寂しい
読者の皆々様のおかげで、総合評価8000ptを突破しました!いぇい!そして50話を突破できたのも皆様のお力添えのおかげです。ありがとうございます!!
コンクール前のこの緊張感に包まれた独特の雰囲気に懐かしいと感じる自分がいる。俺は今、とある音楽ホールに来ている。
「音楽ホールに御子柴君がいると思うだけでご飯3杯いけそうです」
舌をペロッと出して茶目っ気を出してきた隣の座る女性。この人は音楽教師の早乙女鏡花先生だ。
「ホール内は飲食禁止ですよ」
早乙女先生に初めに会った時に覚えた既視感の正体がわかったのはつい最近のこと。兄も母もいた頃に出たピアノのコンクールに毎回と言っていいほど通い詰めていた人である。自称『御子柴智夏 非公式ファンクラブ会長』らしい。
「そうですね。家に帰ってからご飯3杯食べようと思います」
由比冬瑚(妹)をどうしても直接この目で見たかったので、なんとかして会えないかと模索したところ、近々声楽コンクールが開かれるということで、チケットを持っていそうだった早乙女先生に全力で頼みに行ったのだった。まぁチケットを譲ってくれる代わりに条件を一つ出されたが。
先生の話を右から左にスルーしていたが、何か変なことを言っていたような・・・。
「さぁ御子柴君、間もなく開演ですよ」
「はい、楽しみですね」
照明が徐々に落ちていき、主役が立つステージの上だけが煌々と照らされている。俺はいつもあのスポットライトを浴びる側だったので、観客席からの眺めはなかなかに新鮮である。
今から始まるのは小学生低学年の部。『天使の歌声』を持つ妹は小学2年生だった。この部は全員で20人。ちなみに目当ての人物は20番目の最後である。
緊張でガチガチに固まっている子、途中で失敗して泣き出す子、音を外しても気にせず伸び伸び歌う子など実にさまざまだった。まだ小学校1、2年生だもんな、しょうがない。周りに父兄の方が多いせいか、どうしても保護者目線で見てしまう。
ほっこりしながらお子様たちを見ていたらついに出番がやってきた。俺たちの席は後方3列目。決して良い席とは言えないが、一目でも見れるのなら文句はない。
曲目は『far away』。全編英語の難しい曲、らしい。隣のうんちくお姉さんが教えてくれた。
コツン、コツンとステージを歩く音が聞こえてきた。スポットライトの中央に立ったのは、緩く波打つ黒い髪に、澄み切った空のように青い瞳を持つ少女。他の子たちのようにドレスに着せられるようなこともなく、淡い水色のドレスを見事に着こなしている。
あぁ、あの子は確かに俺たちの妹だ。なぜだかそう確信した。
会場中の視線をその身に背負った少女が、目を閉じてゆっくりと呼吸した。その姿は自分の演奏前のルーティンにそっくりで、無性に泣きたくなってきた。
『~♪』
彼女の歌声がホールを優しく包む。『far away』別名『彼方の光』という名を持つこの曲は、本来ソロで歌う曲ではない。しかしソロで成立させてしまえるほどの圧倒的歌唱力。心を打つ表現力。全身全霊を使って歌っているというのがこちらにも伝わってくる。
神の愛を歌った曲。慈愛の籠ったまさに天使のような歌声だ。平等に愛を与えるような、いや、これは・・・
「それじゃあ先生、手筈通りにお願いしますね」
「任されたのです!」
早乙女先生がビシッと敬礼を決めて、足早に目的の人物の元へ向かう。妹の歌を聞いて、ホールから出て「はい、終了」とはいかなくなってしまった。
「由比マリヤさん、ですよね?先ほどの娘さんの歌声、大変すばらしいものでございました!まるで地上に舞い降りた天使のような、、、、」
あの女が子どものコンクールには必ず出席することはわかっていたので、早乙女先生に少しの間あの女の足止めを頼んだのだ。それにしても早乙女先生息継ぎしてないような。
以前演奏したときの朧げな記憶を頼りに通路を進む。俺のお気に入りだった場所。そこに目当ての人物はいた。人気のない通路の大きな窓の傍に一人、静かに佇む少女。こちらに背を向けて立っているので表情はわからないが、観客席からその姿を見た時よりも、どこか小さく感じる。その背に声をかける。
「由比冬瑚ちゃん?」
ゆっくりと振り返ったその表情はどこか悲しげで。
「だれですか?」
「えっと、」
