副流煙
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前半は秋人視点、後半は智夏視点です。
冬瑚がバスから降りて走り出したすぐ後のこと。冬瑚と秋人の追いかけっこは続いていた。
「はっ、はっ、どこ行くんだ、冬瑚!」
秋人は少し先を走る小さな少女の背中を追いかけながら問いかける。迷いなく進んでいくあたり、この場に来るのは初めてではないのだろう。バスに潜んでいたときからどこか慣れた様子だと思っていたが、本当にアグレッシブだな!
「宝物、ふぅ、取り返しに、ふぅ、行くのっ!」
息を切らしつつも未だ走りながら問いに答える冬瑚。
「宝物?」
宝物なら普通「取り返す」ではなく「探す」では?だが、探す素振りもなく一心に走る姿を見るに、目的地の場所がわかっているように見える。
「取り返すって、はっ、場所はっ?」
「前来た時に、ふぅ、宝箱のお部屋、ふぅ、見つけたからわかるよ!」
やっぱり忍び込むの初めてじゃないんかい!この子の行動力、兄貴譲りかと思ったけどそれ以上だ!
よし、あと少しで追いつける、と手を伸ばしたとき、こちらに向かってくる足音が聞こえてきたので咄嗟に冬瑚を抱いて近くの茂みに隠れる。
僕たちが隠れている茂みのすぐ近くの窓から中年の男が顔を出し、タバコを吸い始めた。
・・・おいそこの中年。こんな所で吸うんじゃねぇ。冬瑚が副流煙を吸っちゃったらどうすんの!?
という僕の心の声が聞こえたわけではないだろうが、中年は誰かに呼ばれて早々に立ち去っていった。慎重に周囲の様子を見てから、茂みから身を起こして冬瑚に謝罪する。
「悪い冬瑚。痛かったか?・・・っていない!」
さっきまで抱いてたのに!!どこに行ったんだ。まさか天使過ぎて天界に召還されたのか!?いやいや、落ち着け自分。冷静に周囲を見るんだ。どこかにいるはず。少しの音も聞き流すな!
コトッ
音がした方に反射的に振り向くと、目に飛び込んできたのはさっき中年がタバコを吸うために開けた窓によじ登って室内に侵入している冬瑚の姿だった。・・・僕の妹がすごい件について同志と語りたいと思うがいかかだろうか?って現実逃避してる間にまた見失ってしまう!急いで冬瑚の後を追いかける。
「見つけた!」
予想に反して冬瑚は窓から侵入した部屋に留まっていた。自分の上半身くらいの大きさの額縁に飾られた絵を抱えていた。宝物とはどうやら絵のことだったらしい。
「宝物が見つかったなら逃げるぞ」
「うん!なんだかわくわくするね!」
大人しく抱えられながら目をキラキラさせる冬瑚。だが僕はいつ誰に見つかるかとヒヤヒヤしている。
「僕は心臓がドキドキして痛いよ」
「冬瑚、ばんそーこー持ってるよ?」
と言って冬瑚が取り出したのは市販の絆創膏。やだ可愛い。だけどそんな小さいもので僕のこの痛みは包み込めないぞ。だが、
「気持ちだけもらっとく」
心配してくれたのは嬉しいのでお気持ちだけ頂くことにした。まぁ、この痛みの原因も冬瑚なわけだけど。
絵を抱える冬瑚をそのまま脇に抱えて窓枠から飛び降りる。見つからないように全速力で走りながらイヤホンの向こうに情報を伝える。
「冬瑚、確保しまし、」
「見つけたぞ!!おーい!!こっちだ!!」
「ちっ」
『冬瑚ちゃんを保護できましたか!』
「できましたけど、見つかりました!今追いかけられてま、っ!」
耳のすぐ横を鉄の棒のようなものが掠めた。その拍子に連絡手段だったイヤホンがどこかに落ちてしまった。
右脇に冬瑚と謎の絵を抱えているのでバランスを崩して倒れてしまう。咄嗟に冬瑚の体の下に滑り込み、クッション代わりになる。
「おいガキ共、ソレ返せ」
