宇宙一幸せ
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鳴海彩歌の高校時代は、いわゆるギャルと呼ばれる女子だった。
「彩歌、その赤色ちょーイかしてる!」
「だしょー?」
毛先にかけて鮮やかな赤に染まっているロングの髪を指先でいじり、気の抜けた返事をしたのは当時18歳の鳴海である。
彼女は幼いころから子役としてデビューしており、その学生時代は薔薇色・・・かと思いきや。かなり大人しい性格だった鳴海は、中学生までは男子たちから「役と全然ちげぇじゃん!!」と馬鹿にされ続け、女子からは遠巻きにされ、なんとも悲壮な学生生活を過ごしていた。
そんなときだった。映画の吹き替えでいじめっ子の役が来たのは。そして彼女を見てビビッと来たのだ。映像の中のその子は一人でヒロインたちに立ち向かい、徹頭徹尾見惚れるほど悪役だった。その凛とした面差しに中学3年生の鳴海は惹かれたのだった。
そしてなんやかんや紆余曲折あって、高校デビューでギャル化したのだった。ギャル化して高校入学してからは、男子からからかわれることもなくなった。女子は似たようなギャルの子と仲良くなれた。それ以外の女子からは相変わらず遠巻きにされてしまったが。でも、もういいのだ。
「彩歌の出てるアニメ見たよー!まじでちょい役だった!あはは!」
「だから言ったのに!ほんのちょっとしか出ないよって!」
「いやいや、ほんのちょっとでも友達が出るなら見るに決まってるじゃん?」
ちょい役でも最高だった!とサムズアップしてくる金髪の友達に抱き着く。
「みーちゃんありがとー!!大好き!」
「あ、今の言葉、ちょい役の口調でやってみて」
「みーちゃんありがとっス!超大好きっス!」
「語尾から滲み出るザコ感が似合ってる~」
他人からすればギャル時代、高校デビューは黒歴史かもしれない。しかし、鳴海にとっては人生のターニングポイントであり、現在の超人気声優鳴海彩歌の原点であった。
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「痛ぇえええ!!離せ!離せよっ!」
と唾を吐き散らしながら叫ぶ男。私からは春彦クンの背中しか見えないけれど、尋常ではない様子は伝わってきた。
「春彦クン・・・?」
咄嗟に名前を呼んでしまったが、春彦クンが応えてくれる様子はない。無視している、というより、私の声が聞こえていないような気がする。多分彼はいま、ものすごく怒っている。目の前の男だけじゃない、もっと多くのものに怒っているのだ。
男が暴れて春彦クンの腕から血が垂れるのが見えて、ぎょっとする。
「春彦クン!離すっス!血が!!」
彼と男の間に出て、春彦クンの顔を正面から見る。あぁ、この顔は何度も何度も見てきた表情だ。何もかもを自分の中にため込んでため込んで、壊れる寸前までいったような顔。中学生の、あの役に出会うまでの私と同じ、いや、それよりもっと・・・
「鳴海さん、この手を離してしまったらこいつは逃げます。ストーカーは犯罪です。ここで逃がしたら絶対にまた繰り返す。だから通報してください」
その冷静すぎる言葉に、感情を伴わない表情に、危機感がさらに募る。このまま放っといたら彼の心は壊れてしまうのでは、と確信めいた予感がした。
警察の事情聴取を終えて、春彦クンを無理やり『お星さまカフェ』に連れてくる。このカフェのオーナーの星羅ぴょんは高校時代の親友、みーちゃんの彼氏さんである。なので、みーちゃんや声優仲間とたまに遊びに行っている。今日は春彦クン、いや、智夏クンと二人で話せる場所が欲しくて乗り込んだわけだが。
部屋に入り、お礼もそこそこに本題に入る。
「智夏クン、聞かせてください。君が抱えているものを。ずっと隠してきた気持ちを教えてください」
私の言葉を聞いた智夏クンは驚いたように少し目を見開き、動揺したように視線を彷徨わせる。きっと今まで彼に踏み込んだ質問をする人はいなかったのだろう。それが優しさなのかもしれない。でも私は、あの時の私は誰かに悩みを聞いてほしかった。高校に入学して出会ったみーちゃんに悩みを打ち明けて、初めて救われた気がしたのだ。だから、私は智夏クンの心に踏み込む。たとえこれで嫌われようとも、彼の心を守ることができるなら本望だ。
