爽やかさと暑苦しさと世間知らずさ
卒業式が終わったその日の夜。
去年から毎年の恒例になったのか、俺の卒業を祝ってヒストグラマーのみんなが内緒で曲を作ってくれたらしい。
元々はスタジオで4人が演奏しているのを1人で聞く予定だったのだが、クラスメイトもすれ違う知らない生徒からも「卒業ライブやんねーの?」と聞かれまくったのだ。その圧に負けた俺と、同じく質問攻めに合っていた虎子が大学生メンバーに事情を話した。
それなら今年も近所の体育館を借りてやるかということになり、宣伝こそしなかったものの口コミでかなり情報が広がったようだ。
ヒストグラマーの5人が舞台袖から観客席を覗き、体育館に集まった生徒の数に息を呑んでいた。
「観客を卒業生に限定して正解だったわね」
卒業生のほぼ全員が集合しているのではないかと思うほど会場は満員御礼。演奏者としては素直に嬉しい。が、個人的には小さなスタジオでたった1人のためのヒストグラマーの演奏も聞いてみたかったかもしれない。
「よし、そろそろ時間だな。……ってなんでここに智夏がいるんだよ。最初の曲はお前のための曲なんだからあっちに行きたまえ」
「えー」
俺が不満をたれる理由は観客が多いからではない。ステージの目の前にキラキラでゴテゴテの王様のような椅子が用意されていたためだ。しかも椅子の背もたれには大きな文字で『御子柴の椅子』と書かれている。
座りたくねー。
「なんで不満そうなのパイセン~?あんなに可愛い椅子を作ったのに~」
「手作りだったんかーい」
4人に追い出されて渋々とステージを降り、めっっっっっちゃ目立つ席に座る。田中たちが爆笑しながら写真を撮っているが、もう諦めの境地に達した。フッ、思う存分撮るがいいさ……。
照明がゆっくりと暗くなると同時に、客席の騒めきも落ち着き静寂が訪れた。
ステージを隠していた幕が上がり、スポットライトが彼ら4人を照らした。
「あー、あー。マイクテステス」
最初に話し出したのは、我らがヒストグラマーのリーダー陽菜乃先輩。
「後輩諸君、久しぶり。どうもヒストグラマーです。まずは君たちにこの言葉を贈る」
「「「卒業おめでとう」」」
先輩たち3人と、この場で唯一の後輩の虎子が口を揃えて言った。
ヒストグラマーの生演奏が学校祭以来の生徒や、たまに行うゲリラライブに来てくれる生徒たちが声を張り上げる。
「先輩久しぶりー!」
「ありがとうございますー!」
「ヒストグラマー最高~!」
手を振って応える先輩たちの姿を客席側から見るのは変な感じだ。
先輩たちの卒業ライブからもう1年か……。1歩進んで2歩下がって3歩進むみたいな1年だった。その締めくくりを先輩たちのライブで迎えられるのは、なんと贅沢なことだろう。
「最初の曲は私たち4人が、大切なメンバーのために作った曲です。作曲はいつも彼に任せていたから、今回はかなり苦労しました」
「みんな手探りで作ったんだ~」
すみれ先輩と虎子が苦労を思い出して笑いながら語った。元々は俺に内緒で曲を作る予定だったらしいのだが、あまりにも作曲作業に手こずったそうだ。苦渋の決断の末、俺に全ての事情を話してアドバイスを求めてきた。
曲を作ろうとしてくれていたことはもちろん嬉しかった。けれどそれ以上に、頼ってくれたことがとても嬉しくて。虎子から「鬼教官」と呼ばれるほどに指導に熱が入ってしまった。
「聞いてください。『青夏』」
このタイトルは天馬先輩が考えたもので、青春より青夏の方が高校生感がある!とのこと。あと、俺の名前の一文字から取ったのも理由のひとつらしい。ちょっと照れる。
青夏というだけあって、若さ特有の爽やかさと暑苦しさと世間知らずさをごっちゃ混ぜした歌詞だ。しかも腹の底に響くようなごっりごりのロック。そのロックたるや思わず頭を振りたくなっちゃうほど。
1曲目から喉を潰す勢いで歌いきった陽菜乃先輩が俺をまっすぐに指さした。
「高校生の時間は終わりだ。ようこそ、大人の世界へ!」
血が湧きたつような演奏を聞かされてからのこの言葉だ。もう、じっとなんかしてられない。
駆けだした。
自然と、導かれるように。
ステージの上に立ち、キーボードの鍵盤に指を置く。
「それじゃあ次の曲いっくよー!」
「「「うぉぉおおおおおおおお!」」」
あぁ……。音楽が好きだ。どうしようもないほどに。人生を捧げても良いと思えるほどに。
この音楽を聴いてほしい人は、捧げたい人は、いつだって1人だ。
~執筆中BGM紹介~
ユーキャンより「歩み」歌手・作詞・作曲:GReeeeN様




