可愛い人
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今回は鳴海彩歌視点でお届けです。
「鳴海さん!先日のオーディション、見事合格しましたよ!」
そう言って楽屋に駆けこんできたマネージャー。先日の、ということは。
「『月を喰らう』のヒロイン役っスか!?」
「そうですそうです!」
『月を喰らう』はアニメ化が決定する前からマネージャーと二人、原作ファンだったので感動もひとしおだった。
「「やったー!!」」
後日、できたてほやほやの『月を喰らう』第一話の台本が届いた。表紙のデザインが綺麗で、心が湧きたったのを覚えている。キャストの欄に目を通す。
「おぉ豪華っスね!」
「今回、制作会社のドリームボックスがかなり力を入れているみたいです」
力を入れている作品、そのヒロイン役に自分が抜擢されたのだ。よし、気を引き締めていこう!
「うん?『春彦』・・・?」
5歳の時から子役としてデビューし、芸歴だけは長い私はいろんな現場に顔を出してきたのである程度スタッフの名前も憶えているのだが。この名前は初耳である。
「噂ではドリボの秘蔵っ子らしいですよ。デビュー作って聞いてます」
「ほへぇ」
期待の星ってやつかなぁ。期待の星といえば敵方の女将軍役がカンナちゃんだったな。現役の高校生って聞いたけど、現場で会うのが楽しみ~。「彩歌先輩!」って可愛く呼んでくれないかな~。
「鳴海さん!おはようございます!」
ブンッと風圧で前髪が上がるほどの勢いで直角にお辞儀をするカンナちゃん。
「おはよ~カンナちゃん。そんなにかしこまらなくて大丈夫っスよ」
「いえ、そういうわけには」
「あと、私のことは『彩歌先輩♡』って」
「呼びません」
カンナちゃんも呼んでくれないのか・・・。後輩たちはみんなこうなのだ。以前理由を聞いたことがあるのだが、曰く「先輩という感じがしない」のだとか。解せぬ。
先輩の威厳というやつをどうしたら出せるのか。やはり伝説と呼ばれている声優方の立ち居振る舞いを真似するか・・・いや、そんな大それたことは小心者には無理!
「鳴海さん、五十嵐監督が呼んでます」
「あら。なんだろう?」
「おっ来たね、なるちん!あのねあのね!早速だけど、この曲聞いてほしいの!」
「?はい」
疑問に思いながらも興奮気味の監督からイヤホンを受け取る。再生ボタンを押すと、曲が流れだした。
「・・・コレってもしかして」
「そう!レクイエムの1番だよ!」
「すごい、っス」
『ツキクラ』の最終話で披露する予定の『レクイエム』。鎮魂の祈りが痛いくらいに伝わってくる。
「春彦に頼んで今、2番の曲も作ってもらってるんだけど」
「2番っスか?」
確かアニメで披露するのは1番だけだったはず。
「これは絶対売れる!っていうのもあるけど、もう一つ。なるちんの活躍の幅が広がるかと思ってね」
「監督・・・私のことを想ってくださったんスね。今まで金の亡者だと思っててすみません」
「まぁ金の亡者は否定しないけどね。アハハ!」
否定しないんだ。まぁ理由の最初にお金って言ってたもんね。
それにしても『春彦』か。あの繊細かつダイナミックな音を作っている人に、直に会うことができるなんて。
「レコーディング、早くしたいっスねぇ」
予定では18話の後なのだ。現在4話のレコーディング途中なので、まだまだ先の話である。
「そうねぇ。それなら明日しちゃう?」
「へ?今2番を作ってる最中なんスよね?昨日の今日で無理なんじゃ・・・」
「あ、2番できたみたい」
スマホの画面を見ながらそう言った監督に目を見開く。いや、早すぎない!?どんな仕事人!?
「明日はアフレコが終わったら特に予定はないので、大丈夫っス・・・」
「ほんと!?じゃあ伝えてくるねー!」
と言って走り去る監督。台風のような人ってこの人のことを言うんだろうな。
春彦クンに初めて会った時。私は本人だと気付かずにその正体について色々語ってしまった。恥ずかしい。あまりの羞恥心にうずくまっていたときに、
「可愛い人ですね」
とあまりにも自然に言われたその一言に、私は思わず
「・・・年上のお姉さんをからかうものじゃないっスよ」
と顔をそむけて言ってしまった。声優という人気職についているのだ。ある程度そういう言葉をもらったことはある。けど、今までもらっていたソレとは違うような。そんな気がしたのだ。
2度目に春彦クンに会ったのはツキクラの声優イベントの会場裏。ガッチガチに緊張していた春彦クンを見て、先輩風を吹かせるチャンスだと思ったのだ。でも結局、
「見ていてください。貴方は俺の憧れの人だから」
となんとも直球の言葉をいただいてしまい、不覚にもときめいてしまったのだった。
その直後の『泡沫の夢』の演奏も、色っぽくて儚くて目が離せなくて。演奏が終わって戻ってきた春彦クンが他には目もくれず一目散に私の元に来た。
まだ鳴りやまない拍手を聞きながら、春彦クンの言葉を聞く。付き合いは決して長くはない。でも、それでも彼が異常なほど自分に自信がないことに気付いていた。今も、
「少しは自惚れてもいいんでしょうかね」
なんて言うものだから、つい力んで
「自惚れなさい!お姉さんが許可するっス!」
と言ったのだ。お、さっきは春彦クンのストレートな言葉にしてやられたけど、今回は私の勝ちでは!?と謎の勝負の結果にウキウキしていた。するとおもむろに狐面を横にずらし、
「ありがとうございます!」
と笑ったのだった。その顔は暗がりの中でもわかるほどに整っており、瞳は綺麗な青色だった。そのまま去ってしまった春彦クンの背中を見ながらへなへなとその場に座り込む。どうやら今回の勝負も私の負けらしい。
その後もツキクラの最終話を春彦クンと一緒に見て交流を深めていた。本当に、春彦クンに出会わせてくれた『ツキクラ』には感謝しかない。
この日も、とても楽しみにしていたのだ。なんせプラネタリウムで歌うなんて初めての経験に加えて、春彦クンが伴奏してくれるのだ。言ってしまえば、私のために弾いてくれるのだ。頬が緩むのは仕方がない。
今日も今日とて狐面を付けている春彦クン。
「鳴海さんは、年上ですけどなんだか年下っぽくて、可愛いですね」
と言われて、心臓が早鐘を打つ。おかしい、最初に会った時に同じようなことを言われたときはこんなドキドキはしなかった、はず。なのに、なんでだろう。どうしてこんなに・・・
その後はいたたまれなくなって思わず逃げるように出てきてしまった。空も今の私の心のようにどんよりしている。
急に帰ってしまって、春彦クンに嫌われてしまわないだろうか、今さらになって不安になってきた。すると後ろから突然手首を掴まれて無理やり後ろを向かされた。
「さいかちゃん!!さいかちゃん!オレのこと、覚えてるよね!?」
「離してください!!」
捕まれた手首が痛い。知らない男に迫られて怖い。通行人も見て見ぬふりをしていて泣きたくなってくる。そのときだった。
「鳴海さんから離れろ!」
と言って春彦クンが駆けつけてくれたのは。このとき、春彦クンを見てほっとしたのと同時に、嫌な予感がしたのだった。
~執筆中BGM紹介~
化物語より「君の知らない物語」歌手:supercell様 作詞作曲:ryo様
読者様からのおススメ曲でした!
次回も鳴海視点でお届けです。
ちなみに作者、ツイッター始めました(コソッ