ごちそうさまでしたぁぁああ!!
一つ学年が上がりクラスも変わった。唯一の友達である田中と同じクラスになることができた。あとは卒業までクラス替えはないので、友達なしのぼっちになることは無いと言っていい。
田中はいつも朝はギリギリに教室に来るため、俺はいつも寝たふりをしながら、周囲の会話に耳をそば立てている。
「最近食べすぎちゃってぇ、ちょっと太っちゃった〜」
「えー全然そんなことないよ〜」
これはカースト上位の女子の会話。女子の「そんなことないよ〜」ほど嘘くさいものはない。
「なぁ!昨日の見た?」
「まじで凄かったよな!『ツキクラ』!!」
来た!この会話を聞きたいがために今日は早めに登校し、教室でスタンバイしていたのだ。
「なになに?何の話?」
さきほど見事な『そんなことないよ〜』を披露した、うちのクラスのカーストトップ。さらに言えばこの学校の三大美女の1人、花村香織が、カースト中位の男子2人に笑顔を振りまきながら話しかける。
「は、花村さん!?えっと昨日のアニメの話を今してて…って言っても興味ないよね」
「え!私アニメ大好きだよ?昨日のアニメって言うとやっぱり『月を喰らう』だよね!もう1話からすごくて思わず引き込まれちゃった!!」
あの男子2人、堕ちたな。ふわふわの亜麻色のショートヘア、大きな瞳に桜色の唇。そしてたわわに実った双丘。その全てが男子を虜にしていく。特にカーストにとらわれることなく誰とでも分け隔てなく接する姿に女子に免疫のない中位、下位の男子達はたちまち虜になる。というのは田中談。
いや、今はそれよりも『月を喰らう』の話である。正気を取り戻してきた・・・名前なんだっけ?まぁ男子1と男子2が話し始める。
「そ、そうそう!制作がドリボって聞いた時から期待してたんだけど、期待以上というか!声優も超豪華だし、作画めっちゃ綺麗だし、なにより音がなんか、凄かったよな!」
「俺、来週まで待てなくて原作全巻衝動買いした!」
「え〜すごい!良かったら、」
むふふ。ドリボの、俺たちの働きがこうして認められるのはとてつもなく嬉しい。多分いまの俺の顔はゆるゆるだろうから引き続き腕に顔を沈めながら興奮が覚めるのを待つ。
「はよ〜しばちゃん」
「おはよ、田中」
「反響大きいみたいだな」
「まあ、ね」
田中は俺のアルバイトのことを学校で知る人物だ。秘密を共有してもらっている。
キーンコーンカーンコーン
放課後。今日はバイトは休みなので誰もいない教室で田中と2人話している。
「おい、その文言はまずい。それじゃあ俺たちがデキてるみたいだ」
「うん?声に出てた?」
「いや、なんとなく」
田中はときどき心を読んでくる。もしかしたらエスパーなのかもしれない。
「スタッフロール見たぜ。本名じゃないんだな」
スタッフロールとはアニメ制作に携わった人たちの名前を書いたものである。そこにはサウンドクリエイターの名前も載る。
「春彦、だっけか?」
智夏なのに春彦なんて面白いな、と言って笑っている。田中のツボはいまいちわからない。笑うところか?
「春彦は、死んだ兄の名前を貰ったんだ。兄はとんでもない天才で、俺の憧れだったんだ」
「へぇ。それじゃあ兄貴からパワー貰えるかもな」
「かもね」
まぁ、兄の名前を使った理由はもっと薄汚れた理由なのだが、言わない方がいいこともある。
「兄貴もイケメンだったのか?」
「兄さんは昔から女の子にモテモテだったから、多分そうなんだと思う」
「多分ってなんだよー」
「目の色以外そっくりだったから」
ちなみに性格は全然違った。兄は社交的で太陽のように笑う人だった。俺は昔から人付き合いが苦手で、よく兄の後ろにくっついていたのが懐かしい。
「はぁーこのイケメンめっ!」
いきなり立ち上がった田中にメガネを取られ、髪をぐしゃぐしゃにされる。
「やーめーろー」
ガラガラガラ
誰も教室に来ないだろうと思っていたとき、突然戸が開く音が聞こえたら、人はどうするだろう?……答えは咄嗟に戸を見る、でした~。
「「「……」」」
入ってきたのはクラスメイトの花村香織だった。花村は俺を見たまま止まってしまった。カチ、カチと秒針が進む音が痛いくらいに響いている。
1年間で鍛えたスキル、アイコンタクトを田中に送る。
(これ、今どういう状況!?)
