鈍感主人公の素質あり、だねぇ
「いや、でも待てよ?これから名作たちを知ることができるというのは結構魅力的なのでは?NERUTOやカードギアス、まどムギをネタバレなしの状態でイチから見ることができる…」
「なっなんて羨ましいの……!あぁ記憶を消して、かの名作たちをもう一度初心で見たい!!」
同情されるかと予想していたが、まさか羨ましがられるとは。この2人はどうやら相当アニメが好きらしい。こんなにも熱くなれるものがあることが、俺にとっては羨ましい。
もしかしたら、社長の言っていた通り、アニメを見れば”本気”を、いやそれだけじゃない。失った感情を取り戻せるかもしれない。
「犬ちゃん、どうする?人生で初めてのアニメだよ?責任重大だよ?」
「通常なら、アンシンマンとかのアニメですが……智夏くんは高校生。そうすると、剣舞オンラインでしょうか?いや、でもジブイ作品か?」
「んあー!!」
「あの、よくわからないので、2人の好きなアニメから見てみたいです」
可愛いことを言ってくれる、と頭をわしゃわしゃと撫でられる。
「僕が好きなのはさっきも言った通り、ロボだけど…ランダムシリーズは超大作だからな…ひとつに絞って…いや、でも」
犬飼さんがぶつぶつとまた語りだしてしまった。
「犬ちゃん、戻ってきて~」
「はっすみません」
「次は私の番ね~」
「え、僕まだ何も言ってませんけど…」
「私が好きなアニメで、夏くんにぜひ見てほしいものがあるの。ピカピカの高校生の今、まさに見てほしいもの」
「ま、まさか」
犬飼さんが恐ろしいもの見るような目で、香苗ちゃんを見ている。なんだろう?そんなに恐ろしいものなのだろうか?
「そう、見てほしいのは、パルヒよ!」
「パルヒ?」
「御子柴さん、智夏君をアニメの底なし沼に引きずり込む気だ…」
「底なし沼…?」
危険なワードが聞こえた気がしたのだが。
「そうと決まれば、DVD借りて家族3人で見よー!!」
意気込む香苗ちゃんに引きずられて、家路に着いたのだった。
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結果から言おう。ハマりました。
あのとき犬飼さんの言っていた『底なし沼』の意味を理解した。これはもう抜け出せない。抜け出そうとも思わない。ちなみに弟の秋人もハマった。夜通し見ていたので翌日の学校は辛かった…。
アニメを見ていない今でもワクワクが止まらない。失ったと思っていた感情が、心の底からあふれ出していた。
放課後、ドリボに足を踏み入れるとき、俺もアニメを作る一員になったのだと誇らしくなった。
「犬飼さん、沼にハマりました」
「ははっ、やっぱり?大丈夫、まだまだハマるから」
「それは楽しみすぎて不安になってきました」
「昨日よりも、断然いい表情になってる。いやーアニメの力ってすごいね」
本当に。アニメの力はすごい。そして、それを作った人たちも。
「サウンド、”本気”で作らせていただきますので、これからよろしくお願いします」
昨日までの俺はもういない。今日がスタートラインだ。固く握手をする。
「こちらこそ。…カンナちゃん、そろそろ出てきなよ」
「カンナ…?」
こちらから丁度死角になっているところから、昨日俺を下敷きにしたカンナがそろりと出てきた。
「さっきのあなたの言葉、胸に来た。昨日は言いすぎた、ごめん」
昨日?…あぁ”本気”の件か。
「こちらこそごめん。昨日の俺の態度は確かにアニメを愛する人たちに失礼だった。それから俺に怒ってくれて、ありがとう」
「そ、そう。まぁわかればいいのよ。えぇ」
なぜかプイッと顔をそらされた。髪の隙間から見える耳が赤い。お礼を言ったから照れているのだろうか?なんだか秋人と似ている。思わず秋人に接する感じで頭を撫でてしまう。
「な、ななな」
真っ赤。顔から火が出そうとはまさに今の彼女のことを指すのだろう。さすがに子ども扱いしすぎたか。顔を真っ赤にして怒られた。
「なに頭撫でてくれちゃってんのよー!!!」
叫びながら防音室の扉をぶち破る勢いで走り去っていくその背を呆然と見守る。
「鈍感主人公の素質あり、だねぇ」
と呟いた犬飼さんの言葉はカンナの叫び声にかき消されて、聞き取ることはできなかった。
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サウンドクリエイターとして働き始めて早一年。ソフトの扱いにも慣れてきた今日この頃。俺は高校2年生になっていた。パソコンから目を離して肩の凝りをほぐすように伸びをする。
「ずっと疑問だったんですけど、前任のサウンドクリエイターって誰だったんですか?見たことないんですけど」
アニメの情報収集をしていた手を止めて、犬さんがこちらを振り返る。
「あぁ前任者ね。うん。「我はこんなちっちゃい会社に収まる男ではない!!」って言って辞めた人もいたけど、基本的には才能の差にくじけて、みんな去ってしまったよ」
「だから、最近は外部に委託していたんですね」
「そういうこと」
この業界は特に評価される世界だ。その中には当然、辛辣なものも含まれる。心を病んでしまう人もいるのだろう。
「いよいよ明日だね。放送日」
「そうですね。今から緊張しています」
「なにせ初作品だもんね」
そう、いよいよ明日は俺が作曲を手掛けたアニメが放送される。少年誌で人気のバトルものだ。今年の春アニメは俺が制作に携わった『月を喰らう』を筆頭に期待値が高い。ドリボにとっても初の大人気少年誌のアニメ化なので気合いが入っている。
「やっほー。元気してた?」
防音室の重たい扉をぶち破る勢いで入ってきたのは、声優を目指す少女、カンナである。ちなみに後から知ったが同じ高校の同級生だった。世間は意外と狭い。
「相変わらず元気そうだね、カンナ」
「あったりまえでしょうが!ようやく仕事をもらえるようになったんだから!」
カンナは宣言通り昨年の秋アニメで見事声優デビューした。主人公のライバル役だったが、評判を呼び、徐々に仕事が増えてきているらしい。
「負けてられないな」
自然と言葉が出てきた。1年前ならこんな感情ありえなかった。もう感情は全て取り戻したと言っても過言ではない。あとは、無痛症だけである。こればっかりはこの一年、治る気配すらなかった。
「いやいや、智夏の方が断然勝ってるから。音響スタッフ2人でまわしてるとか化け物だから」
真顔で首をふりふりしている。
「智夏君がものすごい勢いでBGM作っちゃうし、なんなら音の採集まで手伝ってくれるから2人でもまわってしまうんだよね~ははっ」
「これから続けてみないとどうなるかはわかりませんけどね」
「少しでも調子に乗ってたらその綺麗な顔に落書きしてやろうと思ったのに」
残念と、油性マジックをくるくる回しながらカンナが物騒なことを言っている。調子になんて乗れるわけがない。この一年、ありとあらゆるアニメを見て、アニメサウンドを研究してきた。そしてこの業界で生き残る辛さも理解した。専門の学校で音について学んだ人でも挫折する。それを一年そこらで学んだ俺は中途半端もいいところだろう。けれど、全力を出した。120%を出したつもりだ。
「炎上したら、慰めてあげるから」
「炎上しないことを祈るよ」
そして迎えたアニメ『月を喰らう』放送初日。
ネットでは『月を喰らう』がトレンド1位になったのであった。