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あの日をなぞる



家具が無くなって、空っぽになった部屋。


俺が使っていた机やベッドは、元々この家にあったものを使っていたが、これを機に処分することにした。いずれこの部屋は客間として使われるのか、もしかしたら新しい家族が使うかも。


未来を考えただけでこんなにも満ち足りた気持ちになるなんて。


最後に掃除をして磨き上げたフローリングを歩き、換気のために開けていた窓から外の景色を眺める。


この2年半で見慣れた景色。俺の大好きな日常の1コマ。


「夏くーん。あら、もうすっからかんね」


様子を見に来た香苗ちゃんが何もなくなった部屋を見て、しみじみとしていた。


「俺と秋人がこの家に来た頃を思い出すよ」

「あ~。懐かしいね。ここも秋くんの部屋も冬ちゃんの部屋も全部物置になってた」

「秋人が鬼軍曹みたいに指示を出して、俺たちはそれに黙々と従ってた」

「あったあった!そのときに夏くんがピアノを見つけて弾いてたのを聞いたんだった」


掃除をしていたら埃をかぶったピアノを見つけて、気まぐれに弾いた。その気まぐれが、俺を作曲家の道に進ませ、こうして今に続いている。


「香苗ちゃんにさ「人材捕獲」って捕まえられたよね。こうやって」

「そうねぇ。抱き着いてたのは私だったけれど」


香苗ちゃんを……俺たちを引き取って育ててくれた母親を抱きしめた。


「すっかり大きくなっちゃって」

「そうかな?」

「身体も、心も大きく成長したわ」


香苗ちゃんがそう思うなら、きっとそうなのだろう。それに。


「成長させてくれたのは、香苗ちゃんだよ」


この家に俺と秋人を連れてきてくれて、溢れんばかりの愛情を注いでくれて、冬瑚も引き取ってくれて、心配して怒って笑って抱きしめてくれて。


香苗ちゃんの震える肩をそっと離した。これはちゃんと顔を見て言いたかったから。


「今まで育ててくれて、ありがとうございました」


深く、頭を下げる。


俺が抱きしめたあたりから既に泣いていた香苗ちゃんが、とうとう声を出して泣き始めた。


「そ、ぞんなの反則だよ~!私、こぞ、夏くんの母親にしてくれで、ありがどう!」


泣きながらも懸命に言葉を紡ぐ母の姿に、出そうだった涙が引っ込んだ。俺がここで泣いてしまったら、さらに泣いてしまうだろうから。


「香苗ちゃん、泣きすぎじゃない?」

「夏ぐんが泣かぜだのー!」


ぽこぽこと叩いてくる香苗ちゃんの拳を笑いながら受け止める。


ここに来たときは、心も体も痛みを感じなかった。


でも、今は違う。殴られたら痛いし、悲しい。そう感じるくらいには、普通の人間になれた。


今まで出会ってきた全ての人たちが、俺を普通にさせてくれた。


「2人ともご飯できたぞーって、何やってんの?」


秋人が部屋に呼びに来て、香苗ちゃんが泣きじゃくりながら俺をぽこすこ叩いている現場を見て困惑していた。それは奇しくも、いつの日かと同じような言葉。


たしかこの後は香苗ちゃんが。


「人材捕獲」


香苗ちゃんも同じことを思ったのか、あの日をなぞるように同じことを言った。察しの良い秋人も、苦笑いをしながら言った。


「人材確保、じゃなくて?」

「「「捕獲」」」


最後は3人で揃って言って、誰からともなく笑いだした。


「これ、大掃除のときのやつだよな。懐かしー」

「ほら、あのときみたいに部屋が空っぽだから、ついね」


3人で笑いながら話していると、冬瑚がハルを抱いてやってきた。


「あのときってー?」

「夏くんと秋くんがこの家に来たばかりの頃の話よ」

「なにそれ詳しく聞きたーい!」

「なぉーん」

「それじゃあご飯食べながら、お話しようか!なんせ今日はパーティーだからね!」


俺が部屋の掃除をしている間、秋人たちはご馳走を作っていてくれたらしい。


テーブルを囲み、俺以外の3人がクラッカーの紐を引いた。


「「「合格おめでとー!!!」」」


御子柴智夏18歳。4月から海外で音大生になります!

~執筆中BGM紹介~

続 夏目友人帳より「あの日タイムマシン」歌手・作詞・作曲:LONG SHOT PARTY様

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