ぼたもち
パチン、パチン
「言い訳をする気はあるかね?似たもの兄弟」
「「ありません」」
俺たち(秋人もあの場にいたと知って驚いた)が香苗ちゃんたちに内緒で妹に会いに行ったことがどこからかバレたようで、兄弟そろってドリボの社長室で正座させられている。
パチン、パチン
社長の武器である扇子が開いたり閉じたり。俺は何回この音に震えなければならないのだろうか。
「今回は秋人君が兄の罪もろとも自白してくれたからこうして説教しているわけだが、」
パチンッ
「智夏、お前は何度一人で突っ走るなと言えばわかるんだ。私は再三周りに頼れと言ったはずだが。お前のこの耳は飾りか?うん?」
閉じた扇子で耳をつつかれる。俺の耳は刈り取られてしまうのだろうか。でも刈り取られても文句は言えない。社長だけじゃない、今までたくさんの人たちに同じ注意をされてきたのだ。
一人で抱え込んでいるという自覚は無かった。こうして面と向かって注意されて初めて気づいたのだ。
「自覚は、なかったんです」
「なお性質が悪い」
お前のそれは病気だな、と呆れたように言われてしまった。ぐうの音も出ない。
「もう、いい。今回は智夏が無理をする前にこうして介入できた。秋人君に感謝しろよ」
「秋人、ありがとう」
「ま、まぁ、別に礼を言われるほどでは、」
照れたように秋人が口ごもる。それを見た社長が切れ味抜群のツッコミを入れる。
「秋人君も勝手に会いに行ったんだ、同罪だぞ」
「はい、ごめんなさい」
「前から気になってたんですけど、」
そう、前々から気になっていたのだ。
「なぜ秋人だけ『君』付けなんですか?」
俺やカンナは呼び捨てなのだ。付き合いの長さ、というわけでもないようだし。それにこの二人の関係も気になる。カンナが以前言っていた、社長が秋人に泣きついていたというのにも関係があるのだろうか。
「あーそれは、」
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遡ることおよそ1年と半年ほど前。智夏がドリボで働き始めた頃。秋人は手作りの菓子を持って社長室に来ていた。
「不束な兄ですが、これからよろしくお願いします」
「・・・驚いたな。君は確か、まだ小学生だろう?」
片眉を上げて驚いた表情をする社長。
「はい。小学六年生です」
「しっかりしているというか、成熟しているというか」
親友の香苗から、事前に彼ら兄弟の境遇は聞いていた。だから、大人にならざるを得なかった目の前の子どもに、知らず知らず同情してしまう。
「春なので、ぼたもちを作ってきました。どうぞ」
入った時から気になっていた風呂敷の中身はどうやらぼたもちらしい。しかも手作り。オカンか。
「ぼたもち、嫌いですか?」
「いや、」
ぐきゅるるるるぅ
・・・ナイスタイミングで社長のお腹が鳴った。
「甘いものは大好きだ。それにお腹も空いたし、いただくよ」
隣の給湯室から皿と箸を持ってきて、社長室に戻る。風呂敷を解くと重箱が出てきた。いや、オカンか。パカっとふたを開けるとふっくらとおいしそうなぼたもちが綺麗に並べられていた。知らず、喉が鳴る。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
もぐもぐもぐもぐ・・・
「おいしい・・・」
素朴な味だが、食感も香りも良く何個でも食べられそうだ。このクオリティの高さで手作りとか凄いな。無心で3個ほど食べ進めたところで、箸を止める。コレ、残しといて夜ご飯に食べよう。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
満足そうな顔をしながら秋人が重箱の蓋を閉め、そして風呂敷に包みなおし始めた。
「ど、どこかに持っていってしまうのかい?」
「兄がお世話になっている犬飼さんにも持っていこうかと思いまして」
「そ、そうだな。うん、それがいい」
「?」
本当は喉から手が出るほど残りのぼたもちが欲しい。でも、大人として欲望に忠実に手を伸ばすのも格好悪い。でも、食べたい、けど・・・!
脳内葛藤をしている隙に秋人は既に扉の前で。
「失礼しました」
と言って礼儀良く出て行ってしまった。もう、食べれない。あのぼたもち・・・・・・。そう思った時には既に秋人君の腰に抱き着いていた。
「秋人君!やっぱりそれ全部ください~!3個じゃ足りないですっ。持っていかないで~オカン~!!」
「誰がオカンか」
泣いてしまったのは多分、疲れていたせいだ。決して年下の男の子に冷たい視線で見られたからとかではない。
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「と、いうわけでそれ以降たまに秋人君に甘い物を差し入れてもらっている」
「・・・秋人、嫌なら断っていいんだぞ」
「まぁ、香苗ちゃんや兄貴のかけた迷惑料も含めてるし、お菓子作るの好きだし。それに、嫌ならとっくにやめてる」
「えー秋人って実は60過ぎてる?」
「寝言は寝て言え」
最近秋人が冷たい。いや、前からか?
「つまり『君』は敬称だ。あの料理の腕を私は敬っている」
「なるほど?」
「智夏は秋人君の素晴らしい料理をいつも食べているからピンと来ないだけだ。正直私も香苗の家に住みたいくらいだ」
えぇー。この人、目がガチだよ。家帰ったらどこぞの猫型ロボットのように押し入れからコンニチハしてくるんじゃないだろうな。
「まぁそういうことだ。かなり回り道したが、本題に入るぞ」
本題?説教が本題ではなかったのか。
「君らが妹に会いに行ってる間にこちらでも色々調べていた。それの中間報告だ」
黙っているよりこまめに報告した方が良いと判断した、と疲れた表情で社長が言った。なんかすみません。
「君らの妹の名前は由比冬瑚、コレは知っているな?」
「「はい」」
「彼女の容姿を直接見たなら君らと同じ母親の血を継いでいることもわかったはずだ」
「あの女というか、兄貴に似てたけど」
ぼそっと不満げに秋人が漏らす。その言葉に苦笑する。
「で、だ。問題はあの子の父親が誰か、という話だが、」
ゴクリ、と唾を飲んだのは俺か秋人か。
「あの子の父親は、」
「御子柴水月、君らの父親だ」
「つまり、俺たちと父も母も同じ、ということですね?」
「そういうことになる」
冬瑚の年齢から考えて、あり得る話だとは思っていた。つまり、春彦が死んであの女が家を出たときには既に身籠っていたということだ。
「驚かないんだな?」
「初めてあの子を見た時に、妹だ、って思ったんで」
「僕も。仮に半分しか血が繋がってなかったとしても、可愛い妹ってことに変わりはないから」
「そうだね。俺らの妹は可愛い」
と秋人と言っていると、社長が今日1番の深い溜息を吐いて、
「このシスコン兄弟め」
と呆れたように言ったのだった。
~執筆中BGM紹介~
妹さえいればいい。より「明日の君さえいればいい。」歌手:ChouCho様 作詞:松井洋平様 作曲:yuxuki waga(fhana)様
読者様からのおススメ曲でした!妹祭りじゃー!