「・・・俺は、感情を出すのが苦手で、特に怒りや憎しみを表に出すのは怖くて今までできなかったんです」
「どうしてっスか?」
ぽつりぽつりと零すように話し始めた智夏クンの邪魔をしないように、先を促していく。
「俺が痛みを感じないから。だから他人の痛みも理解できない。感情のままに動いたら、さっきみたいに平気で他人を傷つける」
痛みを感じないから、他人の痛みもわからないと彼は言った。
「でも、もう限界なんです」
と言った彼の表情はあまりにも痛々しくて。自分のことのように胸が痛む。だが、彼は一つ思い違いをしている。
「智夏クンは、痛みを感じないと言ったっス。体はそうかもしれない。でも、心は違う。人を傷つけて、痛みを感じてる。痛みを感じないなら、限界なんて来ないはずっス。だって痛みは体と心を守るストッパーだから」
手をめいっぱい広げて目の前の傷ついた彼を抱きしめる。智夏クンは少しビクッとしたが、受け入れてくれた。
智夏クンがさっき「限界だ」と言ってくれて、安心したのだ。大丈夫、彼はちゃんと痛みを感じてる。それを痛みと感じられないのは、心がそれだけ摩耗してしまっているのだろう。痛みを抱えていては生きていけないほどのことが過去にあったのだろう。
「ずっとずっと、本当に、辛かったんです」
「弟はまだ小さくて、俺がどうにかしないと、って」
「多分ずっと、痛かったんです」
さっき私をストーカーから守ってくれた背中が今はとても小さく見える。でも、そんな等身大の彼が愛おしくてたまらない。一体いつから抱え込んでいたのだろう。どれほど一人で悩んでいたのだろう。誰にも相談できず、一人で必死に耐えてきた彼を誰が責めることができようか。いま、私から智夏クンに送れる言葉はただ一つ。
「頑張ったね」
いつまでそうしていただろうか。おずおずと気まずそうに顔を上げた智夏クンの目は真っ赤で、目元も少し赤くなっていた。
ていうか今更だけど、顔近いな。これじゃあまるでキスする3秒前、みたいな?心臓の音がドックンドックンとうるさい。すると智夏クンの形の良い唇が、
「鳴海さん、ストーカーされたの初めてじゃないでしょ」
「うへぇ!?」
変に身構えていたところに突然のボディブロー。ど、ど、え??
「アイツが居場所特定できたのって、SNSのせいじゃないかと思って。鳴海さんSNSに写真あげるときに周りのお店とか電柱とか写ってない?」
彼の言う通り、ストーカー被害はこれで3回目である。
「写真はよく上げてるっス。てか電柱?」
そういえばプラネタリウムで仕事をする前も駅を出たあたりで写真を撮って「ロマンチックな場所でお仕事!」と呟いたが。まさか。
「多分それですね。あと、電柱からも居場所を判明できるときがあるので気を付けてください」
「はい、すみません」
あ、あれ?おかしい、さっきまで大人な雰囲気が流れていたのに。。。いつの間にかお説教タイムに早変わりしちゃったよ。
「心配なんで、SNSに写真あげるときは気を付けてください。ほんとは、写真をアップしないでほしいんですけどね」
少しいじけた様子の智夏クンを見て、私の中のいたずら心がくすぐられる。
「おやおや?それはどうしてっスか?」
「どうしてって・・・」
あー、と唸ると、真剣な面持ちで言葉を紡ぐ。
「この先は、もっときちんとした言葉で伝えたいので、待っていてくれますか?」
「っ!・・・待てない」
自分が今どんな顔をしているのかはわからない。ただ、熱が顔に集まっていくのがわかる。
「そんなに長くは、待てないっス」
「わかり、ました」
二人そろって顔を赤らめているのを見て、どちらからともなく笑いがこみあげてくる。あーおかしい!面白すぎて涙が出てくる。
私を救ってくれた悪役の女の子、そのセリフの中で一番好きなもの。
私は今、世界で一番幸せ!
この後、家まで智夏クンが送ってくれて、さらに幸せをかみしめていた。もはや宇宙一幸せな女かもしれない。
~執筆中BGM紹介~
pop'n music 15 ADVENTUREより「凛として咲く花の如く」歌手:オカマチコ様 作詞:あさき様 作曲:TOMOSUKE様
読者様からのおススメ曲でした!歌が良すぎて作中にも「凛とした」という文字を入れてしまいました。