春、夏、冬
ブクマ、評価、感想ありがとうございます!読者の皆様のおかげで今回もなんとか12時に投稿することができました!
鳴海さんのおかげで色々吹っ切れた。重かった体が今では嘘のように軽い。あの日から数日後、俺はとあるレコーディング室に来ていた。そして目の前には、明るい笑顔を振りまく天使のような妹が。初めて会った日から電話でやり取りはしていたが、実際に会うのはこれが二回目。会えない間は一日千秋の思いだった。
冬瑚が部屋に入ってきて、キョロキョロと誰かを探す素振りをしたと思ったら、俺の姿を見てパァッと嬉しそうな表情をする。は~妹が今日も可愛いです、ありがとう神様。
俺の姿を見つけて思わず駆け寄りそうになった冬瑚だが、状況を思い出したのか澄ました顔で挨拶をし始めた。
「いちご役の由比冬瑚です!これからお世話になります!よろしくお願いします!」
ぺこりとお辞儀をしてきちんと挨拶をした冬瑚に、その場にいた大人たちは骨抜きにされていた。もちろん俺もだが。
幼児向けの年末特別アニメ『みんな大好き!くだものちゃん!』で見事ヒロインのいちご役になった冬瑚がリアルでもヒロインすぎて尊い。
我慢しきれなくなったように今度こそ駆け寄ってきた冬瑚を見て思わず顔が綻ぶ。
「久しぶり、冬瑚」
「会いたかった!なつ、むぎゅ」
夏お兄さん、と言おうとしたお口を咄嗟に塞ぐ。きょとんとした顔でこちらを見上げてくる冬瑚が可愛い、じゃなくて。
「ここでは春彦って呼んでくれる?」
「どうして?」
心底不思議そうな顔をしている冬瑚から手をどけて、しゃがんで冬瑚と同じ高さに目線を合わせる。大人の事情さっ!と言うわけにもいかないので、なんとか別の言い訳を頭からひねり出す。「耳貸して」と言ってコソコソ話スタイルになる。
「ここには他の子も来るよね?俺は冬瑚だけに『夏お兄さん』って呼んでほしいんだ。これは俺と冬瑚の二人だけの秘密だよ」
・・・我ながら苦しい言い訳を捻り出したものだ。ていうか今の状況を第三者の目線から見ると、相当にアレなのでは。狐面を被った男が天使のような幼女のお口を塞いで耳も貸していただいている図。
「わかった、秘密だね。じゃあ何て呼べばいいのかな?うーん、お兄ちゃん?」
「ぐはぁっ!」
い、いきなりのお兄ちゃん呼びに思わず吐血してしまった。なにこの破壊力。夏お兄さん呼びの時に比べて圧倒的に兄感が出るお兄ちゃん呼びなんてされたら、もう、もう・・・!ちょっと心臓がこのままだとハッスルしすぎて止まっちゃいそうなので、息も絶え絶えになりながら
「春彦、って、呼んで?」
となんとか言葉にする。それを聞いた冬瑚は当然のように季節で呼ぶ。
「春お兄さん!」
俺を通して冬瑚が兄さんの名を呼んでいるのは、感慨ものだな。思わぬところでしんみりしていると、俺の右手を温かい小さな手が包んだ。
「春、夏、冬だから、秋もいるのかなー?」
「うん。いるよ。きっとすぐに会える」
「ほんとに!?楽しみだなぁ」
秋人ー!ついにお前も存在を認知されたぞー!
「冬瑚ちゃーんちょっといいかなー?」
女性スタッフが冬瑚を呼びに来た。なぜか俺を見てきたので
「行っておいで」
とそっと背中を押す。一人になったところに、『みんな大好き!くだものちゃん!』の監督を務める糸田監督がこちらにやってきた。糸田監督は幼児向けの教育アニメなどを普段手掛けており、かなり適任と言える。
「君が急な話を受けてくれたことは感謝している。だが、」
糸田監督は少々、いや、かなりの強面なので1対1で話していると緊張してくる。というか、この顔で教育アニメ作ってるのか・・・。
「私は妥協は許さない。やるなら徹底的に、だ」
「もちろん、妥協なんてするつもりはないです。本気で取り組みますよ」
特に今回は妹の前だ、格好悪いところは見せられない。
「そうか。それと、君は随分と由比君に好かれていたようだが、そういう趣味なのか」
「いや、違いますよ!誤解です!!」
「なのか?」と本人は聞いているつもりなのかもしれないが、如何せん言葉に抑揚がない人なので「なのか」と断定しているように聞こえる。え、断定してないよな?俺はノーマルだ!ちょっと他人より妹が好きすぎるだけだ!(自覚アリ)
「ならいい」
そう言うと去って行ってしまった。誤解は解けたよな。・・・解けたよな!?どうなんだ!?
俺は本来ならこの現場に関わる予定はなかったのだが、予定に入っていたサウンドクリエイターが病気になったとかで、急遽俺にお鉢が回ってきたのだった。この背景には社長がいるような気がするのだが、知らぬが仏ってやつだろう。
今日はキャストとスタッフの顔合わせの日。保護者は別室で待機なので、あの女と顔は合わせていない。基本5人の果物役のこどもがストーリーを進めていく。その中心人物が、この役をオファーされた冬瑚ってわけだ。他の四人はオーディションでおよそ50人の子どもの中から選ばれたらしい。子供劇団の子や事務所に入っている子役の子、あとは全くの素人が受かったと聞いている。
「全員揃ったので顔合わせ始めたいと思いまーす」
スタッフの声で、顔合わせが始まった。さすがオーディションを受かっただけはあって、どの子もじっと椅子に座っている。・・・うん?どこかで見たような顔が。
「すいか役の中村和馬、5歳です!よろしくおねがいします!」
「今回和馬君が最年少です。お芝居も初めての子だから、皆助けてあげてね」
「「「はーい」」」
ああああぁぁあああ!福井に修学旅行で行ったときに迷子になってたあの子!あのナンパ野郎の弟!の和馬!なんでここに!?
「それじゃあ次はスタッフの紹介で~す」
「監督の糸田だ。よろしく頼む」
シーン・・・と静寂が室内に落ちる。子供たちめっちゃ怖がってるんですけど。その中で唯一冬瑚だけが笑顔で「よろしくお願いします」って言ってるんだけど。俺の妹めっちゃいい子!
その後順調にスタッフの紹介が進み、最後に俺の番が回ってきた。なぜ最後かというと、一番部屋の隅っこにいたからだ。落ち着くよね、角って。
「音楽の春彦です。短い間ですが、よろしくお願いします」
「あ!本物の春彦だー!」
みかん役の女の子が俺を指さして言った。『ツキクラ』かそれとも現在放送中の『最後の恋を、君と。』を見て知っているのか。
「なんで狐のお面してるのー?」
「なんでなんでー?」
一気に賑やかになった子供たちをじっと見つめると、何かを察したのか質問の声が止まった。
「この狐の面を取ると、変身がとけちゃうからだよ」
お面被ってて本当に良かった。滅茶苦茶恥ずいよぉ・・・
~執筆中BGM紹介~
俺の妹がこんなに可愛いわけがないより「irony」歌手:ClariS様 作詞作曲:kz様
読者様からのおススメ妹曲でしたー!