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あなたが好き

ブクマ登録、評価、感想、おススメの曲をありがとうございます!なにより本作を読んでいただけていること、本当に感謝しています!今後とも温かい目でよろしくお願いします。




彼が変わったと気付いたのはいつ頃だったろうか。悪い方向ではなく、とても良い方向に。目に見えて何かが変わったわけじゃない。彼の纏う雰囲気が、柔らかくなったのだ。それは雪解けにも似た暖かな変化で。


何が彼をそこまで変えたのか、私は知らない。ただ一つ確かなことは、その変化は私が起こしたものではないということ。ただそれだけが、私の分かることだった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




昼休みに、いつものように四人でお昼を取ろうと香織たちの教室に行ったら、智夏が会話の続きのような口調で言った。


「ということで家族が増えたよ」


蕩けるような笑顔、とはまさしくこの顔のことだろう。眼鏡と前髪で顔を隠していてもわかるくらいに残念な表情になっている。


「何が「ということで」よ。開口一番に言うセリフではないわ」

「家族が増えたってどういう・・・?」


智夏のわけのわからない言葉を指摘する。私の言葉に続いて香織がもっともな疑問を口にする。蕩けるような笑顔で「新しい家族ができた」とか言われたら、それはもうおめでたというやつだろうか。智夏の子、というわけではないだろうし・・・はっ!まさか香苗さんの子ども!?一体誰の子!?香苗さんって独身だったはず、だけど。


「わけあって離れて暮らしてた妹と一緒に暮らすことになったんだ。だから正確に言うと同じ家に住む家族が増えた、かな」


今まで見たこともないくらい嬉しそうな笑顔を浮かべる智夏。そっか、妹さんが。よかったよかったと言いたいところだけど、さっきの笑顔といい、今の笑顔といい、シスコンがちらついて見えるのは私の気のせい?


「妹さんはおいくつなの?」


気のせいだということにして、年齢を聞く。一つ下とかだったらこの学校に来るかもしれないわけだし。


「小学二年生の7歳だよ」

「7歳か~智夏君と結構離れてるね。可愛いでしょ?」

「かわいい」


さっきのような蕩けるような笑顔ではなく、真顔で言い切ったあたりに本気を感じる。やはりこやつ重度のシスコンなのでは。妹の可愛さについて怒涛の勢いで語りだした智夏を、私も香織も少し引き気味で見るのだった。






・・・やっぱり彼は、智夏は変わった。その可愛い妹さんが変えたのかな?・・・いいや、違うと否定する。妹さんの影響もあることは確かだろう。良い変化、智夏にとってはきっととても良いこと。そのはずなのに、どうして素直に喜べないの・・・?





放課後、日直の仕事を終えて職員室から玄関に向かう途中で、数メートル先に智夏の背中を見つけた。・・・前よし、後ろよし。辺りには誰もいない。うん、突撃!


風のように速く音を立てずに背後まで駆け寄り、腕を掴んで近くの空き教室に入る。


「え?え?カンナ?なに?どういう状況?」


わけもわからず空き教室に連れ込まれてちんぷんかんぷんな智夏。


ど、どうしよう。勢いで連れ込んじゃったけど、私は何をしたかったの?何を言いたくて、何を聞きたかったの?頭の中をクエスチョンマークがぐるぐると彷徨い、知らず知らず息が上がっていく。


「カンナ?とりあえず深呼吸しよう。大丈夫ゆっくりでいいから」


本当に、智夏は泣きたくなるくらい優しい。この優しさに何度も救われた。けれど今はその優しさが、苦しい。


私たちが使われていない空き教室に入ったことにより、積もっていた埃が舞う。それは夕日に照らされてキラキラと光り、この教室を特別な空間に演出していた。


「智夏は優しいよね。誰にでも」

「そう、なのかな?自分じゃよくわからないけど」

「私にも香織にも平等に優しい。・・・それがとっても残酷」


身勝手な言い分なのはわかっている。こんなにひどいことを言っても智夏は怒らないだろうこともわかっている。本当にずるい人間だな、私は。


「ねぇ智夏。最近変わったよね」

「変わった?」


急に話題を変えても私の話に付き合ってくれる。そんな風に優しいから、甘えたくなっちゃうんだよ。


「前はもっと、薄氷の上を歩いているような、ギリギリな感じだった。でも、今は心に余裕ができた感じ、かな。うまく言い表せないけど」

「心に余裕・・・。とある人に話を聞いてもらったんだ。多分それが心の余裕に繋がったんだと思う」


智夏の言葉を聞いて、予想が確信に変わる。溢れそうになる感情をこらえて、智夏のメガネを外す。無抵抗だったのであっさりとメガネを取ることができた。


「・・・?」


あぁやっぱり。この目。この綺麗な目。私と同じ、恋をしている目だ。大切な人を想う目。


「智夏」


初めて会ったとき、私は早くオーディションの結果を知りたくて部屋に勢いよく入って、智夏にぶつかったのだ。まるでラノベみたいな出会いだった。けどその後智夏の顔を見て「イケメンだぁあああああ!!」って叫んじゃって。今思い返すと恥ずかしい。


「私、あなたが好き」


私の言葉に驚いて、目がまん丸になっている。私もアニメヲタクの端くれ。告白はこんな埃舞う空き教室なんかじゃなくて、もっとロマンチックな場所が良かったし、なにより告白する方じゃなくてされる方がよかった。


「大好き」


でも、好きになった人がとんでもなく鈍かったから、私が告白するしかないじゃない。


やっぱり智夏は真っ赤になってもイケメンね。でもそれだけじゃない。意外と負けず嫌いなところも、家族にはあまいところもも、たまに言葉遣いが悪くなるところも、みんな好き。なにより、ピアノを弾く姿が、とても好きなの。


智夏の口が動くのが見えて、咄嗟に人差し指で動きを止める。お願い、どうか。私が私であるために、言わせて。


「だからね、智夏。私を」




頬を伝う涙にもそのままに、終末の言葉を紡ぐ。




「振って」




10月の終わり。冬の気配を感じながら、私の初恋は幕を閉じる。






~執筆中BGM紹介~

緋色の欠片より「恋に落ちて」歌手・作詞・作曲:藤田麻衣子様

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