すぐさま田中が同じくアイコンタクトで返答する。
(顔だよ、顔!いま何も隠れてない!)
田中の手には俺が普段教室で掛けているメガネが。そして目元を隠していた長い前髪は田中にぼさぼさにされたおかげでほぼ、オールバック状態になっている。どうりで視界がクリアだと思ったら。
出会った頃に田中が言っていたことを思い出す。
『(メガネを) 外したら女子にモテモテのモテ男になるだろうな』
あれ?この状況もしかしてまずい?
「え、え、あれ、夢?とんでもないイケメンがうちの高校の制服を着てる……白昼夢?」
花村さんはどうやら夢だと思っているらしい。もしかしてこのまま教室を去れば、何事もなかったことにできるのでは?
「でも夢の中に田中君?田中くんといえば、御子柴くん!?」
「「どんな連想ゲームだよ!!」」
はっ、思わずツッコんでしまった。だって鳥肌が立つようなことを言うから。
「やっぱり御子柴くん!?うそ、夢じゃなくて?」
こうなったら正体ばらすしかないか。別に隠していたつもりもなかったけど。余談だが、体中の傷もプールでバレると思っていたが、去年からプール授業は廃止になったため、田中以外には一向にバレる気配がない。
「えっと話すのは初めて、だよね?御子柴智夏です」
「あ、ご丁寧に。花村香織と申します」
こんな状況でも礼儀正しく名乗ってくれた。思っていたよりだいぶ面白い子のようだ。なんだが気が抜けて笑ってしまう。
「知ってるよ」
「~~~っ」
ぽぽぽっと花村の顔が真っ赤に染まる。どうしたんだろう?熱でもあるのだろうか?そう思って弟にするような感覚で花村の形の良いおでこに手をつける。熱はない、みたいだが。
「それ以上は可哀想だから止めて差し上げろ、しばちゃん」
田中が憐れな子を見るような目で俺を見ている。
「へ?なんかごめんね?」
「あ、あああごちそうさまでしたぁぁああ!!」
まさしく脱兎のごとく教室から飛び出て行ってしまった。何か悪いことをしてしまったのだろうか。申し訳ない。
「しばちゃん。女子にああいうことしちゃダメ」
「ああいうこと?」
「急におでこに触ったじゃん」
「あぁー、熱があるのかと思って」
「こりゃダメだ」
なぜだか諦められてしまった。今まで女子と触れ合う経験が無かったので、何か間違えてしまったのだろう。経験不足の弊害がこんなところに出るとは。
「アニメで多少は学んだと思ってたんだけどな……しばちゃんの女子への対応は幼稚園児だな」
「えええ?」
「あと、メガネすまん」
「あ、そういえばこの状況になった原因って田中じゃん!」
「すまんかったと思ってる。主に花村さんに」
なぜ花村さんに。解せぬ。
「明日には学校中にしばちゃんがとんでもないイケメンだってバレちゃうなー」
「……」
「モッテモテのモテ男だろうなー」
「……」
「女子に詰め寄られるんだろうなー」
明日学校に行くのが怖いと初めて思った。
翌日。戦々恐々としながら教室の扉を開ける。…おや?いつも通りの風景である。女子の様子も別段変わりない。なんか変な勘違いして恥ずかしくなってきたな。
恥ずかしさを紛らわせるように足早に自分の席に向かう。
「御子柴くん、おはよう!」
せめて、おはよう、だけなら違う人かもと思えたが、名指しされた以上答えないわけにはいかない。
「おはよう、花村さん」
「香織でいいよっ」
上目遣いでぐいぐい迫ってくる。昨日とは大違いだ。
「いや、そういうわけには」
「香織って呼んで?智夏くん!」
教室が騒めく。花村さんは誰にでも分け隔てなく話すが、男子相手には必ず苗字で呼ぶ。今、その例外が誕生したのだ。しかもその対象は陰キャのメガネ男子である。女子は騒ぎだし、男子は殺気立つ。
「わかった。わかったから離れて…!」
俺の命が危ない!それなのに花村はどいてはくれない。ええい、もうどうにでもなれ!
「離れて、香織!」
「よくできました」
そう言って三大美女の一人、花村香織は花が咲くように笑ったのであった。
タイトル変更しました。タイトル通りに物語は進む……はず!