本名名乗るのはまずいのかな?というかこの子はどこまで親の事情を把握しているのだろうか。とりあえず、フルネームで名乗るのは避けることにする。
「夏、です」
「夏お兄さん?」
頭を傾げながら俺を呼ぶ姿にお兄ちゃん心がくすぐられる。そんな俺の心など知らず、鈴を転がすような声で話す。
「夏お兄さんは冬瑚と同じだね。名前に季節が入ってる」
「そうだね。俺たちおそろいだ」
しゃがんで冬瑚の目線の高さに合わせる。本当にこんなに小さい体のどこからあんなにパワフルな声を出しているのか。
「ねぇ冬瑚ちゃん」
「なーに?」
「・・・寂しくは、ない?」
「・・・どうして?」
否定の言葉が出てこないということは、やはり。
「さっきの歌、とっても寂しそうに聞こえたから」
愛に飢えているような、欲しくて欲しくてたまらないけれど、絶対に手が届かないと諦めているような姿に見えたのだ。根拠はない。敢えて言うなら兄の勘である。
「お歌が上手に歌えると、お母さんが褒めてくれて、お父さんの機嫌が良くなるの」
脈絡なく語りだした冬瑚の表情はとても痛ましいもので。
「でも、褒められるよりも、笑ってくれるよりも、冬瑚はっ」
涙が流れないように必死に小さな体で耐えている。
「抱きしめてもらいたいっ」
無意識のうちに、目の前で震えている妹を抱きしめていた。ステージ上であれほど注目を浴びていたというのに、今は俺と冬瑚の二人だけ。
「寂しいっ!!」
腕の中で涙を流している。今までどれほど泣くのを我慢してきたのだろう。どれほど寂しい思いをしてきたのだろう。この子の気持ちを想像するだけで胸が張り裂けそうだ。
なぁ兄さん、俺はどうしたらいい?どうしたらたった一人の妹を泣かせずに済む?
いくら心の中で問いかけても、答えてくれる声はない。今この場で妹を連れ帰れたらどんなに幸せか。でも、それができないのもわかっている。
「夏お兄さん、あったかくて、いい匂いがするね。りょうちゃんが言ってたお兄ちゃんってこんな感じなのかなぁ?」
いつの間にか泣き止んだ冬瑚が頬をすりすりと俺にこすりつける。妹が可愛すぎてつらい。りょうちゃんって誰だろう。男の子だったらお兄ちゃん泣いちゃう。・・・まだ名乗ってないけど。
「また会える?」
「うん、また会えるよ。そう遠くないうちに会える」
「でも寂しい・・・」
「んんっ」
KAWAIIが止まらない。
「冬瑚ちゃん携帯持ってる?」
「うん、持ってるよ」
俺の言葉にひとつ頷くと、ドレスのポケットからスマホを取り出した。え、ドレスにポケットって付いてるんだ。
「連絡先、交換しよう。いつでも電話して」
と言った途端に冬瑚の沈みかけていた表情が、ぱぁっと明るくなる。
「いっぱい、いーっぱい電話するね!絶対出てね!」
「うん、わかった」
「約束だよ!」
「うん」
これが妹、冬瑚とのファーストコンタクト。そしてあの男とあの女をぶっ潰すと決めた瞬間だった。
ちなみに智夏は陰キャスタイルで冬瑚に会っています。最初は素顔を晒して行こうとしていたのですが、コンクールで軒並み最優秀賞を取っていた頃の智夏を知っている早乙女先生から「非公式ファンクラブのメンバーが騒ぎそう」と不吉なことを言ったため、目立つのは良くないと判断し、陰キャスタイルで挑んでいます。
本日はBGM紹介はお休みします。前書きでもお話したのですが、それだけでは正直足りなかったので長々とあとがきでお礼申し上げます。完全なる自己満足ですので飛ばしていただいて構いません。
7月6日から本作を執筆し始めたわけですが、10月現在まで執筆を続けられるとは(しかもほぼ隔日ペースで)思ってもみませんでした。サボり癖が生まれた時からあるこの作者が、51話まで来れたのは本当に読者の皆様のおかげです。ブクマ登録をしてくださった方々、評価を送ってくださった方々、誤字報告を送ってくださった方々、あたたかい感想を送ってくださった方々、素晴らしいおススメの曲を教えてくださった方々、そして本作に目を通してくださった全ての方々のおかげでここまで来ることができました。自分で言ってて「なんか最終回みたい・・・」と思いましたが、まだ最終回ではございません(笑)できれば最終回を迎えるその日まで、見守ってくださると嬉しいです。
最後に、感想欄から作者のへっぽこメンタルを支えてくださっているN様とY様に心からのお礼を申し上げます。
2020/10/07 雪ノ音リンリン