パーフェクトヒューマン
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「…?……智夏クン、っスか?」
それは思わず口から出た言葉だった。普段なら、彼がどんな人ごみの中に居ようとも、いの一番に見つけられる自信があるのだが、今は目の前に居ても本人なのかどうか自信がない。
……いや、本人というのはわかってる、わかってるのだが、視覚からの情報があまりにも衝撃的すぎて思考がまとまらない。
メイド服は夏の澄んだ空を思わせるような青色、ウエストを絞めている大きなリボンが腰の細さを強調して、儚さを醸し出している。スカートから伸びる足はスラっと長く、ベージュのロングブーツに覆われている。腰まで緩やかに波打つ豊かな髪は稲穂を思わせるような金色。瞳はメイド服よりも澄んだ青色で、コンタクトではなく生まれ持った色なのだと分かる。
まるで絵本の中のお姫様(メイド服だが)が飛び出てきたみたいな、非現実感。そんな人物が人がごみごみしている駅にいるというミスマッチ感。すべてが非現実的すぎて、これが夢だと言われたら信じるだろう。
「イエ、ヒトチガイデス」
お人形みたいに生気を感じさせなかった顔を一瞬歪ませたかと思ったら、いきなりカタコトになってしまった。いや、人違いってそんなわけ。
それにしてもデカいお人形さんだな…。
誰よりも女性らしい外見で、妙に男らしさを感じる身長の高さに思わず感心してしまうのだった。
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172センチ+ブーツのヒール3センチほどで、身長がおよそ175センチになっているのだが、3センチだけでも視界はだいぶ変わるらしい。カタコトでしらばっくれた俺に呆れた表情をしている鳴海さんがいつもよりだいぶ小さく見える。
「ねぇ見て見て!あのでっかいメイドさん綺麗だね!」
「足長げー!」
「顔小っちゃ~」
いかん、注目が集まり始めている。ここはこのままさらっと帰るしかない。
「デハ、ゴキゲンヨウ、ホホホ」
見た目からして、今の俺は日本語を覚えたての外国人のようだな。歩きづらいことこの上ないブーツを鳴らしてその場から去ろうとしたとき。
「すみません!写真撮ってもらっていいですか!?」
同い年くらいの私服を着た男性がスマホを片手にやってきた。
「あー!奏音ずるい!私も撮ってもらいたいっス!」
鳴海さんの一言に足が止まる。鳴海さんの口から知らない男の名前、しかも随分と親しいのか名前で呼んでいて心の奥がモヤっとする。
「じゃあ彩歌と三人で撮ってもらおう!」
「彩歌!?」
お互い呼び捨てで呼ぶ間柄、だと…!?思わず首を180度後ろに回してTHEスポーツマンみたいな爽やか少年を見る。なんだこの男、鳴海さんと一体どういう関係なんだ!?
「じゃあ撮りまーす!3・2・1!」
パシャッ
え、なにこの人。鳴海さんはともかくとして、かなり押し強くない?俺が承諾しないうちに写真撮っちゃったよ。きっと写真に写る俺の顔、ひどいことになってるよ。白目剥いてるよ。
「それで智夏クンはどうしてメイドさんになってるっスか?」
これ以上しらばっくれても無駄、か。ここはもういっそ開き直るか?今後の対応について悩んでいると、男が頓珍漢なことを言い出した。
「随分とカッコいいお名前なんですね。彩歌の知り合いにこんなに綺麗な人がいたとは…」
それにしてもこの男、身長高いな。ブーツを履いて身長増しましになった俺より高いぞ。180はあるんじゃないか。爽やかなイケメン、しかも高身長。ついでにコミュ力も高めっぽい。パーフェクトヒューマンかよッ!
「注目浴びちゃってるし、お星さまカフェでも行くっスか」
「そうですね。俺も聞きたいことができたので」
「「?」」
鳴海さんは「何が聞きたいんだろう」の「?」。パーフェクトヒューマンは「俺ッ子メイドにめっちゃ見られてるのなんでだ」の「?」だろうか。動きがシンクロしていて益々モヤっとする。
ちなみにさっきまで一緒だった田中はスマホに
『ガンバ(」・ω・)」』
というメッセージを残していつの間にか消えていた。忍者かよ。
「あら御子柴君。随分と可愛くなっちゃって~。あたしもメイド服着てみようかな~」
「いえいえ、そんな。星羅さんにこそ似合う服ですよ」
「え~?でもそのメイド服の採寸とかを見るに、多分だけど御子柴君のために作られた服よ?」
ゾゾゾッと鳥肌が立った。あの絵画大好き変態女、まさか俺のために最初からこの服を…。やめた、これ以上考えたら危険な気がする。
「彩歌にまた美人な知り合いが!どんだけ美人と知り合ってるんだよ~」
「2人ともとっても美人さんなのは認めるっス。……だが男だ。」
「…ゑ?」
パーフェクトヒューマンからすっごい渋い声が出た。俺の顔と星羅さんの顔を交互に見て、最後に鳴海さんを見る。
「嘘だよね?」
「嘘じゃねぇよ」
ガシッと付けていたウィッグを掴んで勢いよく外す。ふ~、頭が軽くなった。世の髪の長い女性たちはみんなこんな大変な思いをしているのか。肩こりそう。
「あー!なんで取っちゃったっスか!?」
と嘆く鳴海さん。その一方で首を傾げるパーフェ(以下略)。
「………男?」
「なんで疑問形なんだ。生まれてからずっと男だよ俺は」
「金髪ウィッグを取っても黒髪の中性的な女性に見えるっス。メイクのせいかな?」
元美術教師なだけあって、メイク技術は相当に高かったらしい。ていうか、メイクってどう落とせばいいんだ?水で落ちるのだろうか。
「そんな……嘘、だろ」
と嘆く姿が、さっきの鳴海さんの嘆く姿にそっくりでモヤモヤが止まらないので、早速聞いてみることにする。
「鳴海さん、このパーフェ…じゃない、この人はどなたですか?」
「あぁ、紹介がまだだったっスね」
彼氏、とか言われたらどうしよう。諦められる自信がないんだが。
「弟の鳴海奏音です。姉がいつもお世話になってます!」
おとうと……弟か。そっか、どうりで動きがシンクロするわけだ。良かったーーーー!弟君か。そっかそっか!これからも仲よくしような!
「御子柴智夏です。こちらこそお世話になってます」
話を進めるうちに分かったのだが、彼は高校には通わずに、中学を卒業してそのまま声優の育成学校に入ったらしい。すごいな、カンナといい、奏音君といい、同い年でもう自分の将来をきちんと見据えているなんて。
…俺は、どうしようか。将来自分が何をしているのか、全然想像がつかない。このままサウンドクリエイターとして生きていく?それとも違う道に行く?急にだだっ広い草原に一人放り出されたかのようで、不安になってきた。
それから奏音君と仲良くなり、連絡先までゲットしてしまった。その流れで鳴海さんの連絡先もゲットすることができたので弟様まじ感謝である。
帰り際、星羅さんが金髪のウィッグを滅茶苦茶アレンジして持ってきた。編み込み?というやつだろうか。おかげで帰り道に散々声を掛けられて大変だった。
その晩、夢を、見た。兄が生きていた頃の、幸せだった記憶を。
~執筆中BGM紹介~
会長はメイド様より「My secret」歌手:水野佐彩様 作詞:春和文様 作曲:山元祐介様