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最高だな



在校生たちの拍手に見送られて、体育館を後にした。


体育館から教室までの道のりはもう目をつぶってでも行ける。左手側の消火栓、階段を上り掲示板を通り過ぎて、3番目の教室。窓から差し込む日差しに目を細め、少し開いた窓から春風が前髪を揺らした。


クラスごとに退場したので、教室に向かうまでの道のりはクラスメイトだけだったが、いつものようにおしゃべりすることはなかった。


いつもの風景、だけどこれからもう見ることのない風景を目に焼き付けるように。静寂の中でゆっくりと歩いた。


教室に入ると、卒業式が始まる前に自分たちで書いた黒板の文字がいまさら実感を持ちはじめた。


『みんな今までありがとう!卒業おめでとう!!』


クラス全員の似顔絵と名前が文字の周りに描いてあって、式が始まる前はそこで写真を撮って「似てねー」とか言って笑いあってた。今は泣き声や、鼻をすする音が聞こえてくる。


少し遅れて、吉村先生が教室に入って来た。


今日はもちろんジャージ姿ではなく、スーツを着て正装だ。髪もビシッとセットして、革靴を履いて……着ているというか着られている感じだ。


鈴木がニヤリと笑って先生に言った。


「ヨシムーってほんとに正装が似合わないなー」

「余計なお世話だよ」

「「「ははは」」」


先生が答えて、みんなが笑う、日常の1コマ。だけど今日は違った。壇上でぽつりとヨシムーが零した言葉。


「お前らとのこのやりとりも、今日で最後だな」


そっか、卒業したらこのいつものやり取りももう聞けなくなるんだ。


「そりゃ卑怯だぜヨシムー……」

「あー、俺泣かずに卒業したかったのによ」

「最後とか、っ、言わ、ないでよぉ」

「卒業、したくないよ~~~!」


先生が来る前までは女子の半数が泣いていた程度だったが、この言葉で男女ともにクラスの過半数が号泣。


卒業式中でも、在校生の送辞とか卒業生の答辞とか、うるっと来た場面はあったけど、こういうふとした言葉に弱いのはなんでだろうな……。


鼻の奥がツーンと痛んで、目頭が熱くなった。


「今朝までずっと、この時間に何を言おうか考えてたがなーんも思いつかなかった。だから、今思ってることを言おうと思う」


先生はいつも左手を教卓に置いて話をする。真っすぐに俺たちを見てくれる目も、ずっと変わらない。


「正直、俺はお前たちの心配をしていない」

「ひどっ」


先生の言葉にたまらず井村が嘆いた。


「俺が高校生だった時より断然しっかりしてるお前たちに、何が教えられるだろうと思った。お前たちに足りないもの、それは経験だ。それに、今どきの子供は良い子すぎて、若さゆえの過ちってやつを知らないまま半端な大人になっちまう。だからってイケナイ遊びってやつを教えるわけにもいかない。どうしようかと悩んでいたとき、起爆剤がこのクラスにやって来た」


起爆剤……。え、俺?


先生どころか、クラス全員が俺を見た。えぇ?


「御子柴が来てから、お前ら授業サボったり、クラス全員で遅刻したり、挙句に学校祭の劇でアドリブかましたり……。この2年間で悪い子になっちまって」


いや、まじでスミマセン。


身に覚えがありすぎて何も言えない。


「最高だな、お前らは」


あぁ、そうだ。ヨシムーはサボったり遅刻したりしても、軽くお小言は言うが、頭ごなしに怒ったり叱ったりすることは絶対になかった。多分、俺たちのことで他の先生から注意を受けていたと思う。それでも、俺たちのことを絶対否定しなかった。


「ここでの思い出は、壁に当たったとき、苦しいとき、辛いときに、背中を押してくれるものになる。……まぁ、お前らは大丈夫だ。自分で考えて行動する力を持っているお前たちなら、険しい道でもしっかり歩いて行ける」


高校生活がこんなにも満ち足りたものになったのは、先生のおかげでもある。だって、そうじゃないと、クラスの全員が涙を流すなんてありえないじゃないか。


「頑張れよ!」


そう締めくくったヨシムーの目にも、涙が浮かんでいた。

~執筆中BGM紹介~

「正解」歌手:RADWIMPS様 作詞・作曲:野田洋次郎様

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