冬に虫取り網
学校は冬休みに入り、世の高校3年生たちは受験勉強に明け暮れる日々が続く。かくいう俺もその一人なわけで、いまは作曲の仕事やヒストグラマーの活動を休んで勉強に専念している。
一日中ずっと勉強していると、俺もとうとうあの受験生の仲間入りかぁと実感が湧いてきてちょっと嬉しい。と、秋人に言うと「勉強のしすぎで頭壊れたか」って変な生き物を見る目で返された。解せぬ。
「「行ってきまーす!」」
玄関から弟妹達の声が聞こえた。
「行ってらっしゃい」
リビングから声をかけるが、こんな寒い中いったいどこに行くんだろうか。
「2人ともどこ行ったの?」
「冬ちゃんが虫取り網を持ってたから、虫でも捕まえに行くんじゃない?」
「へー。虫かぁ。……虫!?」
この真冬に!?
香苗ちゃんは自分の発言に違和感を持たなかったのか?いま12月でもうすぐ年を越そうかってときに、虫取り網もって出て行くって何事だよ!?
冬瑚も年頃の女の子だし、オシャレアイテム(?)として虫取り網を持つこともあるよな。
無理やり自分に言い聞かせて、納得させる。秋人も一緒だし大丈夫。……多分!
「あ、そろそろ時間ね。私たちは迎えに行きましょうか」
「ほんとだ」
今日から年明けまで、マリヤが家に泊まるから今から香苗ちゃんと迎えに行くことになってる。体調も回復してきたし、そろそろ退院の日も近い。今回の泊まりで、マリヤの今後についても家族で話し合う予定、なんだけど。
「先生、呼ばなくてよかったの?」
「なによいきなりー?」
車で病院に向かう道中、香苗ちゃんに吉村先生のことについて探ってみることにした。
「だって年越しは家族でパァーっとやろうって言うから」
「夏くんのなかでは、旭はもう家族なんだね」
俺が海外の大学に行った後、誰に家を任せられるかと言ったら先生を置いて他にない。と、偉そうに言っているが正直、俺より全然頼りになる。
マリヤの病気が快方に向かって、ずっと考えていたことがある。
「俺、マリヤと海外に行くよ」
「大学生なのに、母親を養って海外で生きていけると思ってるの?……って言いたいところだけど、私より夏くんの方が財力あるからなぁ。でも、大変なのは確かだよ」
大学の学費とか、生活費とかお金はいくらあっても足りない。どれくらいのお金が掛かるのは未知数だ。
「その大変さなら、いくらでも背負える」
「夏くんの気持ちはわかった。とりあえず、一番大事なのはマリちゃん本人の気持ちね」
「香苗ちゃん」
「なに?」
「我慢しないでね」
「え?」
これまでいっぱい、俺たちのせいで我慢してきたはずだから。
「自分の幸せを一番に考えてほしい」
「私はじゅーぶん幸せなんだけどな」
「まさか。いまの百倍は幸せになってもらう予定だから」
「親孝行な息子ですなぁ」
病院について手続きを終え、マリヤと3人で家に帰ってきた。
「マリちゃん、寒くない?」
「コタツってとってもあったかいのね~」
「大丈夫そうで良かった」
マリヤとコタツ、似合わないな。
「秋人と冬瑚は?」
「虫取り網もって遊びに行った」
「まぁ。2人とも元気ね」
マリヤも冬に虫取り網を持って外に出ることに疑問は持たないのか。こうなってくると疑問に思ってる俺の方がおかしいんじゃないかと思えてくる。
「ただいまー!」
「ただいま」
「あ!お母さんもう帰って来てる!」
玄関が騒がしくなったと思ったら、ちょうど冬瑚たちが帰って来たらしい。
ドタバタと足音がたくさん聞こえるのは、冬瑚が暴れまわってるからか?それにしても足音が多い気が……。
「ねぇみんな見て!おじいちゃん捕まえた!」
「「「は???」」」
左手には虫取り網。そして右手にはおじいちゃん。え、虫取り網で人間捕まえちゃったの?冬に虫はいないだろうけど、さすがに人間捕まえて家に連れて帰って来ちゃダメでしょう。と、いうか。
「あのときのおじいちゃんじゃないですか」
「う、うむ」
彩歌さんとのことをちょっと相談した、あのイケオジがどうして冬瑚に捕まってるんだろうか。
「お、お父さん……?」
コタツで蕩けていたマリヤが信じられないものを見たという目で、イケオジを見て「お父さん」と……え、お父さん?
「マリヤ……」
イケオジ否定しないし、名乗ってないのにマリヤの名前知ってるし。
本当にマリヤのお父さんなのか?と、いうことはつまり、俺たちの……
「おじいちゃんってこと?」
「そだよ!」
答えないおじいちゃんの代わりに元気よく冬瑚が答えてくれた。
~執筆BGM紹介~
石子と羽男―そんなコトで訴えます?―より「人間ごっこ」歌手:RADWIMPS様 作詞・作曲:野田洋次郎様 編曲:RADWIMPS様 / Pete Nappi様




