愛されてる証拠
智夏視点に戻ります
好きな人に告白する勇気を、俺は知っている。それが実ったときの幸福感も。
「ずっと好きだった」
その言葉には、思いやりの気持ちが込められていた。
香織から好意を向けられているのには、鈍感すぎて鈍器と言われている俺でもさすがに気づいていた。でも、それと同じように、香織も俺に好きな人がいることに気付いていたんだ。
「智夏君に恋してたとき、ずっと楽しくてわくわくして嬉しかった。好きになって良かった!」
強いな、香織は。
笑みをたたえながら「良かった」とそう言ってくれた。
「本当にありがとう」
こちらこそ、こんなに強くて優しい素敵な女性に好きになってもらえて光栄だった。
泣きじゃくる香織を夜の公園に一人置いていくわけにもいかず、去ったふりをしてカンナに連絡した。
「智夏!歯ァ食いしばって!」
「は、はい!」
駆けつけたカンナにビンタを一発もらった。
ジンジンと痛んで熱を孕む頬を、3月の風が冷ましてくれる。
「理不尽にビンタしてごめんなさいね。親友が泣かされたと思ったらつい、ね。お詫びと言ってはなんだけど、私の頬もビンタしていいわよ」
「いや、遠慮しておくよ」
「そう?それじゃあ私は香織のところに行くから」
今日だけで本当にいろんなことがあった。帰国して、空港に彩歌さんがいて、卒業式をして、ライブをして、それで今。
卒業式の日の最後の思い出が、まさか鉄の味と頬の腫れとは。
でもこれは、俺が引き受けなければいけない痛みで、香織が今感じてる痛みはこれ以上だろう。
公園の方から、香織とカンナの話し声が聞こえてきた。
「……帰るか」
長かった1日は、こうして幕を閉じた。
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あっちへ行ったり、こっちに来たり。
落ち着かない様子の彩歌さんの腕を掴んで引き寄せ、ソファーの隣の席に誘導する。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないっスよ!なんで智夏クン本人がこんなに落ち着いてるのに、私がこんなにそわそわしてるっスか!?」
それを俺に聞かれても。
卒業式から数日後。高校生じゃなくなった俺は晴れて大学生……になれるかどうかは、まさに今日わかるのだ。
「自分の高校受験の合格発表のときより緊張してる……」
ウェブ上で合格発表されるまであと10分ほど。時間が迫ってくるにつれ、彩歌さんの緊張度が増している。
「俺だって、緊張してないわけじゃないよ?」
ほら、と彩歌さんの手を握る。
「ちめたッ!」
手が冷たくなるくらいには緊張している。なんせ人生がかかっていると言っても過言ではないから。それくらいの覚悟で挑んだんだ。さすがに楽観的ではいられない。
彩歌さんの手を握ったまま、今日ここに来たもう一つの目的を話す。
「家族みんなで、本当に長い時間をかけて色々話し合って……」
「うん」
「マリヤは故郷に帰ることになったんだ」
おじいちゃんとマリヤが和解したあの日、話し合いに話し合いを重ねた結果。
「智夏クンとお母さんが海外に行っちゃったら、香苗ちゃん達は寂しいだろうね」
「それはもう、散々嘆かれた」
「ははは」
香苗ちゃんは駄々をこねるし、冬瑚は泣き出すしで、説得にかなり時間がかかった。
「愛されてる証拠だよ」
「うん」
「私だって、智夏クンが遠くに行っちゃうのは寂しいんだよ?寂しいし、あと不安」
「不安?治安がってことですか?」
日本に比べれば確かに物騒かもしれない。
「それもある。けど、それだけじゃなくてね。ハニートラップも心配なわけですよ!」
「はにーとらっぷ」
まさか彩歌さんの口からその単語が出るとは。
「だから、暇があったら連絡してね?」
「暇じゃなくても連絡します。彩歌さんを悲しませるようなことは絶対にしません」
「うん。信じてるっス」
目と目が至近距離で合い、そのままキス……
ピピピピピピピピ
「「わっ」」
自分で設定したアラームに邪魔されるなんてぇ……!
って、アラームが鳴ったってことは!
「智夏クン!合格発表が出てるよ!」
合否の結果は。
~執筆中BGM紹介~
「卒業写真」歌手:松任谷由実様 作詞・作曲:荒井由実様 編曲:松任谷正隆様
とうとう卒業式が終わりました。最終話まで、あと少しです。