「んだよ中年。動きキレッキレじゃねぇか」
さきほどタバコを吸っていた中年男が鉄の棒を持って目の前に立っていた。冷や汗を流しながら男に悪態をつく。目的は冬瑚が持ってきた絵のようで、それを聞いた冬瑚が大事そうに絵を抱えなおしながら中年に叫んだ。
「いや!これはお母さんと冬瑚の大事な宝物なの!誰にもあげないんだから!」
「なら力づくで奪うだけだ」
中年が鉄の棒を振り上げる姿が見えたので、上に乗っていた冬瑚を今度は自分の体の下にして盾になる。来たる衝撃にそなえて目を固く閉じたとき、頭上から小さな影が飛び出してきた。
「にゃにゃにゃー!!!」
「うわっ!くそ、離れろ!オレは猫アレルギーなんだよ!!」
「うにゃにゃにゃー!!!」
振り返ると真っ白な猫が中年の顔面に纏わりついて爪を立てていた。猫アレルギーとか自己申告した男はあらぬ方向に鉄の棒を振り回しながら暴れているが、猫は必死にしがみついている、ように見える。今、冬瑚を守れるのはこの場で僕しかいない。進め、震えるな、あの白猫に続け!
「おらぁぁぁあああ!!!」
叫び声をあげながら暴れる中年の腹に全身の体重を乗せたタックルを決める。自分でもびっくりするくらい勢いよく後ろに倒れた中年は後ろの木に当たって動かなくなってしまった。え、まさか死ん、
「うっ、、、ってぇ」
うげ!死んでなかったけど、ヤバいよコレ、意識が完全に戻ったら殺されるやつだ!急いで震えている冬瑚を抱きかかえてその場を去る。そういえば、僕たちを助けてくれたあの白猫は・・・。あたりを見渡すが、その姿はどこにも見当たらなかった。後で探しに戻ろう、と心に決めながら冬瑚を抱えて走り出す。
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オークションが始まってすぐに席を立ち、黒服部隊の人の案内に従って会場内の照明を落とすためにブレーカーのある場所まで移動していたその道中。
冬瑚を秋人が捕まえたと聞いてほっとしていたが、次の瞬間に心臓が凍る。
『見つかりました!今追いかけられてま、っ!』
追いかけられているという言葉を最後に尋常じゃない切れ方をした秋人の連絡。
「秋人!?どうした、秋人!?」
『秋人君!?』
秋人からの反応はない。体から体温が引いてくのを感じる。秋人と冬瑚にもしものことがあったら、俺は、俺は・・・
『会場内の監視カメラは全てこちらでハッキングしました!こちらで秋人君の居場所を特定しますので、その間に智夏君はブレーカーを!』
「わ、わかりました!」
もつれそうになる足をなんとか動かしながら目的の場所に向かう。途中でスタッフらしき人物に遭遇したが一切無視して目的地に向かう。なりふり構っていられない。一刻も早く秋人達の所へ!
後ろから追いかけてくる人の気配がするが振り返らずに走る。一番角の部屋は・・・あった!走っている勢いのまま部屋に入り、天井を見上げる。
「あった!」
自分の身長よりも上にあるブレーカー装置。丁寧に椅子を用意する暇もないので助走を付けて飛ぶ。
ガァァン!!
と凄い音をたてて俺の手がブレーカーに当たったが、痛くはないので気にしない。どうやら一度で全てのブレーカーを落とすことに成功したようで、会場内の電気が一瞬で消える。
「おい、いたぞ!」
「何をしてるんだ貴様!」
唯一の出口だった場所が俺を追ってきた男たちによって塞がれる。どうする、早く秋人たちのもとに向かいたいのに!
「にゃーー!!」
ふいに外から聞こえた猫の声。その声に導かれるようにして窓から外に飛び出した。
~執筆中BGM紹介~
幼女戦記より「Los!Los!Los!」歌手:悠木碧様 作詞:八木雄一様 作曲:hotaru様