砂時計
読者の皆様、今年も大変お世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。
家族で年を越し、初詣は彩歌さんと行き、後は勉強。隙間に勉強。時間を作って勉強。
毎日勉強漬けだと止めたくなるときもあったが、そういうときはクラスメイト達と励まし合った。同じ受験生同士、気持ちはよくわかる。
砂時計をひっくり返したように、時は確実に進んでいく。
月日が進むにつれて、クラスメイトの中から一足先に合格通知が届いた者が数名現れる。みんな自分のことのように祝福し、喜びを分かち合い、家に帰って1人になってから焦燥感に襲われる。
志望校に合格することが受験のゴールだとすると、俺はいまどの辺なんだろう。まだスタートラインの近くなんじゃないか。ゴールにはたどり着けないんじゃないか。不安が押し寄せる。
それをかき消すために、勉強、勉強、また勉強。
砂時計の砂はだんだんと少なくなっていく。
学校は自由登校期間になり、クラスメイトや友人たち、先生と会うことはなくなったが、お互いにメッセージを送り合った。
「がんばれ」
「負けるな」
「絶対大丈夫」
そして迎えた3月。
砂時計の砂は――。
――――――――――――――
「卒業生代表――」
普段は活気ある声に溢れる体育館に、整然と並べられた椅子。卒業式用の幕が張られ、壇上には花が飾られている。
「卒業生、退場」
今日は卒業式前日。卒業生だけが集められたリハーサルの日である。
「俺らもいよいよ卒業か~」
「全然実感わかねーよ」
「卒業したら、もうこの廊下を歩くこともなくなるんだなぁ」
田中と井村と鈴木が、卒業式のリハーサルを終えて教室に戻る途中で合流し、しみじみと呟いた。
「田中は経営学部のある大学に行くんだよな」
「おう。井村は法学部だっけか」
「ぎりぎりでなんとか合格したんだ」
「でも、合格は合格だろ」
「そーだな」
なんとなく、このまま教室に向かうのは気が進まず、廊下の途中の窓を開けて3人でその場に留まった。
「鈴木は医学部だよな」
「鈴木がお医者さんとか想像できねぇわ」
「失礼な。お前らがどんな病気になろうとも俺が治してやるよ」
「「かっちょい~」」
こうやって友達とだらだら話すのは楽しい。でも、1人足りない。
「しばちゃん、大丈夫かな」
「いま、オーストリアに受験しに行ってんだろ?ほんっとすげぇよな、あいつ」
「まさか海外の大学に受験しに行くなんてな」
3人は無事、第一志望だった国内の大学に先日合格した。お互いに合格した、という連絡は取り合っていたが、こうして顔を合わせるのは本当に久しぶりだ。話したいことは山のようにあるはずなのに、口から出るのは友人の心配ばかり。
「明日の卒業式には帰国する予定だよね。道に迷わないといいけど」
「安心しろ。それはもとやんの専売特許だから」
「専売特許ちゃうわい」
後ろを通りすがったもとやんが話に入ってきた。
「みんな集まってなにしてんだ?」
玉谷も合流し、あと1人揃えばいつものメンバーが全員集合だ。
たった1人。されど1人。
「御子柴、合格してるといいな」
友人たちの願いは風に乗って空の向こうに飛んでいった。
――――――――――――――
「すーーっ」
黒塗りの重厚なピアノの前に座って、深く息を吸う。
異国の大学。ぎりぎりで聞き取れるネイティブな言語。試験会場特有の張りつめるような緊張感。値踏みしてくる試験官の視線。
そのすべてを忘れる。
「はーーっ」
息を吐きながら、思い出す。
ここに来るまでに支えてくれた人たちの顔を。家族、恋人、友人、先生、先輩、後輩、同僚、上司、愛猫……。
想いを届けたい。その一心を指先に込める。
あたたかな風が、前髪を揺らしたような気がした。背を押されるように、鍵盤を弾いた。
泣いても笑っても、これで最後だ。
~執筆中BGM紹介~
Fate/stay nightより「ヒカリ」歌手:樹海様 作詞:Manami Watanabe様 作曲:Yoshiaki Dewa様 編曲:Yoshiaki Dewa様 / 藤井丈司様
良いお年を~!




