朋世様 作詞・作曲:福田孝代様